6-22.ムーノ市の戦い(1)


 サトゥーです。道交法で科せられる罪が軽いといわれていましたが、こちらでは予想のナナメ上を行く状況のようです。

 馬車を操車する時には、安全を心がけたいものです。





 男爵からの迎えの馬車は2台来ていた。どちらも2人乗りの箱型馬車だ。瀟洒な貴族が喜びそうなレリーフが扉にも刻まれ、金箔や宝石らしき石で彩られている。


 ハユナ夫妻とオレ達で分かれて乗ることになった。


 事前調査で分かっていたが、この市内、あまりに閑散としている。面積がセーリュー市の倍近いのに人口が6分の1だ。正門から暫くは、家が立ち並んでいたが、途中から雑草に覆われた空き地が目立ち始めてきた。


「ずいぶん空き地が多いんだね」

「旦那様は20年前の事件はご存知で」

「ああ、どこまで本当かは判らないけど、大体の事は噂で聞いたよ」

「たぶん、殆ど事実ですよ。空き地が多いのは、襲ってきた死霊どもを始末するのに、王様の軍隊が街に火をかけたせいですよ」


 オレの疑問に前を向いたまま御者が答えてくれる。お互いに馬車の騒音に負けない大声だ。


「王軍が?」

「はい、前の侯爵様の一族を殺して復讐を遂げた死霊達は、町の中でそのまま動かなくなっていたんですよ。それで動き出す前に何とかしようとしたんでしょうね。家の中に引きこもっていたら襲ってこなかった死霊たちより、軍の放火で死んだ市民の方が何十倍も多かったくらいですよ」


 せめて「市民を避難させてから火をかければいい」というのは現場を知らないからなんだろうか?


「それで、この領地を捨てる市民が多くてね。今では20年前の2割も残っていないんですよ」

「よくそれで都市自体がなくならなかったね」

「そりゃ、ここには都市を守ってくれる城壁がありますからね。王祖の時代につくられた城壁は固定化の魔法がかかっていて、魔物が襲ってきてもビクともしないんですよ。他の場所に新しい街を作るなんて大貴族でもないと、とてもとても」


 なるほど、道理で貧乏そうな領地なのに分不相応に立派な城壁だと思った。





 前の馬車の方でゴンッと音がして外の住民達から悲鳴が聞こえた。すこしの間を置いてオレ達の馬車も何か・・を乗り越えて、少し揺れた。


「旦那様、お嬢様、揺らしてしまって申し訳ありません。貧民共が飛び出し「止めなさい」ました」


 御者の言い訳を遮ってアリサが命令する。さすが元王女、命令するのに慣れている。御者は、アリサの命令に反射的に従って停車してしまう。

 馬車に轢かれたのは少女のようだ。


 オレは、停車し終わる前に馬車から飛び出して、轢かれた少女の下に駆ける。少女のHPが、みるみる減っていく。


「道をあけろ!」


 少女に群がる市民達を、フットワークで回避するのももどかしい。だが、ぎりぎり間に合うはずだ。


 少女の傍らに座りながら、ポケットから取り出した魔法薬ポーションを飲ませる。気絶しているのか、呼吸が止まっている。そのせいで、薬を口から流し込んでも零れてしまう。少しでも流し込めたせいかHPの低下が一時的に止まった。


 胸を押して人工呼吸しようとしたが、馬車に撥ねられたせいか、少女の胸が陥没している。これでは無理だ。


 もう一本をポケットから取り出して口に含み、口移しで飲ませてやる。

 効果が弱いのか、少女のHPバーは増減を繰り返しているが、少しずつ減っていっている。

 剣で致命傷を負っていたオッサンでも助けられたのに、ダメなのか。それとも折れた肋骨が刺さっているせいで、継続ダメージでも与えているのか。


 ここはリスクを承知で、ストレージにある効果不明のヤツを使うか?


 ようやく追いついたアリサが、オレの腰帯から短杖を抜き取る。


「短杖借りるわよ、■■■■■■ ■■■ ■■■■■■ ■■■ 癒しの光ライトヒール


 光魔法の回復か。アリサのやつ美味しいところを持っていく。

 だが、ほっとしたのも僅かの間だった。


「だめ、弱い回復魔法じゃ足りないわ」

「神官の所に連れていくか」


 その言葉は周りにいた人に否定された。


「神聖魔法が使える神官様は、この市内にはいないよ。みんな汚職とか適当な罪で城の牢屋に入れられてるよ」

「どのみち、その傷じゃ、もう助からないよ。苦しまないように逝かせてやりな」


 胸が陥没しているだけじゃなく、片腕がへんな方向に曲がっている。一時は拮抗していた体力も、ゆっくりと下降をはじめた。HPも、あと1割ほどしか残っていない。


 正体不明の薬でも死なせるよりはマシだと、決断しかけたオレの脳裏に魔法薬ポーションを作っていたときの光景が浮かんだ。


 普通の薬と魔法薬の違いは秘薬と魔力の有無だ。


 秘薬は、あくまで魔力を薬に定着させるもの。


 ならば、薬の即効性は魔力の有無なのか?


 おれはもう一度、魔法薬ポーションを口に含む。そして少女に飲ませる前に、口内で魔力を充填させてみる。魔力付与スキルがあるんだ、できるはずだ。


 普通の魔法薬ポーションに使う量の3倍を篭めてみた。


「ちょ……ちょっと、何かのスキルなの、光ってるわよ」


 アリサの言葉は気になるが後回しだ。オレはそのまま少女に口移しで、魔力を増量した魔法薬ポーションを飲ませる。


 飲ませた直後に、少女の体がうっすらと赤いオーラに包まれていたが、すぐ体に吸い込まれるようにして消えていった。


 全快とはいかなかったが、効いたようだ。胸の陥没も腕の骨折も元に戻っている。HPは4割ほどの所で止まっているが、しばらく見ていても減る様子はない。


>「魔力治癒スキルを得た」


>称号「薬師」を得た。

>称号「治癒師」を得た。

>称号「聖者」を得た。





「お姉ちゃんは助かったの?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「おやまあ、魔法使い様ってのは凄いんだね。まさかあんな瀕死の重傷を治すなんて思わなかったよ」


 少女に縋っていた妹らしき幼女に、もう一本、魔法薬ポーションをあげる。


「1~2時間たっても起きないようなら、その薬を飲ませてあげなさい」

「うん、わかった」


 少女の知り合いらしきおばさんが言いにくそうにオレに話しかけてくる。


「魔法使い様、ありがとうございます。ですが、わたしども下級市民には対価をお支払いできません」

「娘さんを轢いたのは、私の同行者の馬車です。対価など頂けませんよ。むしろ彼女は賠償金を求める方ですね」


 また身売りがどうとか言いそうなので、話を逸らす。

 だが、おばさん達の表情はすぐれない。


「賠償金なんて請求できないですよ。この子が貴族様の馬車の行く手を遮ったのが罪なんですから」

「そうですよ旦那様、助かったとしても、後で兵隊に捕まって奴隷に落とされるか、縛り首です」


 オバサンの言葉に、馬車を回してきた御者が言葉を重ねる。


 おいおいファンタジー、それは過酷過ぎないか。


 せっかく手を差し伸べて助ける事ができたんだ。ここはオレの自己満足の為にも何がなんでも助かってもらおう。

 助かっても奴隷にされたり処刑されるなら、助からなかった事にしよう。


 周りの市民は少女の味方みたいだし、証人になりそうなのは御者くらいだ。

 彼を丸め込めばなんとかなるだろう。


 ここの男爵が密告を推奨していたらどうにもならないが、疑心暗鬼になるよりは可能な手だけでも打っておこう。


「さて、馬車に轢かれた可哀想な少女を看取る・・・のも終わった事です。男爵様を待たせないうちに行きましょうか」


 オレは御者に銀貨を1枚握らせる。

 少女は治療の甲斐なく死亡。少女の名前は不明のままってやつだね。


「へい、旦那。轢かれた娘は気の毒ですが、仕方ありやせんよ」


 なかなか空気の読める男だ。トルマのオッサンにも見習ってほしいもんだね。

 御者は、賄賂分の茶番に乗ってくれるようだ。それにしても、さっきまでの丁寧な口調じゃなく、三下っぽい口調になっているのも茶番の一環なのだろうか?


 周りの大人たちも茶番に合わせて泣いた振りをしてくれている。付き合いのいい人達だな。妹幼女だけが、話に付いていけずおろおろしていたが、オバサンが耳打ちしてくれていたのですぐに理解するだろう。


 オレ達は馬車に戻り、街より高台にある男爵の城へと向かう。


 その頃、森の中では男爵軍千人とデミゴブリン三千匹との戦いが繰り広げられていた。今のところ男爵軍が有利のようだ。


>「演劇スキルを得た」

>「腹芸スキルを得た」


>称号「大根役者」を得た。

>称号「道化」を得た。





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