6-20.ムーノ男爵領の人々(10)

 サトゥーです。夢は脳が記憶の整理をしている時の断片を見ていると聞いた事があります。

 もっとも、社会人になってからは睡眠時間の短い生活をしているせいか夢なんて見なくなりました。





 時間が来たのでポチ達と夜番を替わる。アリサが「夜の散歩をしないための監視よ」と言って横に添い寝しに来た。いつもなら排除するんだが、今日はオッサンとの交渉を上手く進めてくれたし、ご褒美という訳ではないが、たまにはいいだろう。


 もちろん性的なイタズラをしたら縛って木から吊り下げると、脅しておいた。


 ルルまで反対側で添い寝して「わ、わたしも監視れす」と噛み気味に主張していたので、川の字になって寝る事にした。


 早く5年ほど経たないかな。


 予想をいい意味で裏切って、アリサは変なイタズラをする事も無く眠ってしまった。

 いつもこうなら幾らでも添い寝くらいしてやるのに。


 寝る前に、日課の魔族の位置チェックをする。


 相変わらず、城と森の盗賊の間をウロウロとしているみたいなんだが、時折、分体スプリッターというレベル1の存在を生み出しては市内をフラフラさせている。前に一晩監視してみたが、特に人を殺して回っているというわけではなかったので、おそらく情報収集するための分身なんだろう。


 他にも領内に目立った動きがある。


 ムーノ市近隣の盗賊達が、市の傍の森にいる大盗賊団に合流しているみたいだ。近くの村から脱走した農奴とかも結構混ざっていて、今では500人を超える集団になっている。移動中の小集団も合流したら最終的に700人くらいになりそうだ。革命でも起きるのかな。


 さらに北西側の方向――現在位置からムーノ市への延長方向からやや右寄りの方向だ――からデミゴブリンの集団が領内に入ってきている。昨日の晩は50匹ほどだったのが、今では千匹近い、しかも隊列が途切れず領外へと続いている。


 それにしてもデミが付いているのはゴブリンの亜種とかなんだろうか。亜人じゃなく魔物枠なのが多少意外だった。まだ実物を見た事がないので、一度見てみたい。

 あとはオークも見たこと無いが、こっちの世界の物語に、敵役で出ていたからきっと実在するんだろう。


 昼間の騎士エラルが探していた人物だが、恐らく男爵の次女ではないかと思う。なぜなら、大盗賊の拠点にいたりするからだ。攫われて人質にされているのかもしれない。親の因果が子にってやつなのだろうか。


 盗賊達が移動したお陰で明日は平和そうだ。余計な手間が減りそうだし、明後日の午前中にはムーノ市にたどり着けそうだ。


 一通りの調査を済ませて眠りに就く。





 妙な夢を見た。


 子供の頃に田舎で初恋の女の子と、神社の境内で遊んでいた夢だ。


 それだけなら懐かしい夢で済むのだが、確かに同じ子のはずなのにシーンが変わるたびに違う性格をしていた。


 その子の名前も思い出せないが、こんな夢を見たのはアリサやルルに抱きつかれていたからなんだろうか。





「だから、そのリバだけは許せないっつってんのよ」


 変な言葉を叫びながら起き上がるアリサ。さっきから歯軋りの音がすごかった。おまけに掴んでいる腕に爪が立ってて痛い。ダメージを負う前に回復するため、赤くなってるだけなので放置していたけど、痛いモノは痛い。


「おはよう、アリサ」

「オハヨウ? ワタシハありさ、アナタハだーりん」

「惜しい、最後のが外れだ」


 オレの答えにポカポカと叩く振りをするアリサだが、その目元には涙の痕がある。どんな夢を見ていたのやら。


 ルルも寝たままだが、やはり涙の痕がある。視線を下げるとお腹の上で寝てるポチとタマも丸まって「寒いのはイヤ~」「ひもじいのは嫌なのです」とかうなされている。


 どうも、みんな悪い夢を見ているみたいなので、順番に鼻を摘まんで起こす。


「ご主人さま? よかった!」

「おはよ~? にゃう、温かいのです」

「おはようなのです。御飯の準備の時間なのです」


 3人ともまだ寝ぼけているのか、眠そうな目のまま顔を胸や肩に擦り付けてくる。ルルのこんな姿はレアだな。いつもなら便乗してくるはずのアリサも、顔を洗いに行ってしまった。


 夢魔でも出たのかと思って検索してみたが、特に何もいなかった。もし夢魔なら先に危機感知が働くだろう。


 ミーアやリザも故郷の夢を見ていたと言っていた。ナナは特に夢を見なかったそうだ。電気羊ならぬ魔法羊とかは見なかったのか。


 その日は、予想通り何の襲撃も無い実に平和な一日だった。


 ただ、ポチとタマがやたらと傍に来て、顔を擦り付けてくるので、移動中の工作ができなかった。不安そうだったので、今日は一日、ポチやタマとカードやシリトリで遊んだ。


 暇そうだったのでハユナ夫妻も誘ってみたんだが、オッサンが何かツボに嵌ったのか、やたらはしゃいでいた。ハユナさんの奥ゆかしさを煎じて飲んでほしい。





 その晩も昨日の続きみたいな夢を見た。翌朝聞いてみたら案の定、他の皆も変な夢を見ていたそうだ。


 魔族の仕業かとも思ったが、魔族のスキルや種族固有能力を見る限り違うようだ。


 魔族は短角魔族ショートホーンという種族で短い角とコウモリの羽を持つガーゴイルっぽい外見の魔族らしい。スキルは「死霊魔法」「精神魔法」「変身」「幻惑」の4つのスキルを持っている。


 この魔族だが、昨日の昼くらいからずっと例の森にいる。


 集結していた盗賊もピーク時は700を超えていたが、今は一桁だ。目を離している間に激減していたので、訳がわからなかったが、魔族を中心にどんどん増えるゾンビを見て状況を理解した。


 デミゴブリンたちもゾンビたちの近くまで来ている。ようやく隊列が途切れたようだが、最終的に三千匹になっていた。


 たまにゾンビが減って、その分スケルトンが増えている理由は、あまり知りたくない。


 盗賊に捕まっていたっぽい男爵令嬢だが、上手く逃げおおせたようだ。篭絡したのか元からの知り合いだったのか、盗賊の中でも一際高レベルだった男を連れて森の奥へと逃げている。


 男爵領でも、令嬢の奪還作戦でも始まったのか、朝一番に領軍が盗賊の森に向かって出発した。その数は千人以上だ。どうやら、市内の傭兵や奴隷も掻き集めたようだ。


 その軍の中に勇者の姿は無い。どうも、男爵と一緒に城に居るみたいだ。


 色んなフラグが乱立してきたが、危機感知のスキルに頼るまでも無く、大騒動の予感がする。

 早めに、皆を安全な場所まで避難させないといけないな。





 ようやくたどり着いたムーノ市だが、正門が閉ざされていて入れない。

 今は、オッサンが短剣を見せて交渉しているのだが、門番に印章に詳しい人間が居なくて、領主の城まで問い合わせてもらっている。


「オレは、トルマ夫妻と一緒に男爵に面会してくるよ。みんなは馬車で、この先の村でやっておいてほしいことがあるんだ」


 オッサンに是非にと招待されたのもあるが、ヘタにここで彼らに死なれると工房の訪問がダメになってしまう。


 男爵の面会に同行するといっても、男爵領の現状を、どうこうしようという気はあまり無い。前に会った子供や老人達みたいな境遇の人達には同情するが、何としてでも助けたいってほどじゃない。男爵やニセ勇者に会ってみて、何とかなりそうなら手を出す程度の軽い気持ちだ。


 その為にも、リザ達の安全は確保しておきたい。


「ご主人さま、何をすればいいのでしょう?」

「うん、この先に村があるんだ。その傍の川で、これと同じ種類の小石が採れるんだよ。その村の村長に依頼して、村人にこの小石を集める様に依頼してほしいんだ」

「タマが集める~」

「ポチも頑張るのです」


 張り切って「シュタ!」のポーズを取るポチとタマの頭に手を乗せながら、話を続ける。


「うん、2人が頑張ってくれるのは嬉しいけど、村人に仕事を与えたいんだよ」


 オレは皆に細かく説明する。


 小石を合計100個。1個あたり銅貨1枚で買い取る。

 小石が目的の石かの判定は、採取スキルのあるタマに任せる。

 貨幣の計算や村長との交渉は、アリサに任せる。

 リザは馬車の側で、村人に舐められないように威圧してもらう。

 ナナには主人役、ルルとミーアは使用人役だ。


「ポチは何をするのです?」

「アリサが小石と引き換えにお金を渡すときの護衛をしてあげて」

「らじゃ~なのです」


 さて、これで説明はオッケーだな。オレはハユナさん達と合流するか。

 馬車を降りる前にアリサに服の裾を捉まれた。


「嫌、ぜったいに嫌!」


 アリサは目に涙を溜めて全身で拒否してくる。

 はて、交渉役はそんなに嫌なのか? この中で誰よりも向いていると思う。


「なら、ルルに交渉役を代わってもらうかい?」

「違う、アン、ご主人さまを一人で行かせたくないの」


 アンタって言ってもいいのに、頑なにご主人様呼ばわりだな。


「別に戦場に行くわけじゃあるまいし、男爵の城までトルマ夫妻を送るついでに、男爵に面会させてもらおうと思っているだけだよ?」


 なるべく気楽に聞こえるように、すこしおどけたように話して聞かせた。


「話の分かる人なら領民の事を直訴しようとは考えているけど、自分の安全が最優先だから、大丈夫だよ」


 だけど、聡いアリサには通用しなかったみたいだ。肩を怒らせながらオレに詰め寄る。


「嘘ね、あたし達を街の中に連れていかないのが証拠よ」


 大正解。


 さて、どう言い訳しようか。





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