6-17.ムーノ男爵領の人々(8)


 サトゥーです。仕事の時は依頼元と丁々発止の激しいやり取りをこなしていたのに、こちらの世界で、心に余裕のある生活をしていたせいか、少し鈍っていたようです。

 でも、殺伐とした世界にいる今の方が、人間らしい生活を送っているような気がするのは、錯覚なのでしょうか。





「これは盗賊のアジトから回収した荷物です」

「まあ、助けていただいた上に、荷物まで」


 ハユナさんが、荷物を受け取りながら礼を言う。それの荷物を横から覗き込んでいたトルマ氏が、言いにくそうに尋ねてきた。


「あの、荷物の中に短剣は入っていませんでしたか?」

「アジトにあったのは、それだけです。盗賊達の持ち物の中には、何本かあったと思います」

「白い革の鞘に入った短剣なのですが……」

「それなら首領らしきヒゲダルマが持っていたモノですね。ちょっと待ってください」


 そう言って、馬車の端にある道具箱から短剣を取り出す。もちろんストレージから出した。鞘は比較的シンプルなんだが、ワンポイントで家紋のような綺麗な意匠が施してあるのが、なかなかお洒落だ。短剣本体も魔法の道具では無いが、ドワーフが鍛えたミスリル製の逸品だ。


「これですか?」

「そう、それです!」


 オレから短剣を受け取ろうとするトルマ氏を、アリサの言葉が押し止める。


「待ちなさい、それは盗賊退治の正当な報酬として手に入れたものよ。騎士さん達の言質も取ってあるの。それが欲しいなら相応の対価を差し出しなさい」


「これは私の家紋が刻んであるんだ。他人には渡せないんだよ」

「それがどうしたの? あなた、再会の感激を表すのはいいけど、助けてもらったお礼すら言ってないわよね? その上、人様の財産まで勝手に自分の所有物扱いする気なの?」

「君、大人にはもう少し丁寧な話し方をしなさい」

「悪いけど、それは交渉が終わってからね。交渉中は相手が王様でも対等の話し方をするのが、わたしの流儀なの」


 本当に王様にそんな口調で話したら打ち首にされそうだ。


 アリサの手厳しい言葉に、トルマ氏は言い返せない。

 見かねたハユナさんが口添えする。


「あなた、まず、お礼を言うべきよ。この方は、高価な魔法薬まで使って、瀕死の貴方を助けてくれたの。それに私の命も救ってくれたの、騎士や盗賊の剣から守ってくれたのよ。その上、危険を顧みず盗賊のアジトに忍び込んで、マユナまで助け出してくれたわ。さあ、感謝の言葉を」

「そうだね、ハユナ。私が間違っていた。商人殿、このトルマ、貴殿のご厚情に感謝いたします」


 トルマ夫妻は一緒に一礼する。


「だが、この短剣だけは、どうしても返していただきたい。もちろん、私にできる謝礼なら何でも差し上げる」


 オレに所有権があるのは認めたみたいだが、それでも「譲ってほしい」じゃなくて「返して」なんだな。


「本当に、何でもいいのね?」

「む、娘や妻はダメだぞ」


 トルマ氏は必死に妻と娘を庇う。オレの視線に入らないように庇うのは失礼だと思う。もしかして、節操なしな人間だと思われているのだろうか。

 たしかに、旅をしているのに色んなタイプの女の子ばかり7人も連れていれば、そう思われても仕方ないのかもしれない。


「そうね、現金や宝石は無いわよね?」

「うむ、全て盗賊達に取り上げられた」

「魔法道具とかは?」

「それも、盗賊達に取り上げられてしまったよ」


 アリサは大げさに肩を竦める。

 そんな事は、最初から判っていただろうけど、彼が公爵――つまり大貴族の甥なのが見えているはずだから、実家から謝礼をせしめようとしてくれているのだろう。


「今は無理だが、公爵領……いや、ムーノ男爵の城まで一緒に来てもらえたら支払う」

「何? 男爵の知り合いなの?」

「ああ、父方のハトコなんだ。君、呼び捨ては感心しないな、様を付けるべきだ」


 アリサはそんなトルマ氏の言葉をあっさりスルーする。


「それで、この短剣に幾らの値段を付けてくれるのかしら?」

「我が家の大切な宝だ、金に糸目はつけない。お礼も兼ねて金貨5枚を出そう」


 そこでアリサが、チラリとこちらに目配せしてくる。

 ちなみに相場は金貨30枚だ。魔法道具でないものの中では、破格の値段だな。とりあえず鑑定結果とAR表示で得た情報に、適当に尾ひれをつけて語ってみる。


「トルマさん、さきほど品定めをしましたが、この鞘の意匠といい、ドワーフの中でも名工と名高いドハル氏が鍛えたこのミスリル製の美しい刃といい、金貨30枚は下らないでしょう」

「好事家とか公爵さんと利権を争ってそうな他の貴族が相手なら、もっと高く売れそうね」


 アリサが、なかなか悪どい事を言う。


「そ、それは困る。しかし、金貨30枚なんて大金は、貴族でもそうそう右から左に工面できないよ」

「そうね~、うちの旦那様は、そんなにお金に困ってないから現金じゃなくてもいいのよ」

「家を出奔した身だからね、実家に帰っても大した品は残してないんだ」

「そうだ、さっき奥様から聞いたけど、巻物スクロールで盗賊から身を守ったそうね?」

「ああ、実家が巻物スクロールの工房を経営していたからね。実家を出るときに護身用に、何本か貰っていったんだよ」

「ほう、巻物スクロールの工房ですか、ぜひ一度見学してみたいですね」

「ええ、公爵領の都――オーユゴック市へお出での際は、ぜひ寄ってください」


 思わず話に割り込んでしまい、アリサから「交渉の邪魔するな」と言わんばかりの視線を浴びせられた。

 それにしても巻物スクロールの工房か、作り方さえ判ったら自分で量産できそうなんだよな。機密が一杯だろうから、普通は見学とかは断られるはずだからラッキーだったな。

 アリサが巻物スクロールの相場を聞いてきたので銀貨3~5枚と答えておいた。


「うちの旦那様は、巻物スクロールのコレクターなの。呪文なんて自分で唱えればいいのに、館に帰るたびに、この巻物スクロールは何々時代のモノだとか、こちらは何々工房の特色がでてるとか使用人達に解説しているのよ」


 アリサめ、なかなか上手い話の持って行き方だな。魔法使いなら巻物スクロールの有無に関係なく魔法が使えるし、コレクターなら転売もしないだろう。それに、同じ種類ばかりを渡される事もまずない。


「ほう、商人殿かと思ったら、魔法使い殿でしたか」

「まだ、術理魔法が少し使えるだけの若輩者です。むしろ商人として活動している方が多いですよ」

巻物スクロールの売買は規制があるので、転売目的だと売るわけにはいきませんが、魔法使い殿が相手ならば問題ないでしょう。念の為に言っておきますが、さすがに軍に売るような中級魔法の巻物スクロールまでは無理ですよ」

「ええ、初級のモノで十分です。ただ、コレクターなので、同じ工房の同じ種類の巻物スクロールがあっても嬉しくないので、色々な種類がある方がいいのです」

「金貨30枚分の巻物スクロールを重複しない様にとなると、難しいかもしれません、普段は売れ筋の20種類ほどしか作成していないので、倉庫を漁らないと無いかもしれません」

「あら、工房の人に注文した呪文の巻物スクロールを書いてもらえばいいじゃない」

「ああ、それもそうだね。もちろん、多少日数は掛かりますよ。サトゥー殿、それでよろしいですか?」

「ええ、契約成立ですね」


 トルマ氏と頷きあって、短剣を差し出そうとしたが、またアリサからストップが入った。


「口約束はダメ。契約の文章を書いたから署名して、最後に短剣の柄頭にある印章で封蝋を押してちょうだい」


 アリサは、契約書をトルマ氏に差し出す。そこには「短剣の対価として、トルマ氏はサトゥーに金貨30枚相当の巻物を支払う事」「巻物の価格は店頭小売価格に準じるものとする」「巻物は重複しない事」「種類が不足する場合、サトゥーが指定する初級魔法の巻物を新規作成すること」「新規作成する場合でも、注文料金などの費用はトルマ氏が負担する事」みたいに書いてあり、最後に「契約不履行の場合、トルマ氏の一家はサトゥーの奴隷として30年間労働奉仕する事」となっていた。


「この最後の項目は消してくれないか?」


 トルマ氏が苦々しい表情でアリサに懇願する。


「ダメよ、でも、そうね。貴方の実家の当主さんは子爵サマ? それとも男爵サマ?」

「子爵だよ。シーメン子爵だ」

「なら『契約不履行の場合は、シーメン子爵の家名に誓って、当主が金貨90枚を支払う』っていうのでどう?」

「金貨90枚?! それは暴利すぎる」

「あら、あくまで不履行の場合の話よ。貴方が履行する限り、巻物スクロールを30~40枚で終わる話よ。それとも短剣は諦める?」


 アリサがとっても悪い笑顔で微笑む。楽しそうだな。きっとアリサはSだ。間違いない。


「仕方ない、後者でいいよ」


 結局、トルマ氏は、しばらく唸った後にアリサの書き直した書類にサインした。わざわざ割り印した写しまで用意している。前世は、法律事務所とかで働いていたんだろうか?





「トリ~」

「エモノ少ないのです」


 ポチとタマが、ハトくらいの鳥を2羽と5つほどの小さな卵を持ち帰ってきた。他には袋に入ったシイの実や野草、山菜などだ。老人達や子供達に教わったのか、いつもより野草の種類が多い。獲物が少ないと肩を落とす2人を労う。卵は茹でて半個ずつ夕飯につけるか。


「君の奴隷は、みんな強そうだね」

「はい、セーリュー市の領軍にいる人が、正騎士並みだと言ってました」

「それは凄い。でも、それなら、あれだけいた盗賊達を退治したのも頷けるよ」

「今日は、本職の騎士様も2人ほど、いらっしゃいましたからね」

「あの騎士どもか! 知り合いなのかね?」


 温和というか意志の弱そうな人だけど、流石に殺されそうになった相手の話だと、頭に血が上ってしまうようだ。


「いえ、初対面でした。ムーノ男爵様の騎士だそうですよ」

「なんと、ハトコ殿の騎士だったのか、まさか騎士たるものに後ろから刺されるとは夢にも思わなかったよ」

「ええ、奥様も斬られそうになっていました」

「本当かい?」

「はい、間に合ってよかったです」


 そんな雑談をしている間に食事の準備ができたようだ。いつものようにシートに食事を並べていく。今日は大皿はなしで、各自に深皿に入った鳥肉と野菜の炒め物、マグカップに入ったイモのスープ、同じく茹でたイモが2個というメニューだ。


「ほう、なかなか豪勢だね」


 舌なめずりしそうなくらい頬の緩んでいたトルマ氏だが、並べられている皿の数が気に入らなかったようだ。


「うん? もしかして、奴隷や使用人まで、主人と同じ場所で食事をさせるのかい?」

「はい、旅の仲間ですから。一緒に食事をする事で連帯感が深まるのですよ。軍隊とかでもそうでしょ?」

「しかし、奴隷と一緒なんて病気になったらどうするんだ」

「あなた、この子たちは十分清潔ですよ。わたしたちの方が汗臭いんですから」


 軍隊なんて入ったこと無いけどね。

 少し不平顔だったトルマ氏だが、ハユナさんの取り成しで矛を収めた。ゼナさんが普通にしていたので気にしていなかったが、やっぱり貴族関係の人は奴隷と一緒の食事はいやなのか。


 それにしても一緒に食事をするだけで、病気になるとか失礼な。


 食事をするためのシートを2つに分けた。トルマ氏のためというよりは、うちの娘達が萎縮して美味しく食べられなさそうだったからだ。

 さすがに、トルマ夫妻を隔離したようになるのはホストとして失礼なので、オレとナナの2人は夫妻のいるシートで食事をする事にした。





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