6-16.ムーノ男爵領の人々(7)
サトゥーです。子供の頃に磁石同士が反発して浮かぶのが不思議でしかたありませんでした。当時は手品が流行っていたので、しばらく磁石が浮くのは手品だと思っていたほどです。
異世界だと、磁石は案外魔法の石と思われているのかもしれません。
◇
いつもは空間たっぷりの馬車の中が、荷物で一杯だ。
ハユナさん達が不審に思わないように、適当に偽装してある。調理器具や2日分の食料の入った樽や箱を、馬車の前の方に集めて積み上げた。荷崩れしないように固定するのが面倒だったよ。
今更ながらに、
もちろん、御者台から人がギリギリ通れるくらいのスペースは作ってある。ミーアに「狭い」と文句を言われたが、普通の馬車にくらべたら十分広いほうだろう。
さすがに無頓着なミーアからも「どこから出したの?」と今更な事を聞かれたので、
ボルエナンの森で別れるミーアはともかく、他のメンバーには
皆がトラブルに巻き込まれても大丈夫なくらい強くなるまで、秘密にした方が無難だろう。
その点、
◇
「そろそろ、起こす?」
「そうだな、野営地についてからでいいよ。変なヤツだったら、眠らせてムーノ市前に放置する方針でいこう」
「おっけー」
当分、盗賊や野獣との遭遇も無さそうなので、御者はルルに任せてある。リザは乗馬の訓練中だ。ミーアが横に並んで馬の操り方を教えている。もちろんリザが乗っているのは、鞍付きの方だ。
「マスター、この幼生体を見ていると、ホッペタに触りたくなります。許可を申請します」
「赤ん坊に触っちゃダメ」
「再考を求めます、マスター」
ナナが視線を赤ん坊に固定したまま聞いてくるが、保護者の許可無く赤ん坊に触るのはNGだろう。
そう思って禁止したら、グリンとばかりに振り向いて抗議してくる。
その迫力とホラーじみた動きに引きながら問題を先送りにする。
「お母さんが起きたら、許可を貰ってあげるからね」
「マスター、母体の覚醒を促す許可を申請します」
「ダメ、自然に起きるまで、起こさないように」
「……はい、マスター」
少し哀しそうに承諾したナナだったが、赤ん坊の見える場所で体育座りして、その膝頭の上に顎を載せてうっとりと見つめている。
アリサはルルと一緒に御者台なので、ここには居ない。トルマ夫妻が汗臭いから傍に居たくないそうだ。
ポチとタマも赤ん坊に興味があるみたいなんだが、あまり近くに行かない。2人共、なにか雰囲気が暗めなんだが、赤ん坊が苦手だったりするのだろうか?
どうかしたのか聞いてみたが、「なんでもないのです」としか答えが返ってこなかった。
とても、なんでもない様に見えないので、食事の後にでも話をしてみよう。お腹がいっぱいだと気分も上向いて悩みも軽くなるからね。
◇
さっきまで少し暗かったポチとタマだが、野営地に着いた途端やる気を出し「今日の獲物はおっきいのを狙うのです」と言って駆け出していった。赤ん坊にいいところを見せたいのかな?
アリサとミーアは、薪集めだ。
「アリサ、薪集めに長杖は邪魔だろう?」
「ちょっと魔法の試射をしたいのよ、短杖だとはじめての魔法は使いにくくて」
「ようやく、どの魔法スキルを覚えるか決心したのか?」
「それはマダよ。3つほどに絞れたから、試しに使ってみて良さそうなのを選ぼうと思って。そこの崖の向こうの荒地なら、多少魔法を失敗しても山火事になったりしないでしょ?」
「大丈夫」
「燃えても、ミーアが消してくれるって」
「まかせて」
「ポチやタマを巻き込まない様に注意しろよ」
「おっけー」
「ん」
無表情でVサインをするミーアの姿に、脱力しながら許可を出す。いや無表情じゃないな、ちっと頬が赤いから照れているのかもしれない。
昨日の野営地で水魔法の試射を失敗して、野営地を水浸しにして移動する羽目になったのを気にしているみたいだ。
今日の食事当番はルルとナナに任せて、リザには馬の手入れの仕方を教えてやる。何かの雑誌か漫画で読んだが、乗馬した後にブラッシングをしてやる事で、馬とのコミュニケーションが円滑になるそうだ。リザには盗賊避けの為にも、騎乗してもらおうと思っている。
「リザ、乗馬はなんとかなりそう?」
「はい、故郷で、
なんとなく想像が付くような付かないような微妙な名前の生き物だ。深く追及するのは止めておこう。
馬達を近くの木に繋いで、藁や雑穀を与えてやる。新入りの3頭の食べる勢いが凄い。そんなに痩せていないから空腹のせいじゃないと思う。案外、目新しい餌だったりするのかも知れない。
◇
せっかく馬が増えたのだから、もう少し活用したい。
馬車を引く数を増やす事も考えたが、速度アップする場合、この中古馬車の足回りに不安がある。道があまり良くないので、途中で車軸が折れたりしないか心配だ。サスペンションを付ける事も考えたが、大掛かりになりそうなのと、バネを作成する設備がないので諦めた。
あの魔法屋の娘さんが使っていた魔法みたいに、物を浮かべる魔法道具が作れたら運搬性能が上がりそうだ。なんとなくリニアモーターカーちっくでいい。
トラザユーヤの書物の中に、似た仕組みの魔法道具の解説があったが、大規模な工房と術理魔法の使い手が必要みたいで手が出せない。どうも、迷路のブロックを動かすための仕組みも同じような方法を使っているらしい。
結局、新しい3頭は全て騎乗用に使う事に決めた。武装した獣娘達を乗せれば、盗賊避けになりそうだしね。
まず、乗馬用の馬具を自作してみる事にした。幸い革は沢山あるので、教本で縫い方や裁断の仕方を確認しながら進める。鐙だけは革だと頼りないので、木を削って作った。見本が一つあるので作業を進め易い。
30分ほどで完成したので、さっそく今日一番ヒマそうだった馬に装着して、具合を確かめる。うん、問題なさそうだ。
ポチとタマ用に鐙の短い馬具も作らないとね。
馬具を外しているところに、ナナが呼びに来た。ハユナさんが目覚めたそうだ。
「本当にありがとうございます。トルマの為に貴重な魔法薬まで使っていただいて」
「構いませんよ、人の命には代えられませんから」
魔法薬といっても一番生産コストの安いヤツだったんだが、わざわざ言う必要もないだろう。
ハユナさんが旅装の頭巾を下ろしながら礼を言ってきた。赤味がかった金髪の女性だ。比較的美人なんだが、25歳くらいの特徴の無い幼めの顔立ちをしている。それでも赤ん坊をあやしていると、ちゃんと母親に見える。胸は普通より大きめだが巨乳と言う程ではない、むしろ腰から下のラインがいい。レベルは3、スキルは「清掃」を持っている。
横で眠ったままのトルマ氏は30歳、背が高いがひょろりとした頼りない印象の男性だ。髪は薄茶色のロンゲだが、ヒゲは無い。レベルは4、スキルは「社交」を持っている。
ハユナさんと和やかに談笑していると、オレの横に座ってきたアリサが、不安そうな顔で声を潜めて聞いてきた。今日はハユナさん達が居るせいか、フードを被っている。なぜかフードから覗く髪が金色だ。何かに覚醒したわけでもないだろうから、魔法かカツラだろう。
「人妻に興味ないでしょうね?」
「無いよ、不倫は不毛だ」
「そ、そうよね! わかってるじゃない」
あまり内輪で話しても失礼なので、ハユナさんに向き直る。
「旅の途中のようですが、どちらに向かわれていたのですか?」
「はい、トルマとは駆け落ちだったのですが、ご実家から許しが出たので、公爵様の都に向かうところだったんです」
駆け落ちとかそういうワードは隠したいものじゃないんだろうか?
そうそう、このトルマ氏、公爵の甥だったりする。この人を見たときにアリサが「テンプレ、キター」とか叫んでいた。ハユナさん達が寝ていた時で、本当に良かった。
「うふふ、仲がいいんですね」
「今日は、妙に懐かれてますね」
ハユナさんが微笑ましそうに
ハユナさんとの雑談は、盗賊に捕まった時の話に移っていく。なんでも3日ほど前に捕まったらしい。
「ええ、生きた心地がしませんでしたよ。御者をしていた商人の方は殺されてしまうし、5人いた護衛の傭兵達は盗賊を見るなり逃げ出してしまったんです」
「それは、酷いですね。盗賊達なんて数は多くても、個々は、さほど強くないのに」
「あの時は『裏切られた』と傭兵達を罵倒しましたけど、何十人もの相手に挑むのは無謀すぎますから……」
普通は戦うまで相手の強さはわからないから仕方ないのかもしれない。軍隊でも倍の数だとまず勝てないみたいだしね。
「それにしても、よくご無事でしたね」
「はい、トルマが護身用に持っていた巻物で、魔法を使ってくれたんです」
「ほう、それは凄いですね。どんな魔法を使われたのですか?」
「凄かったですよ、魔法を使うと馬車を覆う光の壁ができて、盗賊達が近寄れなくなったんです」
盗賊のアジトにあった
「光の壁を張ったまま逃げなかったのですか?」
「その場所からは動かせない魔法だったみたいで、2時間くらい盗賊と睨めっこしてました」
当たり前だが、生きた心地がしなかったらしい。その間に、盗賊達に「身代金が入るから」と必死に説得して、生き延びたそうだ。今回は相手が騎士なので、人質役をやらされていたと言っていた。
「身代金ですか」
「はい、トルマの実家が貴族様なので、そちらに工面していただくように手紙を書いて、トルマの身分証明書と一緒に盗賊達に渡したんです」
なるほど、それで荷物の中にハユナさんの身分証明書しかなかったのか。
「そういえば、人質にされた時に、騎士様に助けを求めなかったようですが?」
「一言でも声を上げたら、娘を殺すと脅されていたんです」
しかし、トルマ氏まで連れてきていた理由が不明だな。アジトに居た華奢な男達にやらせればいいのに。まあ、どうでもいいか。
そんな話をしているところで、トルマ氏が目を覚ました。
「は、ハユナ!」
「トルマ、目が覚めたのね。もう大丈夫よ。ほら、マユナも無事よ」
「よかった、よかったよ、ハユナ、マユナ」
オレが言うのもなんだが、子供の名前はもう少し工夫しようよ。
トルマ氏達の感動の再会シーンは、ハユナさんの赤ん坊が泣き出すまで続いた。
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【あとがき】
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