ネクロフィリア~少女は死体に恋してる~
空寝クー
第1話 少女は死体に恋してる
この世界には死が満ち溢れている。
生きとし生けるものはいずれ死ぬ。
何もせずとも死ぬのだから、"この世界"ではより死は身近なものであろう。
モンスターと呼ばれる異形の化け物は、かつて弱肉強食の頂点に君臨し、多くの生物達を、人間達の生活を脅かした。
そんなモンスター達もまた、己が生活を守らんとする人間達により討ち倒されるようになる。
モンスターへの対抗手段を手に入れた人間は、やがては身を守る目的以上に、
人も、動物も、モンスターも、彼らの傍にいつだって死は佇んでいる。
フォガト墓所。
かつて存在した王国の、王家の者の為に建てられた巨大な墓。
遺品や供物として納められた莫大な財宝が眠るとされる墓所には、数多くの冒険者達が挑み、愚かな盗掘者達を狙った罠にかかって命を落としていった。
死肉のにおいを嗅ぎ付けたモンスターも迷い込み、更に犠牲者は増えていき、いつしか墓所は危険なダンジョンとして認識されるようになっていった。
増えていく死体はいつしか無念のうちに倒れた者達の怨念で起き上がり、歩く死者、アンデッドが彷徨うダンジョンとなった。
多くの死に誘われて、強大なアンデッドが現れた時から、フォガト墓所は最大級の危険度、S級のダンジョンとして立ち入りを制限されるようになる。
それでも尚、かつての王家の財宝を狙う盗掘者や冒険者は後を絶たない。
そしてまた、新たな死体は増え続け、怨念はより一層深まっていくのであった。
死の王。
フォガト墓所のアンデッド達を操る高位のアンデッド。
煌びやかなローブから僅かに覗く体には肉も皮もない。
その顔、
多くのアンデッドは意志を持たずただ彷徨う。
しかし、そのアンデッドは意志を持ち、言葉を発する事さえもできる。
意志を持たぬアンデッドを支配し、統率する正真正銘のダンジョンの主。
かつて高位の魔術師であったとも、この墓所に眠っていたかつての王が起き上がった姿とも噂される謎多き存在。
そんな王の前に、あまりにも不釣り合いな少女がいた。
完全な白骨である死の王に対して、しっかりと肉の付いた少女。
うっすらと白い肌は血色がよく、みずみずしささえ感じさせる唇、きらきらとした黒い瞳は生気をひしひしと感じさせる。
艶やかな黒い髪を赤いリボンでポニーテールにまとめて、同じく黒いひらひらとしたドレスをまとう姿は生きた人形を思わせる。
ぱっちりとした目で玉座を見上げる少女を見下ろし、死の王は頬杖をついたまま考える。
フォガト墓所を攻略しにきた冒険者にはとても見えない。
墓所を踏破できるだけの戦士にも見えなければ、アンデッドを祓う聖職者にも見えない。
ただの迷子……が本当にここまで辿り着けるのだろうか?
数多くの罠が未だに眠り、歩く死者達が徘徊する危険な迷宮を抜けて……?
どれ程の幸運があればそんな事が可能なのか? 幸運で片付けてしまってよいものなのか?
しばらく目の前の少女についての考えを巡らせてから、死の王は少女の処遇を考えた。
墓所に踏み入ったものには等しく死を与える。
それが死の王の思想である。
何故? ただそうすると死の王が決めたから。それ以上の理由はいらない。
この少女にも死を与える事は決定事項である。
しかし、どんな奇跡をもって少女はここまで辿り着いたのか。
死の王ははじめて侵入者に興味を持った。
死を与える前に、少しくらい話を聞いてみてもいいかもしれない。
無慈悲に身勝手に死を与える王の、ふとした気まぐれ。
【発言を許そう。どうやって此処まで辿り着いた? 答えよ。】
死の王は少女に命令する。
少女はぱちくりと瞬きをした。
少しも死の王に恐れの視線を向けないのは、純真無垢な無知なる少女が故か。目の前にいる絶対的な死を理解できぬ愚かさ故か。
測りかねる少女の表情の意味するところを死の王が考えるよりも先に、少女の口角がくんと上がった。
それは笑顔。満面の笑み。
血色の良かった頬は更に紅潮する。
相対する髑髏とは対照的な感情豊かな表情と共に、少女は口を開いた。
「一目惚れしました! 私とお付き合いしてください!」
死の王は髑髏の顎をカパッと開いた。
【え?】
重々しく響く低いボイスで放たれる素っ頓狂な声。
威風堂々と突いていた頬杖を外し、思わず顔をあげてしまう。
そんな死の王に、少女は胸に左手を当て右手を前に差し出し、恍惚とした表情を浮かべている。
今のは何かの聞き間違いだろうか?
【今なんて?】
死の王が半信半疑で聞き返せば、少女は更に大きな声で言う。
「一目惚れしました! 私とお付き合いして下さい!」
聞き間違いではなかった。
これは死の王の知識が間違いでなければ、愛の告白である。
年端もいかぬ人間の少女が、死の王と呼ばれた恐ろしいアンデッドに告白してきた。
訳の分からぬ状況の中で、死の王は答えた。
【お、お友達からでよければ。】
割と前向きな返事であった。
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