古書店セイブルックは今日も閑古鳥が鳴く。

鬼影スパナ

古書店セイブルックは今日も閑古鳥が鳴く。


 古本屋「セイブルック」。

 その店内は、暗い壁と木製の棚に囲まれていた。天井からは、ゆらめく魔法の火を灯したランプが下がっており、しっとりとした雰囲気が漂っていた。


 木製の棚には、古い本や魔法の書、錬金術の本が詰め込まれている。店内には古本の薫りが広がっていた。また、奥の書庫にはレアな書物が保管されている部屋があり、その扉は鍵で施錠されている。この書庫に自由に入れるのは、店主オリヴィアの特権であった。


 彼女オリヴィアはエルフであり、かれこれ20年前、同じくエルフの両親が遅めの新婚旅行に出るからと店を譲り受けた。

 未だに帰ってこないが、そろそろ新婚気分は抜けた頃合いだろうか。それともたまに届く絵葉書の通り、未だに熱い仲なのだろうか。


 と、そんなタダでさえ時間間隔の長いエルフの『古本屋』。それがセイブルックだ。

 一週間のうち、客が来る日の方が少ない。正直、道楽が過ぎる店だ。しかし、幸いにもオリヴィアには副業で稼いだ金があり、生活には困っていなかった。



 店の片隅には、オリヴィアが座るための椅子が置かれていた。そこには、読みかけの本が膝の上に置かれており、彼女はその本を片手に、もう一方の手で指先をなめていた。そして、彼女の目は、熱心に本の世界に没入していた。


 また、本棚を飾る様に、魔法の力を感じさせる不思議な物が数多く置かれていた。それらは本の状態維持のために役立つ代物であり、これらの品物を手に入れるために、それぞれ冒険活劇の本が書けるほどの逸話が隠されているのはここだけの話である。



 訪れる客は、店に足を踏み入れると時が止まったかのように錯覚するという。本の匂い、魔道具の灯り、そしてオリヴィアの優雅な立ち居振る舞いが、この古書店に漂う特別な雰囲気を生み出していた。



 数日振りに店のベルが鳴った。オリヴィアは本の世界から帰還し、店に入ってきた人物を振り返って見た。


「こんにちは、オリヴィアさん。お久しぶりです」


 微笑んで挨拶をした彼は、古本屋の数少ない常連客である少年だった。少年は、まだ幼さの残る顔つきが印象的だった。


「ああ、こんにちは。今日はどうしたのかね?」


 オリヴィアは、少年を迎えると、書店の中を見渡した。


「少し珍しい本が欲しくて。あと、手持ちの学術書を売りに来たんです」


 彼は自分のカバンから本を取り出した。オリヴィアは、その本を手に取り、表紙を確認する。


「『錬金術の基礎』か。これはいい本だな。……なんだ、この間出たばかりだとおもったのに、もう十版になっていたのかい?」

「あはは。もう二十年前からある本ですからね。買い取ってもらえますか?」


 少年は、熱心な眼差しでオリヴィアを見つめた。オリヴィアは、肩をすくめながら、微笑んで答えた。


「もちろん。ただ、これはあまりにも古い本ではないから、高くは買い取れないよ」

「そうですか。探している本の足しになればいいんですが」

「金貨2枚といったところかな」

「お売りします」


 少年はホッと安堵のため息をついた。どうやら、十分な買取価格であったようだ。


「了解だ。それと、探している本はなんだい? ウチにあれば少し安く売ってあげよう」

「あ、『新説・古代錬金術』の、初版本です」

「ああ。それならあるよ。金貨5枚でどうだい?」

「本当ですか! お願いします!」


 オリヴィアの言葉に嬉しそうな顔をする少年。


「それにしても、初版本か。あれはたしか……そう、初版本にだけ、ある薬のレシピが載っているんだった。二版目以降では不適切だからと削除されたんだったな、まったく」

「う、ご存じでしたか。さすがオリヴィアさんだ」


 オリヴィアを褒める少年だが、なんてことはない。『新説・古代錬金術』の著者の名前をみれば、そこには『オリヴィア・セイブルック』と書かれているのだから。


「しかし『惚れ薬』は禁制品だ。作って使う分には問題ないが、売ったら犯罪になるから気を付けたまえよ」

「ええ、だから自分で作らないと手に入らないんですよね」


 金貨をやり取りし、本を受け渡す。


「惚れ薬を使いたい相手が居るのかい?」

「……オリヴィアさんに。と言ったら、飲んでくれますか?」


 少年は真剣な表情だった。その眼差しに、オリヴィアはニコリと笑い、頷いた。


「用法容量の範囲であればかまわないよ。あれは、せいぜい心拍数をいくらか高める程度の薬だからね。ちゃんと作れたかどうか、見極めてあげようじゃないか」

「……」


 少年はなんとも言い難い複雑な表情に顔をゆがめ、それから深いため息をついた。


「まぁ、はい。分かりました。約束ですよ」

「ああ。約束だとも。なんならディナーを一緒に食べても良いよ、そこに混ぜてみよう。やはり、実情に沿った正しい使い方をしたほうが分かりやすいからね」

「! 約束ですよ!」


 少年はパァッと明るい笑顔を浮かべた。先ほどまで気落ちしていたというのに、何ともわかりやすいことだ。とオリヴィアは微笑ましく思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古書店セイブルックは今日も閑古鳥が鳴く。 鬼影スパナ @supana77

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ