コミュ障魔術師見習いカティアたん、本屋を目指す
来麦さよな
カティアたん、本屋を目指す
「ヴィヴィアナイトぉ? 死体からしか生成されない鉱石? へええ……こんなのがあるんだ」
魔術師見習いのカティアたんはつぶやいた。
ここは彼女の牙城、ワンルームの部屋。
間取りは縦にせまく、細長い。
壁にそって並んでいるのは、あめ色のチェスト、アンティークの飾り棚、猫脚のサイドテーブル、旅行かばんなど。チェストには――ほこりよけか、はたまた魔よけか、不思議な文様の編みこまれたタペストリーが無造作に引っ掛けられている。
壁のやや上の方には、調合に使うらしいドライフラワーが吊り下げられ、そこからさらにひょいと上を見れば、アイアンフレームの照明があたたかな顔をのぞかせていた。
部屋の一部の区画を占めるのは、妖しげな色のガラス瓶、ろうそく、フラスコ、天球儀。砂時計やら調合器具やらの、いちおう魔術的なにおいのする道具類。それらが雑然とした様子で置かれている。
古い木材で自作したらしい傾いた本棚には、魔術書のたぐいがぎゅうぎゅうつめこまれていた。魔術関連の古い写本も、くるくる丸めて本と本のすきまの空間につっこまれているしまつ。というか本棚からあふれた本たちが、床のスペースを徐々に侵食しつつある。
床には術式の書き損じの切れ端があちこちに散らばり、鼻をかむのに使ったとおぼしき布も転がっている。ところどころに土くれが落ちているのは、
いかにも魔術師然とした室内風景である。もし黒猫がどこかに寝そべっていれば、もっとそれっぽいだろう。
そんな魔術っぽいモノモノに囲まれた部屋の――細長い部屋のさらに一番奥に面したデスクに向かって、カティアたんはなにやら調べ物をしているようだ。
彼女が見ているのは、四角いフレームに囲まれ、明るく輝く壁画状の絵画のようなのだが――それをよく見るとパソコンのディスプレイだ。
古書に写本、古紙やら和紙やら羊皮紙やらの断片がうずたかく積み上げられたデスクの一部にかろうじてスペースをつくり、その空間でポチポチとクリックしているのは――どう見てもマウスだ。
デスクの端ギリギリに肘を置いてほおづえをつき、やや背を丸めて画面を見つめる少女。キャミソール的な薄い布地の服の肩紐が片方ずり下がり、肩や背中の肌がそこそこあらわになっている。下はパンツ一丁。
このような服装から推しはかると、なかなかにズボラな性格であるようだ。
「この鉱石ってなにかに使えそうな感じがするんだけど……。あれー? 魔術教本に書いてあったっけ? なかったよね? ヤバいやつ? んー? でもヤバいのなら禁忌術式とかのリストに載ってそうなものだけど……やっぱ載ってないし」
手近の本に手を伸ばす。
本は動かさない。表紙とページだけをつまんでパラパラめくっている。本の中を斜めから覗きこみつつ、ぶつぶつつぶやいている。見てくれだけは美少女なカティアたん。
だが調べるのをあきらめたのか、本から手を放した。
パタン、と本が閉じられる。
すると本の小口から、ほこりがふわっと吐き出される。
けれど彼女はそれを気にするふうもなく、また考えごとを始めた。
「うーん。ネットの情報だけじゃ物足りないなぁ。パワーストーンのショップが多いし」
天井を見上げて考える。ギィ、と背もたれが音を立てる。
「う〜〜ん……」
さらに物思いにふけるカティアたんが体をひねると――くるり、と座っている椅子がまわりだした。なかなかすてきなゲーミングチェアである。
「どうしたもんか……」
椅子の上であぐらをかいて、くる〜くる〜とゆっくりまわる。
下はパンツ一丁なので、彼女のすらりとした生足がたいへんよく観察できて以下五千字略。
「ふぅん……と。まあ本屋行ってみるかー」
そう決めるとカティアたんは、ぽいっと床に降り立ち、
「あいたたた……」
鉱石のかけらを踏んでしばし痛がり、
「さて、どっちにしようか」
腕を組んで見つめるのは、部屋の奥。
細長い一室の正面にあるのは、キッチンと明かりとりの大きな窓。
その左右に、それぞれドアがある。
この部屋には、二つの出入り口が存在するのだ。
一方は、魔法世界へのドア。
もう一方は、科学世界へのドア。
死体にしか生成されない鉱石を調べたい。それを魔法に利用できる資料を手に入れたいカティアたんだ。さてどちらの世界に行くべきか。
「いつもの魔法書店に行こうか……。でもまずは鉱石の専門書にあたって概要を確認するのも……とすると一般書店? どっちがいい? 結局魔法石として使いたいから、やっぱり魔法書店?」
考えながらカティアたんはスタスタとドア付近まで――
「おぉっと、服を着ねば。あぶないあぶない」
キャミとパンツ姿で往来を歩くわけにはいかない。
魔術師見習いのローブを手にして、下着の上から羽織る。前を閉じればただの美少女。前を開ければただの痴女。
「ん? やっぱあっちの本屋に行ってみるかな」
ほぼ魔法書店にかたむきかけていたが、気が変わったらしい。黒のシャツワンピを羽織り、前のボタンもちゃんととめて、くたっとした帆布トートを肩からさげて向かったのは――現代的科学世界の方のドアである。
ガチャリ――パタン。
ドアが開いて閉まる音がした。ドアの開閉にあわせて、部屋のなかの空気がブルッとふるえ――すぐに静まる。
あるじのいなくなった室内に、しんしんと時間が降り積もっていく。
◇ ◇ ◇
「うえー、真っ昼間だった……。失敗した」
昼夜逆転気味で時間感覚のとぼしいカティアたんが、カンカンカンとアパートの外階段を降り、
「よっ」
隣の民家の塀の上、よく会う普通の黒猫に挨拶したけど、「シャーッ」と威嚇され、アスファルトの道をテクテクテクと歩いていく。そこそこ車の往来のある道の歩道を、なるべく街路樹の陰に隠れるようにして歩く。
しばらく行くと、目的の建物が見えてきた。
このへんでは、ちょっとおしゃれな部類のファッションビルだ。下層階にセレクトショップなんかが入り、上層階がオフィスフロア。もちろん書店も入っている。
「でも本屋に行くまでがなあ……場違いすぎる……」
およそ明るく華やかな店内に似つかわしくない、げんなりどよーんとした顔のカティアたんがビル内に吸いこまれていった。
店内のキラキラな光魔法(?)にダメージをなるべく受けないよう、一目散に向かったのはエレベーターだ。並びの一番奥。そこの一台だけ古風なつくりの年代物のエレベーターが残っていた。クラシックな構造で、エレベータードアも凝った装飾がほどこしてある。現在位置を示す表示も、矢印が動いていくアナログなタイプだ。
チン――
ちょうどドアが開いた。
よしよし、と彼女が向かっていくと先客がいた。パリッとしたスーツを着こなしたイケメンが一人。カティアたんに気づくと、「どうぞ?」とスマートにアイコンタクトしてジェスチャーしてくる。
「あ、いいんで……」
イケメンのあまりの爽やかさに目もあわせられず、カティアたんはなんとか片手でイヤイヤジェスチャーをして、
「どうぞどうぞ……」
と先を進めた。
スーツ氏は気を悪くするふうもなくニコッと笑うと、操作ボタンへ視線を移した。ドアが閉まり、彼を載せたカゴが上層階へとスマートに上昇していく。
「くそぅ、イケメンめ……まぶしすぎる……目がつぶれる」
意味もなく悪態をつくカティアたん。
それからしばらく待っていると、昇ったカゴがゆっくりと降りてきた。
チン――
ぞろぞろと人が降りていく。
そして乗りこむのは、彼女一人だ。
よしっ。「閉」連打!
すると、
「あーっ! ちょい! ちょい! ちょい待って! そこのエスカレーターちょい待って!」
おばちゃんらしき人が遠くから猛突進してくるではないか。
え? ここエレベーターだし!? エスカレーターじゃないし!? と思いながらカティアたんが閉ボタンを連打していると、
「待ってーーーーーっ!!!」
おばちゃんが悲壮な表情でガン見しつつ、崖から落っこちそうな形相で手を伸ばしつつ爆走してくる。
「ぐぬぬぬ……」
カティアたんは迷った。すごく迷った。
本音では待ちたくない。けれど人としてそれはさすがに、ない。
しばし逡巡するカティアたんだったが……ついに、ポチ。「開」を押してしまった。
「ぜーっ、はーっ。はぁ〜、あーよかったわー」
おばちゃんは荒い息をつきながら、二階のボタンを押した。おいっ! ならエスカレーター使え! というか階段でもいいだろ! とカティアたんは思うが――思うだけで口には出せない。
しかし困った。これじゃ本屋に行けないじゃないか。
困った彼女は一計を案じた。
「う〜ん? あ、そうそう思い出した、かなぁ〜?」
わざとらしく声に出して、なにか買うものが一階にあったかのようなそぶりをしつつ、一旦外に出る。
背中に感じるおばちゃんの視線。
「あら、いいのかしら? 閉めるわよ?」
おばちゃんが尋ねてきたので、
「あ……っ、あ〜? いい、です〜」
と乗るのを断って――ドアが閉まった。
またもエレベーター前にたたずむことになったカティアたんが凹んでいる。
「で、でも!今度こそ……!」
ほどなくしてカゴが戻ってきた。
チン――。
ベビーカーと小さい子をつれた家族連れらしい人々が降りていく。
「ねー? 次スーパー寄ってくけど、今日のご飯、なににしよっかー」
「おかしー、チョコー、ケーキー!」
「はいはい、おかしは明日のおやつね」
「おしっこー!」
「えええ……」
みたいなやりとりがカティアたんのそばを通り過ぎていった。
そして今現在エレベーター前には、キョロキョロを周りを見回す挙動不審な美少女が一人。
ついに一人になった!
「よし、今度こそ行けるッ」
およそ魔術師見習いらしからぬ身のこなしで、忍者のようにササッとエレベーター内に入ると、またも「閉」連打!
ガー……。ドアが閉まり始めて。
ゴトン……。完全に閉まらずワンクッションおいて。
ゴットン……。今度こそちゃんと閉まった。
「ふひー……ひと苦労だった……ぜ」
なぜか勝利の感慨にふけりながら、安堵の長い息を吐き出すカティアたん。
そしてずらりと並んだフロアボタンを眺める。
一般書店は四階だ。
けれどもちろん魔術師見習いであるところのカティアたんが目指すのは、一般の本屋でなくて、特殊な本屋だ。
まず縦に並んだボタンの上端と下端――のひとつ内側のボタンを同時にポチリ。
すると――
なにも起こらない。
「あとは……
慣れた手つきで順番に番号を押していくと、ガタン。
エレベーターが動き出した。
シュルシュルとエレベーターが動いていく。
昇っているのか降りているのかわからない、あのエレベーター独特の浮遊感がしばらく続いた。
それから――チンッ。
ゴロロロロ……。
すこし重い音がしてドアが開いた。明らかにドアの向こうの空気が違う。
「ふふんっ♪」
カティアたんの口がにんまりとなった。
彼女の目の前に広がっていたのは本棚である。どこまでも続いていくかと思えるほど遠くまで続き、棚の先は
けれどフロア全体を見渡そうとすると、意外に小ぢんまりしていて、実は小規模な本屋だということもわかる。
床には雑にまとめられた紙の束が積まれている。まるでどこかの美少女の部屋の床みたいに。
棚のすきまから、ウニョウニョとタコみたいな触手が這い出そうとしているが、シュッと本の中に引きずりこまれて……シーンとなった。
古書のにおい。
ほこりのにおい。
「むはーっ。これだぜこれ」
カティアたんは深く息を吸いこんだ。
むふふ……とニヤつきながらカティアたんは本の森を探索していく。
おぉ? これおもしろそう。これは? こっちは? これも! みたいな感じでテンションが上っていたが、ここに来た本来の用事を思い出してしまった。
「あ……。鉱石の魔術書。もしくは専門書かなぁ。もしかしたら
と考えながら歩を進めるカティアたん。
ところがそこにたどり着く前に、彼女の下半身がブルル……と震えてしまった。
「あ。トイレ……」
さっきの家族の「おしっこー」のやりとりをなんとなく思い出しながら、カティアたんはそそくさと本屋のフロアの奥――トイレの方へ向かうのであった。
コミュ障魔術師見習いカティアたん、本屋を目指す 来麦さよな @soybreadrye
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