天気管理士

冲田

天気管理士

「……このように、季節によって高気圧と低気圧の配置はおおよそ決まっています。……あら、チャイムが鳴ってしまったわ。今日の授業は終わりです。みなさん、国家試験まであと少しですから、家に帰ってからもちゃんと勉強してくださいね」


 とっても退屈な、天気図の授業の先生が教室から出て行くと、ウェザはふぁと大きなあくびをした。


「あ、おい、スノ。今日の天気図のノート貸して」


さっさと荷物をまとめて教室を出て行こうとするスノを、ウェザは呼び止めた。スノは決してがり勉タイプではないが、ノートだけはきちんと取っている。


「また寝てたのかよ、ウェザ。そんなんじゃ国家試験受かんないぞ? せっかく難関勝ち抜いてこの学校入れたっていうのにさ」


「大丈夫だって。卒業できれば資格は取れる仕組みになってるから」


「……その情報大間違いだよ。今までの先輩方が優秀だっただけ」


スノはため息をつきながらも、ウェザにノートを貸してやった。ウェザはノートを頭上に掲げて頭をさげ、サンキュ! 助かる! の意を示した。




「そういえばウェザはさ、なんで天気管理士になろうと思ったわけ?」


学校からの帰り道、スノはウェザにたずねた。


「なんでって、だって雲上世界じゃこんなに高給で安定した職業ないじゃないか。絶対失業しないし、倒産しないし。スノだって似たようなもんだろ?」


「まあ、そこは否定はしないけど。おれは地上世界の人たちが今より天災に悩まずにすむようにって、一応の志はあるよ。でも思っていたより退屈そうな職業だなーっていうのは、学校に入ってみて正直思った。天気を管理するっていったって、自分でできること少なそうだもんな」



 天気管理士とは読んで字のごとく、天気を管理する職業だ。地上世界の天気は世界各地に散らばった天気管理士たちが決める。自分の仕事の結果が非常に明快でやりがいがあり、しかも高給で安定しているので雲上世界では人気の職業だ。人数の枠が少ないにも関わらず希望者は非常に多いので、まずは難関の専門学校に合格し、卒業して国家資格をとらなければならない。最高のエリート職とも言える。そのかわり国家資格さえ取ってしまえば、ほぼ百パーセント天気管理士としての仕事ができるようになるのだ。


「まあね。あれはやっちゃだめ、これはやっちゃだめ、世界中の動きを見て、均衡を乱さないで……。禁止事項ばっかだからな。

 でも、その方が楽でいいよ。あんまり自由気ままに管理できちゃったら大変だ」


ウェザの言葉にスノはうん、と頷いた。天気管理士はその気になればどのようにだって天気を操れる。しかし、実際の仕事は世界中を見渡して、いかに矛盾なく天気を移り変わらせるかに注力する。少しでも狂えばここかしこで「異常気象」になるからだ。



 おしゃべりをしながら歩いていると、ふと足元が光った。雷だ。そして直後にゴロゴロという音。かなり大きかった。


「あれ?今日このあたりって雷とか夕立の予定あったっけ?」


スノが不安げな顔でウェザに言った。ウェザはさぁ、と肩をすくめた。なんとなく胸につっかかるような、嫌な予感がする。雷が発生していたのはこのすぐ近くだ。二人は顔を見合わせると、そちらの方向に走り出した。


 さほど幅の広くない川に掛かる橋に、人影を見つけた。クラスメイトのレインだ。どう考えても今の雷を発生させたのは彼だった。川底には予定外の激しい嵐が起こっている地上世界が見えていた。


ウェザは口よりも早く、レインを殴り飛ばした。


「おい、レイン! お前何やってるんだよ‼︎」


ウェザのかわりにスノが怒鳴った。 ウェザに勢いよく殴られてしりもちをついたレインは、殴られた頬をさすりながらムッとして立ち上がった。


「何って、嵐・雷の法の練習だよ」


「練習だって?学校外での練習は法律で禁じられてるじゃないか。ましてや、嵐・雷の法は上級職でさえ扱いが難しいっていうのに! 俺たちはたかだか候補生だろ?」


 悪びれる様子のないレインに、スノはまくしたてた。ウェザは川底を見た。そこから見える地上世界は大変なことになっている。レインにとってはほんのちょっとの練習のつもりだったのかもしれないが、今や大型台風でも上陸したのかという状態に発展していた。ウェザは、スノのお説教を話し半分に聞き流すような態度をとっていたレインの胸倉をひっつかむと、強引に川をのぞかせた。地上の惨状を見て、レインはようやく事態を飲み込んだらしい。顔が真っ青になると、その場にへたりこんだ。


「確実にお縄だな、これは。ほら、早速警察官が来た」


地上への影響が大きくなるので、候補生の許可のない天気管理は放火犯くらいに罪が重い。少なくとも、レインの天気管理士としての将来はついえただろう。

 警察官に、レインとともにいろいろと事情聴取のようなことをされている間に、現役の天気管理士たちが集まってきた。この突発的に起こった異常気象の被害を、なんとか少なく抑えるためだ。しかし、この辻褄あわせもなかなか難しく、他の場所の天気が新たに荒天しないようにするのは困難を極める。


 警察官との話が終わったウェザとスノは、そんな先輩たちの仕事ぶりを見学した。こういう大きな仕事をしている時の天気管理士は、ものすごく格好いい。スノが言った。


「レインの気持ちも分からなくもないな。嵐みたいな難しい技能は、やっぱり格好いいし使ってみたくなるよね。だからって、実行しちゃダメだけど」


「なんだかんだいったって、俺たちは雲の上から高みの見物だから……地上の人たちがどんなに大変な思いをしてるかなんて、なんにも実感してないんだよな……」


 スノの言葉を受けて、ウェザもぽつりと言った。知識としては授業で詰め込まれているけれど、学友の好奇心と技能不足によって引き起こされた異常気象を目の当たりにすると、何も理解していなかったんだな、とウェザは感じていた。


「明日から、ちゃんと自分でノート取るよ」

「うん、それがいい」



 二人はこの出来事から志を新たに勉学に励み、後にとても優秀な天気管理士となった。天気の均衡を守るだけが主の日々の仕事は、正直なところ退屈だ。それでも彼らは真摯に取り組み、地上世界がなるべく天災に見舞われないよう心を砕いた。



 ──すべての天気管理士が、そうだといいのだが……。



おしまい

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天気管理士 冲田 @okida

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