路地裏の本屋

斎木リコ

路地裏の本屋

 王都の外れにある不思議な本屋。今日も客が一人、中に吸い込まれていった。


「いらっしゃいませー」


 明るい声の売り子が、笑顔で挨拶してくる。彼女のいるカウンターは、店の奥。ほんの数歩の距離しかない。


 狭い店内には、棚がたくさん並んでいる。天井まで伸びるそれには、ぎっしりと本、本、本。


「あの……探している本があって……」

「どんな本でしょう?」


 にこやかに聞かれて、素直に答えてしまった。


「ま、魔法の事が書かれている、本……です」


 売り子は、笑顔のまま固まっている。それはそうだ。この国では、魔法という言葉は禁忌なのだから。

 だから、彼女の返答は当然のものかもしれない。


「えー? うちはそういうの、扱ってませんよー? てか、魔法に関する本って、禁書じゃないですかー」

「で、でも! ここにくれば手に入るって――」

「お客さん、それ、誰から聞きました?」


 先程までの明るさとは打って変わって、笑顔なのに目だけが笑っていない。客の背筋に、冷たいものが流れる。


「その……知り合いに……」

「では、その知り合いの方が何か勘違いなさったんでしょう」


 勘違い? いいや、そんな訳ない。だって、彼は今際の際にこの店の事を教えてくれたのだ。


 死にゆく身で、そんな嘘を吐くだろうか。


 いや、そんなはずはない。


「そんな事はない! ここには絶対に――」


 客は、そこで意識が途切れた。




 気がつくと、石造りの部屋にいた。


「こ……ここは……」

「あ、気がついた?」


 見上げた先には、売り子の少女。彼女の背後に明かりがあるようで、逆光になり顔が暗く見える。


「ここは店の地下だよ」

「何故……」

「あなたが、お得意様を殺した人だから」


 少女の言葉に、客の目が見開かれる。どこで知った? あの場には、自分と関係者以外いなかたはず。他の連中が口を割るとは思えない。


 暗い地下牢で、痛みに耐え抜いて死んでいった老人。あの最後を、目の前の少女が何故知っているのか。


「……でまかせだ」

「そう思いたいなら、思っておけば?」


 何だ? よく見えないが、少女の様子が何やら変だ。何というか……


「人間らしさが見られない?」


 内心を見抜かれて、客が驚く。起き上がろうとして、自分の体が指一本動かせない事に気付いた。


「どうなっている? おい! これは一体どういう――」

「うるさいなあ」


 そんな言葉と共に、客の顔の真横に、大きなナイフが突き刺さった。獣の解体にでも使われそうな、大型のものだ。


「ねえ、知ってる?」

「な……何を……」

「あなたが欲しがってた魔導書、あれ、素材はなーんだ?」


 魔導書。本を開くだけで、登録されている魔法を放つ事が出来る、魔導具の一種。


 だが、どの国でもその製造に成功したという話は聞いていない。どこかの路地裏で、ひっそりと開いている小さな本屋。そこにだけ、あるという。


「確かに、うちの店には魔導書が置いてあるよ? でもね、あれを買うには資格がいるの」

「し……資格……?」

「そう。前に買い物をした人から、紹介を受ける事。その際に、教える合い言葉があるの。あなたはそれを言わなかった。魔導書の持ち主、拷問して殺したね?」


 ぐいっと近づいた少女の目は、真っ暗だった。何も映していない、人にあるまじき目。

 客を装って店に入った男は、己の悲鳴が喉の奥で貼り付くのを感じた。


「あんたは人を多く殺しているから、いい魔導書になりそうだ。どうしてか、うちの本って悪い人間の方が出来がよくなるんだよねえ」

「ま、待て」

「さあて、あんたで作る魔導書、どんな魔法を込めようかなあ」

「待てと言っている! こ、こんな事をして、どうなるかわかっているのか!?」

「あ、人を呪い殺す魔導書にしようか。んー、でも、それには紙が足りないかなあ。あんた、痩せすぎて皮が少なそうだし」


 今、この少女は何を言ったのか。


「でも、ま、いっか。じゃあ、始めるよ」


 そう言って少女が振りかぶったのは、先程顔の横に突き刺した大型のナイフ。それが、明かりを受けて光るのが見えた。




 薄曇りの昼下がり、誰もが眠気を誘われる頃、店に客が来た。


「いらっしゃいませー」

「……本を、探している」

「どのような本でしょうか?」

「ちょっと変わった山羊……その皮で出来た、本だ」

「では、奥へどうぞ」


 その昔、とある国では人間を「二本足の山羊」と言って売り買いしたそうだ。

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路地裏の本屋 斎木リコ @schmalbaum

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