ここは魔導書のサンクチュアリ

LeeArgent

第1話

 うずたかく積まれた本の山。その間を縫うようにして、猫の長い尻尾が揺れる。


「はぁ、見つからない……」


 そう言って、本の山から顔を上げた猫獣人の少年、シャノ。彼は一冊の本を探しているのだ。


 ここは、マホガニーという名前の本屋である。売っている本は全てが魔導書。


 生活のおともに。

 魔法実験のおともに。

 冒険のおともに。


 この街の獣人にとって、魔導書と魔法は、生活の一部である。


「シャノさん、目当ての魔導書は見つかりましたか?」


 シャノは上を向く。

 反り立つように高い本棚と、立てかけられたスライド式の梯子。そこに座ってシャノを見下ろしているのは、チンチラ獣人の男、フモであった。彼こそ、マホガニーの店主である。

 シャノはフモを見て首を振る。


「見つからないよ。本当に、このお店の中にあるの?」


「ありますよ。疑うんすか?」


「だって、見つからないんだもん」


 シャノはぷくっと頬を膨らませる。


「で、何でしたっけ? 復活の呪文?」


 フモは問いかける。

 シャノが探しているのは、復活の呪文が書かれた魔導書だ。


 シャノは冒険家だ。つい先日、帰らずの森で、伝説の植物、宝石樹の実を採集しようとしたところ、仲間の鼠獣人が魔物に襲われてしまった。毒にやられて苦しんでいる仲間を助けようと、復活の呪文を探しているのだ。

 死ぬような毒ではない。だが、毒が回りきるとゾンビになってしまう。


 シャノは顔をうつむかせる。後悔に苛まれているのだ。

 自分が宝石樹のクエストを引き受けてしまったがために、仲間は毒に苦しめられている。早く治してあげたい。


「うーん、ここにないとなると、あそこっすかね?」


 フモは顎を撫でて言う。シャノの目に希望が灯る。


「貴重な本は、全てこの奥にあるんすよ」


 そう言って、フモは梯子から飛び降りた。

 杖を握り、ひょいと振る。杖の先から光の粉がはじける。

 その光を浴びた本棚は、次の瞬間、すぅっと消え去った。


 あまりの出来事に、シャノは目を丸くする。


「ここがマホガニーの秘密書架っす」


 消えた本棚のその先は、小さな庭園となっていた。


 中央には本が実る大樹。

 飛び回る蝶も本である。

 咲き誇る花々は、花弁一枚一枚が紙であり、インクで文字が書き込まれていた。


 漂うのはインクの匂い。シャノは胸いっぱいに空気を吸い込む。


「ここに確かあるはずっすよ。探してみるといいっす」


 フモは、もふもふのしっぽをふわりと揺らしながらそう言った。

 シャノは入ることを躊躇う。本が作り出す風景は、あまりに不思議で、あまりに綺麗で。自分が踏み荒らすことを懸念して遠慮したのだ。


 フモは笑う。


「ここは魔導書の聖域サンクチュアリ! 何を遠慮することがありましょうか!」


 魔法を求めるものに、聖域サンクチュアリは開かれる。例えそれが、子供相手であろうとも。


 シャノは顔を輝かせる。

 本の花々をかき分けて、復活の魔導書を探し始めた。


^. .^

『ここは魔導書の聖域サンクチュアリ

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