夢の外だから

PROJECT:DATE 公式

夜明け

梨菜「3月だ。」


カレンダーをめくりながら、

しみじみとそれを実感する。

テレビでも3月、3がだと

皆が口々にしている。


今日は高校の卒業式が

行われるところが多いらしく、

例に漏れず私の通う学校でも

卒業式が行われることになっていた。

私のところだけでなく、

共学組のみんなも今日のようだった。


2年生は3年生を送るために

強制的に参加しなければならず、

せかせかと家を出る準備をしていた。

星李もいない中、

近々引っ越しの準備も

しなければならないな。


梨菜「よいしょっと。」


とてつもなく軽い鞄を背に

玄関から出ようとした時だった。


ピーンポーン、とインターホンが鳴る。

なんてタイミングがいいんだろう。

宅配便だろうか、

にしては随分と早い気がするけれど。

そう思いながらゆっくりと扉を開く。


ふと、春の風がいたずらに

私のサイドテールを揺らした。


波流「…おはよ。」


梨菜「波流ちゃん?」


扉の向こうには、

気まずそうに、または

気恥ずかしそうに顔を伏せる

波流ちゃんの姿があった。

数日前まで別世界にいたもので、

その時に波流ちゃんは

迎えにきてくれていたから

当たり前のように感じてしまうけれど、

波流ちゃんからすれば

何ヶ月ぶりかの迎えになる。


梨菜「おはよう。」


波流「少し、話しながら学校行かない?」


梨菜「うん、いいよ。」


とんとん。

つま先を鳴らしながら、

そっと2人だけの家だった場所から

巣立つように飛び出る。


2人での登校は

久しぶりというわけではないはずなのに、

この波流ちゃんとは間違いなく

久しぶりなわけで。

それに、喧嘩をして以来

まともに話したことがなかった。


波流「…。」


梨菜「…。」


波流「…あのさ。」


梨菜「…。」


どんな悪口を言われるんだろう。

少し構えて、でもほとんどは

仕方がないと諦めた時だった。


波流「今日の放課後、みんなで集まらない?」


梨菜「…へ?」


波流「だって、3年生のみんなが卒業するじゃん?」


梨菜「うん。」


波流「集まろうよ。」


梨菜「お祝いってこと?」


波流「それもあるけど…なんかさ、1年間頑張ったよね、みたいな。」


梨菜「お疲れ様会…?」


波流「だね。」


波流ちゃんはあえてなのか、

私がいなかった数日間のことについて

話すことをしなかった。

それどころか、私が向こうの世界で

寂しい思いを知っているかのように

みんなで集まろうなんて口にした。


何故だろう。

春で暖かく、心地もいいのに。

卒業式の参加は面倒だな、

なんて思っていたのに、

少しばかり涙が溢れそうになった。


梨菜「…波流ちゃん。」


波流「ん?」


梨菜「…ごめんなさいいる?」


波流「んー…私も酷いことたくさん言ったしいらない。」


梨菜「…だよね。私もそう思ってた!」


波流「それはそれでなんだか腹が立つなぁ。」


梨菜「えへへ。」


髪を耳にかけながら

笑みが溢れてしまう。

我ながら、ごめんなさいは必要かなんて

変な問いかけだったと思う。

でも、いらないと言ってくれた

波流ちゃんのその言葉は、

きっと本心に違いない。

だって。


波流「おかえり。」


梨菜「うん、ただいま。」


この半年間全てが

くだらない喧嘩だったんだから。





***





私は、この高校の3年生には

あまりお世話になっていなかったからか、

卒業式を見ていても

あまりじーんと来ることはなかった。

しかし、部活に入っていた人は

やはり違うようで、

お世話になった先輩の背中を見ては

ぼろぼろと泣いている人もいた。

波流ちゃんも、ぼろぼろとまではいかずとも

涙ぐんでいるのが見えて、

素敵な先輩たちだったのだろうと

予想ができた。


午前で式は終わり、

卒業式の後片付けをすぐに行う。

その後、先輩に会う人は

先輩に会いにいったり、

1度部活で集まっていたりなど、

みんながすぐさま帰らない

長く長く続く放課後があった。


梨菜「はーあ。」


波流ちゃんも1度部活の集まりで

抜けてしまったしどうしよう。

そう思いながら徐にスマホを手に取る。


教室では徐々に人が少なくなっていき、

私を含めて後数人しか残っていなかった。


梨菜「…。」


思えば、全ての始まりは春だった。

4月、Twitterがおかしくなって、

宝探しを提示された。

それは5月まで続き、

愛咲ちゃんがいなくなって終了した。

その頃かな、秘密裏に事は進み、

波流ちゃんと美月ちゃんは多くの

苦楽を共にしたんだと思う。

6月だったろうか、

麗香ちゃんと羽澄ちゃんが

愛咲ちゃんを連れて帰ってきてくれた。

7月、星李を失った。

確か歩ちゃんと美月ちゃんが

仲直りしたのもこの辺りのはずだ。

8月の夏休みには、

みんなで花火大会に行ったっけ。

夏が終わって9月、

花奏ちゃんを巻き込んだ大事件があり、

10月あたりには2年生のみんなで

トンネルのある方へと向かった。

自分探しなんて言いながら

見つけたのは見たくもない過去だったな。

11月に花奏ちゃんが事故に遭い、

12月にはタイムリープの傷も癒えたのか

退院してくれた。


そして年を越して1月。

突如真帆路ちゃんが帰ってきた。

その頃、愛咲ちゃんのお母さんが亡くなって

大変だったような記憶がある。

2月になって、

暖かくなり早咲きの桜が咲いた頃。

私はこの全ての不可解な出来事がなかった

世界線へと迷い込んだ。

それは大層素敵な世界で、

それはとんでもなく淋しい世界だった。


梨菜「…色々あったな。」


いろいろと思い返しながら、

スマホに自然と打ち込んでいた文字を

そっと見返した。



『今日の18時に、

 高瀬江ノ島駅に来れませんか』



梨菜「…いや、固すぎる。」


またすいすいと文字を打ち直す。

そうだ。

私たち、ちゃんと出会ってるんだから。



『今日の18時、

 高瀬江ノ島駅で集まろうよ!』



梨菜「よし。」


スマホの画面を暗くする。

18時まではまだまだ時間があるけれど、

その辺りをぶらぶらと歩いていれば

いい具合に時間を潰せるだろう。

波流ちゃんが戻ってくるまで待っていたいし、

しばらくは学校の近くに

いるようにしておこう。


ピコン、と通知が鳴る。

それは、誰かがさっき送った

メッセージに対して反応してくれた証拠だった。



『愛咲:それいーな!最初の頃を思い出すぜー!』



梨菜「…ふふっ。」


最初に返信をしてくれたのが

愛咲ちゃんっていうのも

私たちらしいな、なんて思った。





***





梨菜「はぁ…はぁっ…。」


波流「ちょ、なんで毎回こうなるの!」


梨菜「知らないよぉっ…ゆっくり話してたらついつい楽しくて…。」


片瀬江ノ島駅から結局集合場所は

浜辺の方にしようということになり、

私たちはその間を走っていた。

学校で波流ちゃんを待って、

そこで話し込んでしまったらしく

私たちはいつものように

数分遅れて参加することになりそうだった。


春だけれど、夕方ともなれば

流石に冷えてくる。

しかも海がとてつもなく近い。

それは寒くても仕方ないだろう。

けれど、走っているのもあってか

さほど震えることもなく、

息を切らしながら浜辺へと向かった。


そして、浜辺に着いた時、

波の近くでは7人の影を見た。


そのうちの1人が私たちに気付いたようで

がばっと片手を上げ、

大きく手を振り始めた。


愛咲「おおーうぃ、こっちこっちー!」


梨菜「今行くー!」


波流「あ、転ばないでよ!」


梨菜「大丈夫!」


もた、と足を取られながら

砂を蹴り上げてみんなの方に走っていく。

夕日がとてつもなく綺麗で、

建物の影から赤い光が

すうっと差し込んでいた。


美月「遅かったのね。」


波流「あははー…思った以上に話しちゃって。」


麗香「仲直りできたのならそれでいいけど、仲が良すぎるのも考えものけぇ。」


愛咲「おぉいおいおい、うちら仲良いよな、いいよな!?」


麗香「もう、くっついてくるなって言ってるけぇ。」


真帆路「その…けぇって言うのは…?」


麗香「言ってなかったっけ、癖。」


羽澄「麗香ちゃんの素敵な特徴であります!」


歩「遅れてきた人には1回くらい海水かけてもいいんじゃない?」


花奏「流石に寒いからやめとこうな?」


梨菜「あれ!花奏ちゃん、髪切ったの!?」


花奏「えへへ、そうなんよ。切ってもらった。」


波流「すっきりしていいね。」


真帆路「だね。」


その時だった。

ぶわっと赤い光は増し、

雲の隙間から太陽がのぞいた。

眩しくて目を開けていられないほど

眩い光が私たちを照らす。


なんだか、桜並木のあの光を

彷彿とさせる明るさだった。


梨菜「うわあ…。」


愛咲「綺麗だな。」


羽澄「晴れてよかったですね。」


愛咲「あ、そーだ!」


突如愛咲ちゃんは大声を出して、

「じゃじゃーん」と言いながら

スマホを取り出していた。


愛咲「せっかくなら撮ろうぜ。ってか、撮ってもらうか!」


美月「あ、え、ちょっと!」


麗香「流石、我らのスピードスターけぇ。」


歩「止める前に行動してるし。」


愚痴のように聞こえるけれど、

それときっと安心や

信頼からくる言葉であろうことは

簡単にわかるのだった。


それから程なくして

愛咲ちゃんは見知らぬ人を連れて

こちらへとやってきた。


愛咲ちゃんはどこを押すと

写真が撮れるので、と

簡単に説明しているのが聞こえる。

その間に私たちは海を背景に

並ぶことにした。

どうするのか、ともぞもぞしていたけれど、

1番わかりやすいことに

身長で前の列の人を決めることになった。


たまたま隣になった波流ちゃんのことを

ちらと見てみると、

タイミングが良かったのか

彼女もこちらを見ていた。

ばち、と視線が合う。


梨菜「ねえ、波流ちゃん。今度飲み物1本奢ってよ。」


波流「え、急に?」


梨菜「これまでの朝ごはんの件、それで許してしんぜよう。」


波流「あー。それなら私も1本奢って欲しい。」


梨菜「むむ…もちろんいいよ。」


波流「やった。何がいい?」


梨菜「うーん…じゃあカフェオレで。」


波流「あれ?コーヒー飲めたっけ?」


梨菜「飲めない。」


波流「あははっ、何それ。」


「じゃあ撮りますねー。」


そんな声が聞こえてくる。

愛咲ちゃんが走って

砂に足を取られながら

こちらへと向かってきた。


愛咲「みんな、精一杯笑えー!」


麗香「こういう時だけ暑苦しいんだから。」


愛咲「それはいつもだ!」


「ではいきまーす」と声が響く。

今度は写真を撮るとわかっているのか

春風が優しく撫でてくれた。


梨菜「春だね。」


波流「そうだね。」


「ん、私?」とは聞かなかった。

それが、私たちの今の関係だろう。


今日の夕日はきっと

どの時よりも最高

どの時よりも寂しげで。

それでもってどの時よりも

綺麗で言葉が出なかった。


私たちは不運なことに見舞われながら

幸運なことに出会うことができた。

3年生のみんなはこれから先

全く違った進路へと向かっていく。

私も来年はその立場になる。

1年生のみんなだってそう。

いつかは自分で選んだ道へと進んでいく。


すっ、と曙光が差し込んだような気がした。












PROJECT:Dawn 終

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