ただ本屋でアルバイトしてただけなのに、斉藤さんがグイグイくるんだけど
花月夜れん
出会いは突然、アルバイト中の本屋にて
「ありがとうございましたっ!」
定型の挨拶をして次の客の品物を受け取る。僕は本屋でアルバイトをしてる高校生
別に働きたいとかそういうのじゃなくて、社会勉強してこいと親に言われてアルバイトしている。
本屋は最近電子媒体で押され気味だと思っていたが、けっこう根強く紙も人気のようだ。それなりに人が来る。もっと楽ができると思っていたのになぁ。
それにしても今日はやたらと人が来る。珍しくレジが二人&二台体制だった。
アルバイトの先輩がテキパキと捌くなか僕はモタモタと遅れてしまって、焦ってしまっていた。
「次のお客様どうぞ」
列の最前、ずいぶんと髪の長い女の子が呼んだのにこない。
「お客様どうぞー」
僕はもう一度呼ぶとやっと動いた。
そして、僕の手が一瞬止まる。
女の子が持っているのは、TL漫画。それだけなら別に普通にある事だと思うのだが、それを差し出した手、右手親指付け根にあるホクロを見てしまったのだ。そこに二つ並んである事が被る確率なんて、どれくらいのものなのだろう。
もし、同一人物なら彼女は、僕の……。
「ありがとうございました」
会計が終わりそそくさと走り出す女の子。さすがに声をかけるわけもなく。だって、彼女との接点なんてそもそも。
僕は次のお客様を呼ぶ。
次の朝、僕はお呼び出しされた。
クラスのトップとも言えるギャル集団の一人。
「な、何? 斉藤さん」
「平塚君……、昨日の件なんだけど」
「い、い、いや、誰にも言わないよ? 言わないから。ほら――」
というか、気になる。今の彼女はショートカットの茶髪。化粧ばっちりというか通り越してコッテリだ。
対して昨日の彼女は黒髪ロングの清楚系。どこがどうなったらそうなるのか不思議でしょうがない。
「言わない?」
僕は必死で首を前後に振る。そりゃあもう必死に。
女子全員でメッタメタにされるなんてゴメンだからなっ。
「なら、お願いがあるんだけど」
お、なんだ。まさか、カツアゲか。お金なんて…………、昨日給料日でもってるじゃんっ!?
オレは、汗をだらだらと流しながら次の言葉を待った。
「お、男の子に付き合ってもらうにはどうすればいいのか、教えてくれない、かな?」
「はへ?」
「いや、だから付き合い方! その、私見た目がこんなだからさ男は寄ってくるけど、私がその付き合いたいのはさぁ。その……」
ごもごもと彼女は口ごもる。
何だ、何が言いたい。モテ自慢か? 生憎僕は経験ゼロだ。
「私は眼鏡属性なんだ! 昨日の見ただろ!!」
あ、見ました。はい、確かに。相手役全部眼鏡とか眼鏡とか眼鏡でしたね。
で、……僕が何か?
「普段はなんで平塚君、眼鏡じゃないの? すっごいタイプだったんだけど」
「はぃ?」
仕事中、僕は眼鏡だった。普段はコンタクトだが、仕事中にズレて泣きながら接客してお客様に引かれてしまった事があり眼鏡に変えている。
「だーかーらー、眼鏡かけて、私と付き合って」
「いや、困ります。お客様」
「今はクラスメイトだろ!」
「困ります、お客様」
僕は必死に逃げ出した。そりゃあもう必死に。
僕の好みは、好みは、本好きで物静かで優しそうな可愛い子なんだぁぁぁぁぁぁぁ。
「あの」
「何ですか、店員さん」
「いえ、何でもありません。お客様」
「ねえ、店員さん。アド交換しようよ」
「困ります、お客様」
見た目は完全に僕の好みなのだが、中身がアレとわかっている。無理だ。だから、ここにこないで欲しい。お願いだ。
あれから、彼女はちょくちょく店にくるようになった。
僕がレジ担当してるときに。
「そっか。また来るね」
「ありがとうございました」
定型の挨拶で返す。心なしかとても可愛い笑顔を浮かべている。くそっ、可愛い。なんだよ、可愛い。
買ってるのは相変わらず眼鏡ものだ。筋金入りなのか。
と、いうか好きなヤツに伊達眼鏡でもかけてりゃいいのに。
僕はふぅとため息をついて次のお客様の会計に取り掛かる。
「新人の斉藤美波です。よろしくお願いします」
「…………うっす」
先輩が辞めて新しく入ったバイトは彼女だった。
「いやー、アルバイト募集したらいい子そうな子が来てくれて良かったよー」
店長が紹介してくれる。彼女は学校の時のショートカットだったが黒髪になっていた。化粧は学校よりかなり薄い。というか、めちゃくちゃ可愛い。
学校にいる時の彼女は天上人。なのに、今そんな彼女が横にいる。
「てか、何でここなんだよ。アルバイトなら他にいいとこなんていっぱいあるだろ」
アルバイトの説明をしてあげながら僕は彼女に聞く。
「だって、ここなら眼鏡姿の平塚君見れるでしょ?」
心臓がバクバクする。いや、騙されるな僕!! こんな漫画的な展開ありえないだろ。これは、ドッキリか何かだろ。
「私、本気だよぉ? だって、こんなに眼鏡似合ってるんだもん。メガネオブザイヤー狙えちゃうよ」
何だよそれ……。
「学校でさ、優しいとこも知ってるし」
「は?」
「ほら、私がさ、落とし物した時一緒に探してくれたじゃん」
あー、あー。
◆
そう、あの日僕の上に眼鏡のアクキーが落ちてきた。なんだこりゃと思ったが、僕は落とし主にわかるように近くの木に引っ掛けた。
帰るときそこでキョロキョロする女の子がいた。クラスメイトになったばかりの彼女斉藤美波だった。この時はまだ派手さは控えめだった。
もしかして、落とし主か? と聞くために引っ掛けた場所を見るとなかった。
近付いたからには、何か言わないと変かと思い聞いた。
「どうした?」
「この辺でキーホルダー落としたみたいで」
やっぱりと思い、木の近辺をちらちらと見るがなかった。
どこかに転がっていってしまったのだろうか。
「どこらへん?」
「え、あの……」
木にかけてしまったから誰かの目に止まって持っていかれてしまったかもしれない。そうなったら僕のせいかなと罪悪感がでてしまった。
僕は念のためにガサガサと探し始めた。
「コレ?」
「……あ、そうそれ」
意外と近くに落ちていた。まあ、眼鏡のアクキーなんて誰も持って行きたいなんて思わないか。
「あはは、お父さんのお土産なんだ。ありがと平塚君」
彼女が差し出した受け取る手に印象的なホクロがあった。
◆
「運命だったんだねー」
「いや、あれ」
「眼鏡の神様が見てたんだよ」
「いや、なにそれ」
僕は眼鏡が好きな彼女に迫られて、気がつけば彼女のために学校でも眼鏡をかけはじめてしまった。
いや、これはわざわざ僕の眼鏡をみたいからと同じ場所でアルバイトするために髪を染めた彼女に対しての謝罪というかなんというか……。こうすればアルバイト先にこなくなるかなという淡い期待だったが駄目だった。
うん、だけど、まだ付き合ってはいないんだ。
僕の好みは本好きであって眼鏡推しTL漫画好きではないし、――このままでは眼鏡が本体になってしまいそうだからだ。
ことあるごとに僕の眼鏡姿への素晴らしさとか語ってくる。だけど、僕は眼鏡が本体じゃない!!
彼女の恋心をなんとか眼鏡がない時の僕にも向けてもらいたくて、今日も彼女の隣でレジ打ちをする。
だけど、アルバイトの時は眼鏡な僕はいったいどうしたらいいんだよ!!!!
ただ本屋でアルバイトしてただけなのに、斉藤さんがグイグイくるんだけど 花月夜れん @kumizurenka
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