市民アリス その2
※書籍1巻、オーバーラップ文庫にて好評発売中です。
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そこは大学と言っても若い学生たちが練り歩く明るいキャンパスではなく、物々しいオフィスビルのような建物であった。
アリスたちはICカード式の入館証を渡され、厳重なセキュリティをくぐり抜けて奥へ奥へと通されていく。
目的地は、様々な機械が雑然と並べられている混沌としたフロアであった。パソコンや通信機器、アンテナ、あるいは誠やアリスから見てもまったくわからない研究機材があり、未開封のダンボールがある。
周囲には研究者たちがいる。白衣を着た整然とした姿ではなく、パーカーだったりネルシャツだったりとラフな姿だ。むしろアリス弁護団の方が生真面目な佇まいをしている。
「こういう場所、みんな白衣着てるイメージあったんですけど、そうでもないんですね」
「忙しいとみんなこんな感じになるんだろうなぁ」
白いブラウスにスカートという出で立ちのアリスの方がまだフォーマルに近い。
そして研究員はアリスの登場に驚き、固まっていた。
うずうずと話しかけたそうにしている人はいるが、それと同時に、ある場所を見守ってもいた。彼らの視線の先にあるのは『鏡』だ。
より正確に言うならば、『鏡』の中にいる人を見守っていた。
「あっ、アリス……!」
「セリーヌ!」
今、『鏡』の前にはセリーヌがいた。
「よかった、しばらく会えないかと思っていました……王様になったわけでとても多忙かと……ていうか多忙じゃなければいけないのでは?」
「うふふ」
「うふふではなく」
セリーヌの服装は、周囲の研究者と同様にラフなものだった。
セーターにロングスカート、足は暖かそうな、もこもこのスリッパを履いている。明らかに地球産の衣服である。
また、周囲にあるのは仕事のための書類や筆記具、そして明らかに趣味と思われる調度品や茶器、あるいは酒瓶を保管するラック類などなどだ。服を大量にしまっているであろうクローゼットもある。目を凝らすと奥の方に、クリーニング店のタグが付いたままのコートもあった。
アリスが少々ジト目気味になっていることに気付き、セリーヌはぷんすかと怒って反論した。
「ふ、普段はもっとちゃんとした格好してますぅ! こういうときくらいゆったりした服で休みたいの!」
実際、セリーヌは非常に多忙なのだそうだ。
だがその多忙さは、謁見をしたり、あるいは接待や宴席を設けるような王様らしい多忙さではなく、もっと手前のレベルの忙しさであった。権能を利用した土木工事をしなけばならなかった。
「お城が壊れたから再建しなきゃいけませんし、戦争で放置されてた治水工事や道路工事も再開させなきゃいけませんし。資材には困ってませんが、ちゃんと建築するための人手が少ないから私が陣頭指揮を取ることもりますし……」
「は、はぁ」
「こうして美味しいものを食べたりお買い物したり、地球の人とお話するのが貴重な癒やしのときなんです」
見れば、研究室からコンセントが伸びて『鏡』の向こうの冷蔵庫やパソコン、その他様々な家電製品と繋がっている。
「……って、あれ? セリーヌは幽神霊廟にいるのですか?」
「あ、違うよー。今『鏡』は貸出中。セリーヌの仮設のお城の中だよ」
「ついでに我らがその監視役じゃ」
『鏡』の横から、ひょっこり馴染みある顔が二つほど出てきた。
「スプリガン! ゆ……ではなくガーゴイル!」
「ゆってなんじゃい、ゆって」
「噛みました」
おほんごほんとガーゴイルがわざとらしい咳払いをする。そういえばガーゴイルの正体が幽神の魂であることは秘密だったと今更ながらに思い出し、アリスも明後日の方向を向いてごまかした。
「そこ噛むところ? まあいいや。一年くらいこっちにいるよ」
「割とフランクですね……外に出られないとか言ってませんでしたっけ?」
「そうなんだけどさー。幽神霊廟のこと、みんな忘れちゃってるんだもん。公式アンバサダーとして色んな国で宣伝しなきゃいけないし。はー大変大変。人気者つれーわー」
スプリガンがわざとらしく肩をすくめる。
いつも通り変わらぬ小生意気な姿に、アリスたちは懐かしさを覚えた。
「スプリガンも元気そうで何よりです。外を楽しんでくださいね」
「うん! あ、でもサクッと外出許可が出たのがちょっと不思議なんだよね。今までこんなことなかったのに。幽神さまも実はアリスたちのこと見てたのかな」
「わ、わはは! そ、そーかもしれんな!」
スプリガンが首をひねり、ますますガーゴイルがわざとらしくごまかす。
「ところで、ちょいちょい耳を貸すがよい」
「なんでしょう?」
ガーゴイルが小声でアリスにだけ語りかける。
アリスは耳に魔力を集中して、ガーゴイルのわずかな声に耳をそばだてた。
「……異世界に転移してどうしているか案じておったが、元気そうでなによりじゃわい。転移の際に怪我などもしなかったようじゃの?」
「ええ。おかげさまで、無事やってます。まあ一週間も経っていませんけど」
「そのうち『鏡』のレプリカを作れぬか試しておるでな。あれほど大きいものにはならんじゃろうが、できたらそちらに届くよう手配しよう」
「えっ、できるんですかそんなこと」
「まだ内緒じゃぞ?」
ガーゴイルが茶目っけたっぷりにウインクし、アリスもくすくすと笑う。
その様子を見ている誠たちも、嬉しそうに微笑んだ。
「それよりもじゃ。何か話し合いがあるんじゃなかったかの」
「「「「「「「はい」」」」」」」
「うわっ、なんじゃなんじゃ。圧があるぞこやつら」
アリス弁護団がまた存在感をアピールし始めた。
「誠さんから話は聞いていますわ。じゃあそろそろ準備しましょうか。他の方々も、そろそろおいでになるのでは?」
「他の方々?」
「そちらの国のお役人さんだそうですよ」
◆
『鏡』があるフロアに長机と椅子が並べられて、アリス弁護団が腰掛けた。
そして『鏡』を中心に、まるでチーム分けのごとく席が分けられた。
アリス弁護団と、それ以外だ。
「これで全員揃いましたか?」
セリーヌの言葉に全員が頷いた。
アリスは、ちらりと対面にすわる人々の顔を眺めた。
全員が仕立ての良いスーツを着ている。
表情も厳しく、生真面目だ。
エヴァーン王国にはあまりいないタイプである。
これは色々と手強そうだなとアリスが思った瞬間、対面のリーダー格が発言した。
「はじめまして。永遠の旅の地ヴィマ対策班です。各省庁と研究者からなる混成チームでして、現状、正式なものではありません。政府に話を通して国民に説明するすための土台作りが目的でして、あなた方を懲罰したり弾劾することが目的ではありません。そこは誤解なさらないでください」
和やかな言葉に対して、スーパーアルバイターの反論が飛んだ。
「そうは言いますが、結果次第でアリスさんの生活が激変するわけでしょう?」
「それは仕方ないでしょう。いきなり異世界が実在します、異世界と交流してました、異世界から人が来ましたと、あまりの出来事に国や国民……というより世界中がパニックです。その着地点を探そうというのですから、どうかご協力して頂きたい」
「だが異世界があるのも異世界人がいるのも事実だし、パニックを防ぐという名目で行政が逸脱してはいけないでしょう」
そこから、長い長い討論が始まった。
資料が配られ、説明を受け、質疑し、反論し、反論され、ときには取っ組み合いになりそうなほどに議論が白熱した。セリーヌも積極的に発言した。全員に闘志がみなぎっていた。
ただし誠とアリス、翔子はついていけずにポカンと状況を見守っていた。当事者を置き去りにしてまるでサッカーや野球の試合のごとく、勝った負けた、有利になった不利になったと盛り上がっている。もはやアリスたちは贔屓チームの応援をするファンのような心理で白熱した議論を眺めていた。
「誠さん」
「なんだい、アリス」
「みなさんが私のために頑張ってくれているのはすごくわかるのですが」
「うん」
「話がまったくわかりません」
「俺も」
「誠さんは理解してください。私にはよくわからないのですが、有罪か無罪かの瀬戸際なんですから」
こそこそ話をしながら、誠が苦笑しながら後頭部をかいた。
「……ここだけの話、多少のペナルティがあった方がよいとは思ってるんだ」
「へ?」
「色々と異世界につながる『鏡』を使ってズルして稼いだのは事実だしね。それに、配信者としてもちょっとアウトなことをやってる」
「アウトとは……?」
「プロデューサーが所属事務所のアイドルに手を出したようなものだからなー。アリスのガチ勢のファンにはけっこう恨まれてる」
「それは……まあ……そうですけど」
「とはいえ弁護団の人たちが頑張ってくれてる。足を引っ張るようなことはもちろんしないよ」
「そうしてください。そもそも私を助けるために色々と法律を無視したのなら、私の前では悪いことしました、みたいなことは言わないでください」
「アリス」
「はいそこ! 真面目な会議でイチャつかない!」
「「すみません」」
弁護団から怒られた。
◆
六時間以上の白熱した議論の末に、こうなった。
「えー、つまり、保留ですね。結論が出ませんでした」
「あ、そうですか」
誠がパソコンやカメラを異世界に持ち込んだりしたことは、さほど問題にはならなかった。地球の特定の国で軍事利用されるような物であるならばともかく、家電製品の概念がない世界に持ち込んだところで短期的な影響は現れにくいだろうと判断され、そもそも仮に大きな影響があってもそれを防ぐ法律がなかったためだ。
もっとも問題になったのは、やはりセリーヌが生み出した金やレアメタルの扱いであった。
ただ採掘されたものを持ち込んだならば話は早かった。一種の密輸品に近いものを売買したということで、貴金属取り扱い事業のルールに抵触するだけの話だった。
だがセリーヌが渡した金塊は、採掘されたものではない。権能によって生み出したものだ。
「こうやって、『鏡』に手を当てて……『鏡』の先、つまり地球で金塊を生み出しちゃうことができるわけですね。えいっ」
セリーヌが軽く念じただけで、『鏡』の先……つまりは地球側、大学のフロアに突然、金塊が現れた。ここで、弁護団も政府の役人も、固まってしまった。
「この金塊、はたして私のものなのでしょうか? それとも、地球で生まれた以上は地球のものなのでしょうか?」
全員、回答できなかった。
おずおずと誰かが質問を投げかけた。
「え、ええと……これはセリーヌさんが自分の力で生み出したものには違いありませんよね?」
「どうなのでしょう。権能とは神より授かりしもの。魔力を消費して行使する魔法とも性格が異なります。ゆえに、この金塊は神のものと言うのが適切かもしれません」
「神様ですかぁ……」
「金塊がほしいなぁと思って金塊が生まれてしまったわけで、金塊を願った者の所有なのか、金塊が産み落とされた土地の人のものなのか、はたして神のものなのか……よくわかりませんわね?」
魔法や権能といった異世界の不思議パワーに由来しているため、現行法で取り締まることが中々難しいのが現状だ。もはや弁護団含めてお手上げの状態に近い。
(セリーヌ、上手くごまかしましたね……)
(うーん……いいのかはわからないけど……まあいいか)
本当を言えば、セリーヌはこんな抜け道的な方法を使って金塊を作って誠たちに提供したわけではない。普通に手渡しで贈ったものだ。だがセリーヌは、それをありのまま伝えてもまずいなと気付いて方便を使ったのだった。
「とりあえず、これ以上はセリーヌ様……というよりあちらの政府と交流して検討を深めるしかありませんし、そうなると彼女たちを罰したり拘束する根拠に乏しいですね。ですが……」
役人の一人がこほんと咳払いして、誠たちをじろりと見た。
「金塊を拾ったならば拾ったなりの手続きは必要になりますので、遺失物等横領にあたる可能性はありますね。自分の土地で埋蔵金が出土したようなケースになるかとは思います。いきなり自分の所有物として売買してはいけないんですよ」
「あっ」
「とはいえ誠さんの他に所有権を主張する人が現れるものでもありませんから、ごく軽微な罰にはなるかとは思いますが……そこはご自身で警察にご説明をお願いします」
「わかりました……」
これが議論の末に生まれた、ちょっとした結論であった。
数日後、レストラン『しろうさぎ』店長・檀鱒誠は書類送検と罰金を課されて一瞬だけ新聞を賑わせつつ、視聴者や弁護団の人たちに「残当」と評価されたのであった。
だが誠はさほど気にしてはいなかった。実際、温情的な措置であることも理解していたし、個人事業主であるがゆえに仕事への影響も少ない。むしろ異世界で苦境に陥っていた少女を助けるためという善行とさえ見られた。ガチ恋勢からの恨みもちょっとだけ減った。
なによりもアリスの生活が社会に認められたことが、何より嬉しかった。
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