◆行き倒れを拾ってみた




 えー、今私たちは霊廟の中ではなく外に来ています。


 今日は曇り空のため、キラキラした砂の照り返しはまだ穏やかですね。

 ほどほどにカメラ写りもよく、絶好の撮影日和となりました。


「しまっていこー! おー!」


 で、スプリガンも一緒です。


 鎧の修理が間に合ったので、最初のときのいかつい外見が戻っています。


 ノリは軽いままですが。


「あ、口調戻す?」


 ワザとらしいからいいです。


「だよねー。で、どーするの?」


 とりあえず、カメラ回して、動画と静画どっちも録りながら一周ぐるっと回ります。

 それが終わったら上空ですね。


「あ、空撮いいねぇ! ドローン飛ばすの!?」


 別にドローン飛ばさなくても魔法使えば飛べますよ。

 今けっこう魔力溜まってますから。


「えー、ロマンがないよ。時代は今やロボットだよ」


 いや、空飛んでくれってお願いの方が多いんですよ。


「ぶーぶー、まあいいけど」


 はいはい、時間ないんで出発しますよ。

 天気が変わったら撮影できませんし。


「へいへーい」


 へいは一回。


「へい!」







 撮影は順調に進んだ。


 途中、クリスタルスパイダーが襲いかかってくるというトラブルはあったが、スプリガンが『鎧の状態を試したい』と言って積極的に狩ってくれた。いい絵が撮れたとアリスはほくそ笑みながらカメラを回し続けた。


 そして一周ぐるっと回った後、今度は霊廟の屋根へ向かっているところだった。


「ところでアリス、なんで柱をセミの幼虫みたいに捕まってるの? 飛ばないの?」

「いや、風が予想外に強くてバランスが取りにくくて……【浮遊】の魔法、そんなに得意じゃないんですし……。ちょっと5分休みます」

「いやそうじゃなくて、職員用の非常階段を使えばいいんじゃないかなって。一層の奥の方に実は隠し扉があるんだよね。あとは飛ぶ瞬間と着地する瞬間を上手く編集して、ずっと空を飛んだように見せかければいいんじゃないかな」

「早く言いなさいそういうことは!」


 アリスはすでに柱の7割ほど登り終えており、階段を使うのは諦めてそのまま登りきった。


 屋根は、地球で言うところのローマ神殿に似ていた。日本の屋敷などよりもゆるやかな傾斜が左右対称についている。そこでアリスとスプリガンは、屋根のへりに腰を下ろした。


「うーん……相変わらず目が痛くなるような砂漠ですね」

「地球の人、喜ぶかなー? ニンゲンのいない景色は寂しいし、向こうの世界の方が面白いのたくさんあると思うんだけど」

「私もそう思います」


 この世界は寂しい。


 アリスは常々そう思っている。ここに来るまでの牢獄生活が最悪だったとか、国家元首がクソみたいだという理由だけではない。なんとなく、滅びの空気がある。


 今まではどこもそんなものだろうと思っていたが、ここではない別の世界を見て寂しさを強く感じるようになった。それはどうやら、スプリガンも同じらしい。


「ここに現れるのは魔物ばかりですしね」

「ニンゲンなんてここに来るのだって大変だしねー。……あれ?」


 唐突にスプリガンが目を凝らし、遠くを見つめた。


「なにかありました?」

「うーん……なんか変なのがいる」

「へんなの?」


 つられてアリスも、スプリガンが見てる方に目を凝らした。

 確かに、なにかがある。

 クリスタルスパイダーが集まり始めている。

 すでに倒された固体もいる。

 わしゃわしゃと攻撃を仕掛けている固体もいる。


 詳細は見えないが、クリスタルスパイダーにとっての外敵がいる、ということだ。


「あれってもしかして」

「……人間、みたいですね。行きましょう! あ、カメラよろしく!」

「え、撮影すんの!?」


 アリスは、屋根から飛び降りて数十メートルの高さを難なく着地した。

 そして一目散に駆け出す。


(もしかして、私と同じような追放刑を受けた者が……!)


 アリスは、ぐんぐんと速度を上げていく。

 現在アリスのチャンネルフォロワー数は10万2405人。

 すでにアリスは、魔王との戦争のときの自身と同等の力を取り戻していた。

 10トントラックが高速道路を爆走するが勢いで砂漠を駆け抜けていく。


「そこのあなた! 諦めてはなりません!」


 アリスは、人影が見えたあたりで叫び声を上げた。


 そこにいたのは、ローブを纏った女性が一人だ。この軽装でよくここまで来たものだと感心しつつも、アリスは襲いかかってくるクリスタルスパイダーに魔法の火を放ち、そして剣で斬り裂いた。10匹以上の蜘蛛を倒すのに、ものの5分とかからなかった。


 アリスは呼吸を整え、汗を拭ってローブの女性に語りかけた。


「お怪我はありませんか?」


 だが、予想外のことが起きた。

 女性はアリスの方へ近寄ったかと思うと、震えながらアリスの手を取る。


「あ、あの、ご婦人……?」

「ああ、生きていたのですね……本当に、本当によかった……!」


 アリスはその声に衝撃を覚えた。

 それは、アリスがこの10年間、何度となく聞いた懐かしい声であった。


「その声は、セリーヌ……!」

「ええ、そうですアリス! わたくしです……!」


 ローブのフードを払うと、そこにあったのは長い黒髪の麗しい女性であった。

 背は高く、だが腕や腰はたおやかだ。

 小麦色の肌は滑らかで、過酷な旅をしていてなお消えない気品がある。

 もうとっくに死んだのだろうと思っていた、アリスの大切な師匠であり親友の声。


 彼女が、『地の聖女』セリーヌであった。







「これは異界の門ですわね。霊廟も凄まじいですが、異界の品々も珍しいものばかり……」


 セリーヌはアリスの部屋に案内されて感嘆の息を漏らした。


「ええと……アリス、こちらの方々は?」

「私の古い知り合いです」


 誠が恐る恐る尋ねると、アリスがぽつりと返した。

 顔は能面のようだ。

 誠の目から見て、明らかに気分を害している。


「名乗りもせずに失礼いたしましたわ。私はセドレムス=エヴァーン=ウェストニア大公が娘、『地の聖女』セリーヌでございます」

「ええっ! ってことは……」

「……はい。以前マコトにも話しましたね。彼女が私と同じ聖女であり、我が師匠です」


 アリスの説明に、誠は少し引っかかりを覚えた。

 だがここで追求するのも躊躇われて、誠はセリーヌに向き合う。


「ええと、はじめまして、壇鱒(だんます)誠です。レストランの店長と動画配信者をしています」

「あなたがアリスを助けてくれたのですね……本当にありがとうございます」


 セリーヌは、花のような微笑みを浮かべた。

 異世界の人間に対しても露骨な警戒を見せず、物腰も落ち着いている。

 見た目と違って中々に豪胆だなと思う一方で、なんともいえない違和感を覚えていた。

 初めてこの『鏡』の前に現れたアリスとは、まったく様子が違う。


「しかし、なんでまたこんなところに……? もしかしてアリスと同じように……」

「いえ」


 セリーヌは首を横に振った。


「私は追放されてここに来たのではありません。この子を助けに、そして共に王国に戻り、反旗を翻すために来たのです」


 その言葉は、ある程度誠も予想できたものだった。

 初めてみたときのアリスとの違いは一目瞭然であったからだ。

 表情に、希望がある。

 少なくとも、罪人として追放された人間の顔ではないと、一目見て誠は理解していた。


「そう、ですか」

「もしかしたら、アリスが追放された先で誰かに助けられていたり、あるいは逆に迫害されていたり……いろんな可能性を考えておりました。無事でいてくれて……本当によかった……!」


 セリーヌは、感極まったように涙ぐんだ。

 だが落ち着きを取り戻すと、さっと手を伸ばして何事かを呟いた。


「【アイテムボックス】」


 その呟きと共に、セリーヌの指先に黒いもやが現れた。


 ずもももも、と怪しげな気配を放っていると思いきや、そこからきらびやかな四角い塊が現れる。


 その不可思議な現象に誠は驚かなかった。そういう魔法もあるのだろうな、程度だ。それよりも取り出された塊の正体こそが問題であった。


「こ、これ、もしかして……」

「金塊です。そちらの世界でも価値があると良いのですが」


 金塊は一つのみならず、ごとんごとんと積み重なっていく。恐らく10キロ以上はあるだろう。いきなり金のインゴットや延べ棒を現金化するのは難しいにしても数千万円の価値はある。誠は慌ててセリーヌを静止する。


「あ、いや、ストップ。いいです。仕舞ってください」

「あら、すみません。そちらの世界ではあまり大したものではないのですね。ですがアリスを救ってくださったのです。どうかお礼を……」

「そうではなく! お礼が欲しくてアリスを助けたわけじゃないんだ!」

「なんと素晴らしい……! その善意、その人徳にこそ報いがあるべきです!」


 このままでは流されてしまうと思って誠は声を張り上げたが、セリーヌはマイペースなままであった。

 どうしたものかと迷っているところに、アリスが口を挟んだ。


「マコト。地の聖女たるセリーヌにとって金塊を掘り出すなど、そこまで大変なことではありません。もらえるものはもらっておきましょう」

「え、あ、そう?」

「それよりもセリーヌ。あなたはなんのために来たのですか」


 アリスが、笑みさえも浮かべずに淡々とセリーヌに尋ねた。


「それはもちろん、あなたを救いに」

「なんのために救いに来たのかと問うているのです」


 アリスの言葉に、セリーヌは口元の笑みを消した。

 そして、真剣なまなざしでアリスの目を見つめる。


「準備が整いました」

「準備?」

「今こそ非道な王、そして天の聖女を討ち、王国に平和をもたらしましょう。そのためにはアリス、あなたが必要なのです」


 セリーヌは、アリスに手を伸ばした。

 しかし、アリスはその手を握らなかった。


「……アリス?」

「セリーヌ。お断りいたします」


 アリスは、小さく首を横に振った。


「私は、動画配信で生きていくと決めたのです」




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