◆5分ちょっとでわかるアリス=セルティ




◆5分ちょっとでわかるアリス=セルティ


 はい!

 そういうわけで、5分ちょっとでわかるアリス=セルティ!


 出身は地球ではないどこか別の世界です。

 ここの野蛮なる原住民どもは『永劫の旅の地ヴィマ』と呼んでいます。


 そこの大陸の北寄りの場所、エヴァーン王国という国に住んでました。


 どんなところかと言いますと……そうですねぇ、一言で言えば。


 ド田舎ですね。


 いや、ド田舎なんて表現をしたら流石に地方在住の人に失礼ですね。言い直します。


 クソ田舎です。


 バカと酔っ払いとゾンビと厚顔無恥で無責任な卑怯者を100年ほど丁寧に熟成させた連中がゴキブリみたいに湧いて出てくる、悪い意味での『田舎』を凝縮した国ですね。素敵な自然の風景とか、心温まるふれあいとか、田舎の善良な側面を削ぎ落とした田舎オルタです。地球の皆さんはくれぐれも観光しようなんて思わないでください。


 おっと、話が逸れましたね。

 胸クソの悪くなるクソ田舎の話なんてやめましょう。


 ともかく私は、ファッキン・エヴァーン・クソ王国から出て、この幽神霊廟というクソみたいに何にもない僻地に住んでます。


 見てください、この石畳の寒々しい部屋。


 クッションや布団などを頂いたのでなんとか暮らせる状態にはなっていますが……。

 こんな場所で生きていけるのはちょっと奇跡だと思うんですよね。


 で、紆余曲折ありまして私は『トルミル』の配信者、トルチューバーとなったわけです。


 ……紆余曲折の一言ではしょりすぎという気もしますが、そこは気にしない方向で。


 まずこうして地球に映像を送れるってあたりが非常に謎なんですが、

 霊廟を潜ってたらなんだか地球と繋がっちゃいました。

 いやービックリですね。


 私自身とか生身の人間はこちらとそちらの世界を行き来できないのですが、物品はやり取りできるんです。協力者にお願いしてこうしてカメラ機材を持ち込むこともできます。


 ですので、次の動画では皆様にこちらの世界をもっと詳しくご案内したいと思いまーす!


 もしよろしければ、チャンネルフォローといいね評価ボタンを押してくださいね。


 まったねー!







 かち、かちと、マウスのクリック音が響く。

『鏡』の前で誠がパソコン作業する音だ。

 アリスはなんとも微妙な顔をしてそれを見守っていた。


「あのう……マコト」

「何か聞きたいことある?」

「何から聞けば良いのか……その『ぱそこん』と『かめら』は一体どうしたんですか……?」


 今、鏡のある部屋には幾つかの機材があった。


 まずはテーブルだ。これは『鏡』を貫通し、半分は誠のいる世界に、もう半分はアリスのいる世界に置かれている。アリスは椅子にかけて誠の対面に座っている。


 そしてテーブルの上にパソコンのディスプレイがあった。


 ディスプレイは大小一つずつ存在し、大きい方は誠の側にある。そしてもう一つの小さい方のディスプレイは、アリスが手にとって眺めている。


 メインディスプレイとまったく同じ画面をサブディスプレイにも表示させている、という状態だった。


「パソコンは元々あるやつだよ。サブディスプレイとウェアラブルカメラは持続化給付金で買っちゃった」

「ジゾクカキュウフキン?」

「コロナのせいで店の売上が下がってるんだよね。で、売上が下がってますよって証明する書類を付けて国に申告するとお金がもらえる」

「はぁ……」

「で、良い感じに動画がまとまったと思うんだけど、アリスはどう?」


 アリスは感想を求められて、言葉に詰まった。


 カメラを向けられた瞬間、アリスは自分でも理由がわからないほどにテンションが上がっていた。何を話したのか今ひとつ覚えてないくらいだ。改めて動画として自分の有様を見ると、アリスは恥ずかしさを改めて感じていた。わけもなく手をわなわなと震わせている。


「ど、どうと言われましてもぉ……」

「やっぱり慣れない? こういうの嫌かな?」

「い、嫌というわけではないです。ただ、実感がわかないと言うか……カメラで撮った自分が画面にいるということに現実味がないというか……」

「なるほど、それは確かにね。じゃあ、ああしたいとか、こうしたいとか、そういう要望もまだ思いつかない感じか?」

「要望と言われても……。あ、そうだ、質問があります」

「なんでもどうぞ」

「動画、短くないですか? もうちょっと長々と喋ったような気がしたのですが」


 撮影中、アリスは熱に浮かされたようにとりとめもなく喋っていた。

 だが動画の中のアリスは非常にテンポよく話を進めている。


「あ、編集した。間や沈黙が入ったところとか説明わかりにくいところはバッサリ切ってる」

「そういうこともできるんですね……」

「熟練の動画配信者は数分でまとめた短い動画を出してて、不慣れな人は長い動画作るの不思議だったんだよな。でも自分でやってみてわかった。短くまとめるのって長く作るよりもすごい難しいって」

「そ、そうですか……」

「あ、カットしちゃうのいやだったか?」

「そういうわけではないんですが……ええと……」

「不満があれば遠慮なく言ってくれ。これから一緒に動画を配信するビジネスパートナーなんだから」

「そ、そこです」

「そこ?」

「ほ、本当にこれを、全世界に発信するつもりなのですか?」


 アリスは苦み走った顔で問いかけるが、誠はにこやかに頷く。


「まだやらない。チャンネルそのものはすでに開設してあるけど、動画のストックが増えてきたタイミングで本格的に投稿しよう」

「そ、そうですか……」

「でも撮影中めちゃくちゃ楽しそうだったよ? 口調も、敬語を使いつつもちょっと砕けてて手慣れた動画配信者っぽさが出てたし。ファッキン・エヴァーン・クソ王国なんて言葉もアドリブだし」

「しっ、仕方ないじゃないですか! 軍にいたときのノリを思い出しちゃって!」

「こんなノリだったんだ」

「どうも男社会だったので、全体的に口汚かったですね……。このくらいの罵声言えないと舐められちゃいますし」

「苦労したんだなぁ……」

「ともかく! 冷静に見返すと恥ずかしいんです!」


 アリスは、真っ赤になった顔を手で覆う。


「大丈夫、綺麗だしキャラも濃いし、人気出るよ」

「濃いとはどういう意味ですかマコト!」

「異世界の迷宮を冒険する女の子って時点で属性盛りすぎだから、大丈夫」

「事実だから仕方ないじゃないですか!」

「そう、そこがいい」


 と言って、誠はアリスを指さした。


「最初にこれを見た地球人は、絶対にアリスのことを痛いロールプレイだと思う。でもアリスはその思い込みを覆すポテンシャルがある」

「そ、そういうものですか……?」

「最初は苦労するかもしれないが、動画が増えていけば絶対に広告収入を得られるくらい視聴者が集まる」

「その、こうこくしゅうにゅう……という仕組みがよくわからないのですが」


 アリスは眉をしかめながら首をひねる。


「ああ、そっか。確かにわかりにくいか。アリスはタブレットで動画サイトの見方はなんとなくわかったよな?」

「はい。あれから何度か借りて見てるので」

「アリスがよく見てる動画サイトは、『トルミル』というウェブサイトなんだ。基本的には誰でも動画を投稿することができる。会社や団体が公式動画を出してることも多いけど、チャンネル数で言えば個人で投稿してる方が圧倒的に多い」


 誠がそう言いながら、タブレットを操作した。

 そして『トルミル』というウェブサイトを表示してアリスに見せる。


「個人で動画を配信している人を、通称『トルチューバー』と呼ぶ」

「そこまでは私にもわかります」

「ところでアリスは、見たい動画を見ようとしたら全然関係ない動画が流れるのを見たことはないか?」


 言われてみて、アリスは思い当たる記憶があった。

 動画を再生すると、本編とは無関係の動画が流れることがあった。


「そういえばありましたね……。健康食品とか脱毛クリーム、あとはゲームの広告が流れたりしていました」

「それが動画の広告だ。そっちの世界にも看板とかビラとかはないか? 何か宣伝する人なんかは?」

「確かにいましたね。吟遊詩人に頼んで褒め称える詞を作ってもらう貴族もいました」

「その吟遊詩人ってのが一番近いかもな。有名な吟遊詩人に頼めば多分高く付くだろう? 俺たち……トルチューバーも同じだ」

「同じ?」

「アクセスしてくれる視聴者が増えて、一定以上の合計の再生時間を稼げば、運営サイトから『ユーザーに影響力がある人』と認めてもらえる。そして広告が見られたり、広告リンクを押して商品が買われたら『トルミル』が広告収入の分け前をくれるんだよ」

「直接その商品を宣伝しなくても?」

「そうだ。あ、でも有名になれば「直接この商品を宣伝してくれ」って案件を頼まれることもありえる」

「なんとなくわかってきました……たとえば『トルミル』の動画を見ていて、途中で十秒か二十秒くらい挿入されるウザい広告を見たり商品を買ったり、気風の良さと厚かましさを少々勘違いしているふくよかな女性の漫画を読んだりすれば、動画投稿した人にお金が入るというわけですか」

「みんながみんな収益化してるわけじゃないが、大体そんな理解で合ってる」

「そういうことですか……」


 アリスは、顎に手を当てて考えた。


 アリスは、学校に通ってはいない。だが軍の中で読み書きや簡単な計算を覚える必要もあった。そこでアリスと同じ聖女のセリーヌが、書の読み方や魔法の使い方のついでに様々な基礎教養を教えてくれていた。


 だからアリスは決して戦うことしかできない人間ではない。むしろ飲み込みの早い方だ。タブレットの使い方もすぐに覚えて、配信されている動画をたくさん見た。


 そのため動画から収益を得られる理屈については納得しつつも、「そんなことができるのはアクセス数をどんどん稼げる上澄みだけじゃないのか?」という当然の疑いを抱いた。


「……マコト」

「なんだ?」

「目標を決めましょう」

「目標か」

「これは、私に与えられた仕事です。半端はしたくありません。どうせなら本気で収益を狙えるように頑張りたいと思います。恥ずかしいのも克服します」

「無理はしなくて良いけど……」

「いや、やらせてください。どうすれば収益化できるのですか?」

「そうだな……とりあえずチャンネルフォロー1000件くらい集めたら何とかなったかな。あとは合計の再生時間だね」

「ひとまずは視聴者を1000人集めるのが第一段階ということですね」

「あくまで収益をもらえる最低限のラインで、発生するお金も小遣い未満だけどな。だからもっともっと上を目指す必要はあるけど、まずはスタートラインに立たなきゃ」

「そのためにブックマーク登録やいいね評価は大事というわけですね」

「うん。大事だ。とても大事だ……まあブックマークや評価を増やすテクニックばかり上手くなって肝心の動画の出来が悪いみたいな悲しい逆転現象を起こしちゃう人もいるけど……やっぱり仕事として成り立たせるにはすごく数字は大事なんだ……」


 誠が頭を抱えるように呻く。

 初めて見る誠の苦悩の表情に、アリスが恐る恐る声を掛けた。


「ま、マコト、大丈夫ですか……?」

「い、いや、悪い。なんでもない。ただ……頑張って素晴らしい動画を作っても数字が上がらなかったり、逆になんとなく作った動画が何故かバズったりしたときのことを思い出して……」

「まあ、うん、予想外のことは常に起こるものです」

「でも、頑張って作ったけど数字の出ない動画って、熱烈に応援してくれるファンは喜んでくれるんだよ……! 数字を目指すべきか自分のやりたいものをやるべきか凄く悩んで……!」

「と……ともかくマコト! 動画を作るにあたって私に考えがあります!」


 アリスが自信ありげに言い切ると、謎の苦悩をしていた誠が顔を上げた。


「考え?」

「マコトの世界にはダンジョンはありません。そういう理解で合っていますね?」

「ない。ダンジョンもないし、幽霊とかドラゴンとかもいない。あと人間より大きい蜘蛛もいない。アニメや映画で出てくるばかりで、実在はしない」

「であれば、私がダンジョンを探索したり、魔物を倒す動画を出せばきっと見る人は驚くはずです。私の世界で、聖人や聖女が魔物と戦う話は吟遊詩人も詩にして語り継ぐほどの人気がありました」

「確かにそういう派手な絵は欲しいけど、無理はしなくていいよ。異世界の風景を紹介するだけでも十分アクセス数は稼げると思うし」

「心配ご無用です。ドラゴンはともかく、この霊廟の浅い層の幽鬼や、周辺に現れる蜘蛛くらいならば魔法で倒せます」

「本当に大丈夫?」

「もちろん! ……と言いたいところですが、ちょっと不安はあります」


 アリスが苦笑いをして誤魔化そうとする。

 だが、誠の方は真面目に考え込み始めた。


「じゃあ別の方法で、ゲーム実況とか歌ってみた動画あたりをメインにしつつ、今いる霊廟の紹介とか風景を撮るとか……あと飲食する動画なんかもいいと思う」

「もちろんそうした動画もやりますが、それだけでは足りません! ダンジョン探索や魔物退治はきっと売りになると思います!」


 アリスが叫ぶように誠に食って掛かった。

 そして、誠に見せつけるようにあるものを差し出した。


「これは……剣?」


 誠は質問しつつも、紛れもなく剣であるとわかっていた。

 ただし、無残にも真っ二つに割れてしまっている。


「その通りです」

「……そういえば、ドラゴンを切ろうとしたら壊れたって言ってたっけ」

「マコト、恥を忍んで頼みがあります。これを直すことはできませんか?」


 そしてアリスは、うやうやしい手付きで剣の柄の方を誠に差し出した。

 誠は柄を握り、誠の世界の方に引っ張り込む。


「……これが本物の剣か」


 誠の言葉に、アリスは嫌な予感がした。

 少なくとも簡単に話が進む気配ではないと感じた。


「む、難しいですか?」

「……難しい以前に、さっぱりわからない。金属を扱う工場とか金物店はあるけど、武器店なんてないんだよな」

「ええっ!? 武器店がない……!?」


 その言葉は、アリスにとってショックだった。


「まあ鍛冶職人なら探せばいるけど、大多数の職人が作ってるのは包丁とかハサミとか日用品だし……刀鍛冶なんてそんなにいない。あと法律にも引っかかったような」

「そ、そんな……」


 アリスはがっくりと肩を落とした。

 誠は今まで現代技術を代表するような物品を見せていた。

 スマートフォンやタブレット、印刷物やテレビなどなど。

 知らず知らずの内にアリスは、「これなら武器も簡単に手に入るだろう」と錯覚していた。


「あんまり武器自体持っちゃいけないんだよな、こっちの世界では」

「……平和な世界が羨ましいですね」

「そんな重い羨望を持たれたのは初めてだな……いや、本当にすまん」

「き、気にしないでください。私のワガママですから……」

「だから、とりあえず間に合わせの品を用意しよう」

「間に合わせの品?」


 アリスは誠の言う意味がよくわからず、きょとんとした顔をしていた。




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