【KAC20231】わたしの女神様
かなめ
参考書を買うだけの話
「そんなに棚を睨みつけてもどうにもならないって。さっさと選びなよ」
「うっさい。ちゃんと選んでるし!」
「はぁ。せめて手にとって中身を確認してから選んでるって言いなさいな」
あんたのは睨んでるだけでしょうがと、同じ制服を身にまとった高い位置で結んでなお背中の真ん中まである艶やかな長い黒髪の少女が呆れた声で呟いた。
黙って立っているだけなら近寄りがたく華やかな印象が先立つけれど、頼りになる姉御肌で非常に面倒見が良いと知ったのは高校二年で隣の席になってからだった。成績があまりよろしくない私にも根気よく付き合ってくれて、解らないところを噛み砕いて教えてくれる女神様のようなひとだ。
「なんで勉強なんかしなきゃいけないのぉ」
「生きて行くのに必要だからでしょうね」
「ねぇ、絢ちゃん。今欲しいのは正論じゃないんだよ?」
「千紗さんや。可愛く言っても無駄なのは分かっているよね?」
残念だけれど、私には効かないのよ。とダメ押しもしてくる。
世間一般的に可愛いの部類に入るらしい私は、肩まで伸ばしている茶色に限りなく近い黒茶色のふわふわした猫毛を華美にならないリボンやバレッタで飾るだけでちやほや甘やかされることに慣れきっていた。真顔というのが上手く出来なくて、対外的には笑っているように見えたことも後押しされて可愛いからいいじゃないかと許されていたのだ。
けれど、彼女だけは、それでは駄目なのだと私を叱ってくれた。
潤んだ瞳でこてんと首を傾げただけで誰かが言うことを聞いてくれていた世界では駄目だと、彼女は私が正しく理解するまで根気強く説明をしてくれた。考えることを諦めるなと、疲れてしまうけれどそれでも諦めては駄目だと誰も教えてくれなかったことを教えてくれた私の大事で大好きな女神様。
みんな彼女をとても冷たいとか、私のことを可哀想とか色々言ってくるけれど、彼女はちっとも冷たくなんてないし、私は彼女が彼女でいてくれるならそれで良かった。
「ねぇ、これはどう?」
「あ! これいい! これにする! ありがとう絢ちゃん!」
「はいはい。私はあっちの文庫コーナーで適当に待っているから千紗はさっさと会計してきなさいね」
「はーい!」
「お願いだから店内は走らないで」
「えへへ。はーい」
棚の隙間を早足に店内を急いだ。
終わり
【KAC20231】わたしの女神様 かなめ @eleanor
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