魔女のいる本屋

山本アヒコ

魔女のいる本屋

 みんなから魔女と呼ばれているお婆ちゃんがいる本屋へ行くようになったのは、私が高校生になってからだった。

「いらっしゃいー」

 私がドアを押して店内に入ると、語尾をのばした独特な声が聞こえた。これはいつものこと。この本屋の出入り口はひとつしかなく、そのすぐ横にレジがあるため、入ってくる客の姿を【魔女】が見逃すことはない。

「あった!」

 私が手に取ったのは少女小説の新刊だった。自分が好きなシリーズの続きだ。とてつもなく気になる終わりかただったので、続きを読むのが本当に待ち遠しかったので嬉しい。

 私は早足でレジへ向かい、文庫本を置く。それをシワだらけのまるで骨のような細い指がつかむと、流れるようにバーコードを読み取る。

「八百八十五円だよ」

 私が千円札をだすころには、文庫本は袋に入れられている。今では何も言わなくても、勝手に袋に入れてくれるし言われる料金も袋の代金が入っている。


「アンタがそんな小説読んでるの違和感あるよねー」

 教室で少女小説を読んでいると、友達から言われた。

 私は女子バレー部に入っていて、ショートカットで背も高く「男だったらイケメンなのにね」と言われるような外見をしている。だからなのか、少女小説や少女漫画を読んでいるとイメージに合わないらしい。だからといって読むのをやめるわけはないけど。

「いらっしゃいー」

 いつもの声とともに、いつもと同じように棚を見てまわる。この本屋は高校から駅へ向かう途中にあるので、つい寄ってしまうのだ。

 高校に入学してここが地元のクラスメイトから「あそこの本屋に魔女がいるんだよ」と言われて気になり、私はこの本屋に行ってみた。もともとよく行く本屋があって、それに比べるとかなり狭い。チェーン店ではなく個人でやっている本屋だ。平屋で横に長く、出入り口のすぐ横にレジがあった。そこに魔女がいた。

 シワだらけで高い鼻でメガネをかけ、真っ白な神を後ろでお団子にしている。クラスメイトによると小学生のときから姿が変わらない。だから【魔女】らしい。


 私は高校三年間この本屋にお世話になり、卒業して進学すると大学が遠いので、魔女のいる本屋へ行くことはできなくなった。

 夏休みとなり久しぶりに実家へ戻ってくると、何となく魔女のいる本屋へ行ってみた。懐かしいなーと、たかだか半年ぐらいなのに思いながらドアを押そうとしたとき、何か貼ってあるのを見つけた。

『閉店のお知らせ 

 長らくのご愛顧ありがとうございました』


「いらっしゃいー」

 聞きなれた語尾をのばした声は変わっていない。左右に細長い店内も、左側には漫画と文庫の棚。右側には雑誌と児童書と参考書。これも何も変わっていない。

 漫画の棚と文庫の棚をしばらく見たけど欲しいものは無かった。

「……あの」

「ん? なんだい?」

 魔女に話しかけたのはこれが初めてだった。

「お店、やめちゃうんですね」

「まあね。さすがにやっていけないから」

 私は何も言えずレジのカウンターへ目を落とす。何度、何冊ここに本を置いたのだろう。魔女は何冊、その細いシワの浮いた指でさわったのだろう。

「そういえば、アンタが買ってた小説のシリーズ、先々月に完結しただろ。もう買ったのかい?」

「……もう、買っちゃいました」

 魔女のいない本屋で。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女のいる本屋 山本アヒコ @lostoman916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ