副業で本屋を開店する話

新座遊

開店するけど本を売るよ

なにやら物々しい眼鏡を装着して、メタバースを訪問する。

没入型のサービスなので、布団の上に寝っ転がり、ペットボトルのお茶と尿瓶代わりの空きペットボトルを脇に置いて準備は万端。


最近は本業というか主たる収入源である会社の様子も変わってきていて、サラリーマン稼業も会社依存型ではやってられない状況になりつつある。

つまるところ、副業を解禁したから残業代の代わりに自分で自分の生活費を稼げ、というお達し。いや、もうそうなるとそもそも会社に所属する必要なくない?という気もするが、まあ最低限の賃金は貰えるし、納税や社会保障費のあれこれの手続きもやってくれるから、退職することもないかな。


テレワークで必要最低限の仕事をこなし、余った時間で副業の検討を行う。何が儲かるのかな。そもそも、儲かるってなんなんだろうか。

価値の交換がビジネスだとすると、等価交換が原則であり、そこに儲かるという文字が介在する余地など本来ありえない。あるとしたら、それは収奪であり強奪だ。そんなものが資本主義であるならば、マルクスじゃなくても大英図書館で革命的な論文を書くってもんだ。


ということで、共産主義的な妄想が沸き起こる前にとにかく動いてみる。走りながら検討するのが一番である。静摩擦係数より動摩擦係数のほうが小さい。人間、動いてなんぼですよ。


メタバースのサービスがいくつも開始されている。その中で、素人でも使いやすいと評判の一つに加入してみる。ここで何らかのビジネスを展開すれば、暗号通貨が貯金できるかも知れないのである。なんで暗号なのかわからんが。


思ったよりもこの世界は精密に表現されているようである。安いヘッドセットのくせに生意気だ。とはいえ、意識を向けない部分は精度を落としてぼやけた雰囲気になっている点が安物たる所以かな。まあこういうパフォーマンス処理しないと、通信回線もひっ迫するだけなのだろうな、と思ったりする。

で、この世界で、土地を買う。買うというより借りるというべきかな。そもそも所有権ってなんなんだろうね。所有というのは自分の永続性をもとにしないと単なる自己満足にしかならないんじゃないかと思う。いやそんなことはどうでもよろしい。


土地を買ったら上物として、建物もついてきた。何かの店舗だったようだ。居ぬきで使えば安くつくな。居ぬきが嫌ならデリートして新規構築するのもたやすいんだが、まあちょっとデザイン料を取られることを考えると、まずはこのまま店舗を使うか。


手軽に本屋を始めようと思う。

電子ブックを出版元から卸してもらい、店舗売りするのだ。

と思ったが、なかなか卸してくれないことに気付いた。

そりゃそうか。リアル世界の本屋と違って、出版元は苦労せずに自前で店舗(ユーザー接点)を作れるのだから、誰だかわからん奴に任せるわけもない。

こうなると自分で電子ブックを作るか、別のことを考えるか。自分で購入した本を並べて、図書館のようにするか。

と思ったが、それをやると電子ブックの規約に反するな。他人に読ませるとアカウントをバンされる。ではどうするか。


閃いた。リアル世界の本を売ればよいのだ。まずは古本からだな。俺は蔵書1万冊はあるので、当面はそれで足りるだろう。古物商許可が要る?そのくらいは取ってやるさ。即座に事務手続きを行う。すぐに許可が下りた。

さて、蔵書のリストをまず作らないとね。


1万冊、、、

いやこれをリスト化してメタバース内の店舗に掲げるのって、もしかしてえらく大変な手間なんじゃないかな。

とりあえず、身近にある100冊だけリスト化して売ってみよう。


誰も来ない。そりゃそうだよな。メタバースだって人流の激しい場所は値段が高いので、さびれた土地を買ったんだから、誰もこの店の存在に気付かない。

リアルの商品をバーチャルで売る。デジタルツイン的発想だったが、そもそも資本投下が少ないと子供の遊びにしかならんわけだ。切ない。


どうしたもんかな、と悩んでいると、見知らぬ少女が店にやってきた。

「ここって古本屋さんですか」

「はい、そのつもりです」

「古本買ってもらえますか」

「売りたいんだけど、まあ確かに買うのもありだな。どんな本を売ってくれるの」

「電子ブックの絵本なんですけど、大丈夫ですか」

「ああ、電子ブックは又売り禁止なんですよねえ。というか、ここはリアルの本を売る本屋なんでね」

「リアルの本なんて、かさばるだけでいいことないですよね」

「確かにいいことないね。捨てるのも金がかかる時代だし」

よく考えると、リアルの古本を売るということ自体が間違っているのかも知れない。少女の顔を眺めながら、方向転換することにした。

「ではリアルの本ではなく、電子ブックも扱うことにします。ただし、NFTで電子ブックの胴元から権利が切り離されたやつだけですが」

少女は姿を変えて、正体を現した。「著作権保護警察のものです。合格です」

 メタバース界の治安維持活動も、手が込んできたなあ、と思いつつお茶を飲む。

 しまった、リアル世界で手探りに取ったペットボトルのお茶をのんだら、尿瓶だった。

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