本屋のない世界

くらんく

運命の1冊

 はじめて見た。

 本当にあったんだ。

 おじいちゃんが昔言ってた、『本屋』ってやつだ。

 てっきり冗談だと思ってた。

 お店の中に信じられないくらい本がたくさん置いてある。

 図書館とは違う、新品の本の匂いがそこかしこからしてくる。

 誰のでもない本の匂い。

 心地いい。

 おっといけない。

 店の入口で突っ立ってたんじゃもったいない。

 いっぱい歩いて見て回ろう。


 見渡す限りの棚の群れを端から順に眺めていく。

 ジャンルや出版社、著者別に分けられた本、本、本。

 そのどれもが手に取ることができる幸せ。

 こんなことがあっていいのだろうか。

 気になる本を比べてみたり、知らない本を手に取ってみたり。

 文字に込められた未知との遭遇が楽しめる場所だ。

 ランキングやオススメや、検索では出会えない物語に出会える。

 自分から欲しい本を探すのとはまた違う体験ができる。

 本が自ら読んで欲しいと語りかけてくるようだ。

 楽しい。

 本屋ってすごく楽しい。

 どうしてこの世界には本屋がないんだろう。

 こんな素敵な場所、もっと増えればいいのに。

 

 不意に向けた視線の先に目を奪われて足を止める。

 一冊の本が輝いて見える。

 運命の出会いというやつだろうか。

 一目惚れというものだろうか。

 その本を見た瞬間、心が大きく揺れ動いた。

 僕は今日までこの本と出合うために生きてきたんじゃないか。

 そう思うほど心惹かれる本がそこにはあった。

 

 ありがとうおじいちゃん。

 本屋の事を教えてくれて。

 ありがとう本屋さん。

 沢山の本と出合わせてくれて。

 僕はその本に手を伸ばし、背表紙に優しく触れた。


「本屋のない世界」


 僕はその小さな本を手に取って、タイトルを読み上げた。

 哀愁の漂う建物と無邪気な少年の後ろ姿が特徴的な表紙だ。

 中身を確認するまでもなく、これを読むと決めた。

 心臓が高鳴っているのを感じる。

 早く読みたいと体が叫んでいる。

 僕はその本を軽く抱きしめて、大きく息を吐いた。


「本屋のない世界」


 そしてインターネット通販で本を検索、購入した。

 僕は手に取った本を棚に戻して、ワクワクしながら帰路についた。

 

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本屋のない世界 くらんく @okclank

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