第四章 ~『見守る視線』~
仲直りしたマリアたちを見守る者たちがいた。教会の二階の窓からジッと眺めている。
「お姉様、幸せそうですね」
一人はサーシャだ。姉の仲直りを見て、微笑んでいる。
「これで、将軍との確執が収まってくれればいいのだが……」
隣に立つグランドもほっと息を吐く。彼にとって優先すべきはマリアの幸せではなく、イリアス家の安寧だ。そのためマリアとティアラの仲直りで、事態が解決に進むことを期待していた。
「それよりもケイン神父、レイン王子はまだなのか?」
「約束の時刻は過ぎているんだけどね」
二人をこの場に呼んだのはケインの仕業だった。グランドからの嫌がらせを止めるために、彼がとうとう手を打つことにしたのである。
「噂をすればだね。遅いよ、レイン」
「待たせたな。少し道に迷った」
レインが手をあげてやってくる。サーシャの顔を見た彼の口端は僅かに吊り上がっている。
「あなたがレイン王子ですか?」
「君がグランド男爵だな。噂を聞いている。マリアを冷遇していたそうだな」
「そ、それは……」
「まぁいい。過ぎたことだ。今の彼女は満たされているからな」
窓の外を一瞥したレインはすべての事情を察する。マリアとティアラが仲直りしたことだけでなく、兄の恋も前進したと知る。
「わ、私のことよりも、まさかレイン王子がこれほどの美丈夫だとは驚かされました。サーシャから見せられた姿絵と似ても似つきませんから」
「それは私の美的感覚の問題ですわ」
「サーシャ……お前……」
何かに気づいたようにグランドは目を細めるが、サーシャは気にも留めずに受け流す。
「それよりも、お姉様とレイン様の婚約について話しましょう」
「それなら答えは決まっている。私は婚約を解消するつもりだ。将軍からも要求されていると聞いたからな」
「その話をご存知でしたのね……」
グランドが将軍に脅されている話をレインは既に耳にしていた。大人げない人だと、苦笑を漏らす。
「あの人は国内でも大きな力を持つ将軍だ。要求を拒絶することは難しいだろう。それにだ、私はもうマリアと結婚するつもりもない。あの娘は私がいなくても幸せだからな」
「し、しかし、それではイリアス家が……」
「それは君の問題だ。なんとかしたまえ」
「そんなぁ~」
グランドは絶望でその場に崩れ落ちる。結納金がなくなっては借金を返せる目途もない。これから地獄が待つと知り、目尻には涙まで浮かんでいた。
そんな父親に救いの手を差し伸べたのは――サーシャだった。
「レイン様、私では如何でしょうか」
「君なら大歓迎だが、私でいいのか?」
「もちろんです。ただ、私には問題があります。それを聞いた上で回答を頂きたいのです」
サーシャはレインの耳元で抱えている問題を告白する。彼は驚きで目を見開くが、小さく息を吸って、彼女を見据える。
「君の問題を私は受け入れる。なにせ私は君を愛している。苦難も二人で乗り越えていこう」
「は、はい。よろこんで」
二人は愛を確かめるようにギュッと抱きしめあう。そんな彼らにグランドは拍手を送った。レインが容姿に優れた男だと知れれば欠点はない。結婚に反対する理由がなかったからだ。
「レインの幸せを友人として祝福するよ」
「ケイン、ありがとう」
「さて、僕は行くよ。ヒーローは遅れて登場するものだからね」
ケインはそれだけ言い残して、マリアたちの元へと向かうのだった。
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