第四章 ~『舞踏会でのケイン』~


「どうしてケイン様がここに⁉」


 教会の神父である彼が、事情もなく舞踏会に参加するはずがない。ここにいる理由があるはずだ。


「友人の――アレックスという男の付き添いで来たんだ。目立つ男だから、舞踏会で見かけているかもね」

「先ほど、お話ししましたわ。人当たりの良い方でしたわね」

「そうなんだよ! 僕の自慢の親友でね。お節介だけど優しい男なんだ」

「ふふ、ケイン様も優しさでは負けてませんわ」

「ありがとう、そういう君も友人に付き添いかな?」

「はい、ティアラに誘われましたの」

「友人はいいよ。一緒にいる時間は人生に彩りを与えてくれる……特に独り身だとね」

「ケイン様は恋人がいないのですか⁉」

「残念ながらね。君はどうだい?」

「私もいませんわ」

「やっぱり僕たちは似た者同士だね」

「ふふ、そうですわね♪」


 教会でもケインは憧れの的だ。恋人がいてもおかしくはないが、そんな気配はいっさいなかった。


 事実、彼は一人でパンケーキを食べに行っている。もしかしたら本当に独り身なのかもと疑っていたが、その疑念は確信に変わった。


(ケイン様がフリーだと知れたのは大きな収穫ですわ)


 まだ隣に立つチャンスが残されている。それだけで気分が高揚した。


「そういえばレインとは会ったかい?」

「いえ、体調不良でいらっしゃらなかったようで」

「それは残念だね。彼もまた素晴らしい男だからね」

「第一王子だけでなく、第三王子のレイン様とも仲が良いのですね……やっぱりアレックス様が仰っていた遠い親戚とは本当なのですね」

「アレックスの奴……お喋りなのは、あいつの唯一の欠点だな」

「私にも話したくないことですの?」


 アレックスとケインの関係性には秘密があり、信頼している者でなければ知ることはできない。


 言い換えれば、この秘密を共有してくれるなら、ケインの中でマリアの信頼度は親友以上となる。


 彼は迷うにように口をパクパクと動かした後、グッと息を飲んだ。


「他の人には内緒にできるかな?」

「は、はい」

「なら君には特別に教えよう。実はね、僕とアレックスは父親だけ一緒なんだ」

「つまり異母兄弟なのですか⁉」

「そして年齢は僕の方が僅かに上だ。本来の関係性では、僕が王家の長子ということになる」

「そ、それは……国家を揺るがす大スクープですわね」


 王国は長男である第一王子が次期国王となる。つまり本来ならケインが次の国王になる定めだった。


「ただ僕は妾の子だったからね。生まれてすぐに養子に出された。それから色々と経験した後、いまは教会で神父をやっているのさ」

「ケイン様も苦労されてきたのですね。でもどうして神父になろうと?」

「教会で出世すれば、王家以上の権力が手に入るからね。国王である父親を見返してやろうと、この道に進んだんだ……でもそれはキッカケで終わった。いまは純粋にこの仕事にやりがいを感じているよ」

「ケイン様は本当に私と似ていますわね……」

「マリアくんと?」

「私もお父様から逃れるため大聖女を目指しましたわ。今でもそれは変わりませんが、大聖女になって多くの人を救いたいと願う気持ちも本物ですから」

「君も立派になったね」

「ケイン様のおかげですわ」


 お世辞ではない。彼がいたからこそ苦難を乗り越え、成長できたのだ。


「ふぅ、マリアくんと話せて満足したし、そろそろ帰るとしようかな」

「舞踏会には最後までいなくてよろしいのですか?」

「アレックスからはダンスの相手を探せと叱られるだろうね。でも僕は舞踏会で恋人を探すつもりはないし、こんな仮面を被っている男を誘う女性もいないだろうからね」


(なるほど、それで仮面を被っていましたのね)


 ケインほどの美丈夫が相手なら、どんな女性も靡かずにはいられない。しかし顔が分からなければ、敢えて声をかけることもしない。女性避けのための仮面だったのだ。


「そういうマリアくんの方は素敵な相手は見つかったのかい?」

「残念ながら。私を誘う人なんていませんでしたわ」

「それは安心したよ」

「安心?」

「ほ、ほら、僕と君はパートナーだろ。変な男に騙されていないかと心配もするさ」

「な、なるほどですわ」


 大聖女を目指すマリアが男に夢中になっては駄目だと心配してくれたのだ。変な期待をしてはいけないと、彼女は自分の心に釘をさす。


「で、ではマリアくん、僕は少し用事があるから」


 ケインは誤魔化すようにその場を去っていく。仮面をつけなおした彼は、まるで感情を悟られないように表情を隠しているかのようだった。


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