第四章 ~『アレックスとの対面』~
体調の不良が治まれば、第三王子のレインが舞踏会に姿を現すかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、彼が現れるのを待つ。しかし時間だけが過ぎていくばかりだった。
「レイン様はいらっしゃりませんね」
「体調不良とのことだからな」
ティアラの声音には寂しさが滲み出ていた。
(ここは友人の出番ですわね!)
「素敵な殿方はいらっしゃらないようですし、よければ私と踊りませんか?」
「マリア……君は優しいな」
「ティアラには負けますわ」
「ふふ、なら踊ろう。リードは任せてくれ。完璧なダンスを披露してみせよう」
ティアラに手を引かれ、ゆったりとした音調に合わせて足を動かす。さすがは公爵令嬢なだけあり、その動きに淀みはない。腰に手を回す彼女の仕草は、会場にいるどんな男性よりもスマートだった。
「あの二人、どちらも素敵ね」
「片方は公爵令嬢のティアラ様だ」
「もう一人の女の子も華があるわね」
会場の至る所から称賛の声が届く。もし彼らが、マリアの使用人同然に育てられてきた人生を知ればきっと驚くだろう。それほどに彼女の立ち振る舞いには品があった。
「素晴らしいな」
そんなマリアの元に拍手を鳴らしながら、一人の男が近づいてくる。黒髪黒目の美形の男で、その容姿の美しさを除けば、レインの姿絵と面影があった。
「もしかしてレイン様ですか?」
「ははは、違う違う。俺は第一王子のアレックス。レインは俺の弟だ」
「第一王子様!」
次期国王は確実と称される大物だ。傅くべきかとも思ったが、舞踏会ではむしろ不敬になる。小さく頭を下げると、彼はニッコリと笑みを返す。
「それにしても驚いた。お前が噂のマリアか」
「私の噂ですか?」
「レインが婚約を申し込んだ相手だ。そりゃ王宮でも話題になるさ」
「――――ッ」
考えてみれば至極当然だ。王族の婚姻は貴族社会のパワーバランスを大きく変える。話題に挙がらない方が不自然というものだ。
「でも答えを保留にしているそうだな」
「そんな失礼なことは致しませんわ。私は……お会いしたばかりの人と結婚はできませんから。お断りしましたわ」
「なら答えを保留しているのは父親か。まぁ、王族との結婚は男爵家からすれば魅力的だからな……でもまぁ、一つだけ言わせてくれ。レインはいい奴だぞ。なぁ、ティアラもそう思うよな」
アレックスの問いにティアラは首を縦に振る。周囲の評判を聞く限り、人格者なのは間違いないだろう。
「アレックス様は家族を尊重されていますのね」
「おう。兄弟だからな。実はケインとも仲が良いんだぜ」
「ケイン様とも?」
「遠縁の親戚ってこともあるが、それよりも妙に馬が合ってな。あいつともパートナーなんだよな?」
「いつも助けられていますわ」
「俺もだ。世が世ならあいつが次期国王でも――おっと、これは国家機密だった。忘れてくれ」
「…………」
(き、気になりますわ)
ケインにどんな秘密があるのか知りたいが、相手は第一王子と目上の人物であるだけでなく、国家機密だと念押しされてしまっている。問いただす勇気は持てなかった。
「どうしても知りたいなら本人に聞け。ただし、あいつは教えてくれないはずだ。なにせ俺は聞き出すのに三年かけたからな」
「長い道のりでしたわね……」
強い信頼関係が結ばれたアレックスだからこそ知ることができたのだ。マリアはそれほどの関係性をケインと構築できているか確信を持てずにいたが、もしかしたらと淡い希望も抱いていた。
(ケイン様に会いたいですわ……)
心に秘めた望みが表情に現れる。それを察したのか、アレックスは苦笑を浮かべた。
「マリアとの会話は楽しいが、どうやら俺以外にお目当ての男がいるようだ」
「そ、そんなつもりでは……」
「だからティアラ、どうか俺と踊ってくれないか?」
アレックスは頬を朱に染めながら、手を差し出す。ティアラは迷うように、その手とマリアに視線を巡らせる。
「私は構いませんが……マリアを一人にするわけには……」
「私は端の方で大人しくしていますから。気にせず、ダンスを楽しんでくださいまし」
二人の友情を邪魔するつもりはない。ティアラをアレックスに譲ると、マリアは夜風に当たるために、会場の外に出る。
静かな廊下から、窓の外の美しい庭を眺める。こういう時間も悪くないと、贅沢な一時を満喫していた。
(アレックス様はティアラのことが好きなのかしら)
第三者の視点だからこそ気づくこともある。アレックスの態度には好意が見え隠れしていた。
少し話をしただけだが、アレックスは素敵な人だと感じられた。もし二人が結ばれるようなことがあれば祝福してあげようと誓う。
友人の幸せな未来に頭をいっぱいにしていると、急に肩を叩かれる。振り向くと、そこには仮面をつけた男性が立っていた。
(仮面! これがティアラの忠告していた……)
身分を隠したい既婚者が、仮面を被り、浮気相手を探していると聞かされていた。もしその忠告が真実だとすると、一刻も早く離れるべきだと心が警報を鳴らす。
「待ってくれ、マリアくん。僕だよ、僕」
「その声は――ケイン様!」
仮面を外し、彼は正体を現す。その顔は慣れ親しんだケインのものだった。
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