第三章 ~『元恋人の正体』~
ジルが帰った後、気分転換も兼ねて内庭を散歩する。日差しが差しているが不快になるほどの暑さではない。考え事をしながら歩くなら最適な気温だった。
(ジル様が本気で私を好きなら、その気持ちを無下にはしたくありませんわ)
断るにしても受け入れるにしても誠実な対応をしたい。しかしどれほど考えても納得できないのだ。
(なぜ私のことが好きなのかしら……)
煮え切らない態度しか取れずにいたのは、その疑問が解消されないからであった。
(まさかお父様の刺客なんてことは……)
都合が良すぎる父親からの婚約の提案。疑う材料としては十分だ。
だがすぐにその疑念を否定する。ジルはダンジョンで身を呈してまで庇ってくれたし、接してきて、そこまで悪い人でないと感じていたからだ。
(それにお金には困っていないはずですし、リーシェラのように、私を追放する理由がありませんわ)
グランドが刺客に提示した報酬は、王子からの結納金の半値だ。金銭的な不安を抱えているならともかく、ジルは満たされている。
(う~ん、どれだけ頭を捻っても答えが出ませんわね)
そんな彼女の元に、慣れ親しんだ声が届く。声のする方へ向かうと、ティアラとジルが深刻そうな顔で話をしていた。
二人は何度か言葉を交わした後、別々の方向に分かれていく。マリアは迷わずティアラの後を追う。
「ティアラ、待ってくださいまし」
「マリア、どうしたのだ?」
「先ほど、ジル様と何の話をしていたんですの?」
「過去を謝罪していたのだ」
ジルが昔のティアラに虐められていたと話していたことを思い出す。いまの彼女しか知らないマリアからすると、未だに信じられない過去である。
「……幼い頃の私は未熟でな。当時から人気者だったジルに恋人ができたことを嫉妬して、彼を虐めてしまったのだ」
「好きな子を虐めたくなる現象ですわね」
「だが今では反省している。だからジルに謝罪したんだ。彼も人格者だからな。私の謝罪を受け入れてくれた」
「それは良かったですわね」
友人同士がいがみ合うのは本意ではない。二人の仲が修復されたことを素直に喜ぶ。
「でもジル様の心を射止めるなんて、素敵な人でしたのね」
「二人は理想的なカップルだった。私が嫉妬するほどに……でも最終的に破局することになった」
「どうして別れたんですの?」
「分からない……ただ破局したのは最近の話だ。なにせ別れたからこそ、ジルは教会に入ってきたくらいだからな」
本当は恋人と一緒に領地で過ごすはずだったが、その人生計画が崩れたからこそ、教会で神父となったのだと続ける。
「理由を知るのはジル様のみですのね……」
「あとはもう一人知る者がいる。ジルと別れた恋人だ」
「それはそうですが……」
「その人物は君もよく知る人物――イリアス家のサーシャだ」
「――――ッ」
思わぬところから飛び出してきた妹の名前に驚く。サーシャとは不仲であったため、彼女がジルと交際していたことを知らなかったからだ。
「その反応を見る限り、マリアも知らなかったようだな」
「初耳ですわ……でもまさか、ティアラからサーシャの名前が出るなんて……」
「私も面識はないぞ。ただ社交界でもサーシャは人気者だったからな。一方的に知っていただけだ」
サーシャは蝶よ花よと育てられたおかげで、淑女としての作法を身に付けている。さらには整った容姿まで持っており、人気になるのは理解できた。
(だとすると、ジル様は……私にサーシャの面影を見ているんですの⁉)
姉であるマリアをかつての恋人の代替品とするのが目的なら、ジルが惚れた理由にも納得できた。
(ですが、それは嫌ですわね……)
恋人にはしっかりと自分を見てもらいたい。代わりでは納得できるはずがなかった。
「サーシャに聞くしかありませんわね……」
「口ぶりからすると、仲が悪いのか?」
「すっごく。でも人生が掛かっていますもの。四の五の言っていられませんわ」
覚悟を決めたマリアは動きが早い。手紙の執筆をするために、自室へと駆け戻るのだった。
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