第二章 ~『ケインの忠告』~


「でも話の前にお茶にしようか。ここのケーキは絶品なんだよ」

「私は遠慮しておきますわ。友人がサンドイッチを取ってきてくれますから」

「それは残念だ。なら僕だけ頂くよ」


 ケインはコーヒーとチョコレートケーキに舌鼓を打つ。美味しさで笑みを浮かべる彼は、まるで子供のように無邪気だった。


「僕のような大人が甘い物を好きだと変かな?」

「い、いえ、普段の印象と違いましたので、驚いただけですわ」

「プライベートはいつもこんな感じさ」

「意外ですわね」

「もちろん全員に見せるわけじゃない。君の前だから、自然体でいられるんだ」

「そ、それって……」

「君は裏表がないからね。魑魅魍魎が跋扈する教会では貴重な存在さ」


 予想とは違う答えだったが、性格がよいと褒められたのだから悪い気はしない。


「でもね、そんな君だからこそ話しておきたいことがあるんだ……実はね、グランド男爵が君を教会から追い出すために暗躍しているそうなんだ」

「お父様が⁉」


 教会に入ったのだから、マリアのことは諦めてくれるはずだと思っていたが、認識が甘かった。


 蛇のように執拗で、どこまでも追いかけてくる彼に恐怖を感じていると、ケインが優しげに微笑む。


「安心して欲しい。教会にいる限り、君の安全は僕が保証する」

「ケイン様……」

「でもね、ルールに則る形で候補生から脱落しては話が別だ。さすがに部外者を守るために、僕の権威を使うわけにもいかないからね」

「承知してますわ」


 冷たいようにも聞こえるが、ケインにも立場がある。候補生でいる間は守ってもらえるだけでも御の字だ。


「だから君が脱落しないように、助言を送るよ……パートナーを誰にするかは、安易に決めないことだ。この選択を間違えると、君はすぐにでも破滅することになるからね」

「大袈裟ではありませんの?」

「僕の経験上、将来を有望視された候補生でもパートナーとの不仲で脱落した例は多い。特に君のように若い者ほど、それは顕著になる」


 魔力や勉学は才覚に左右される。だが経験だけは時間で積み上げるしかない。パートナーさえ優秀なら二人が協力することで、経験の差を埋めることができるのだ。


(もっと真剣に考えるべきですわね)


 マリアには負けられない事情がある。もし教会を追放され、屋敷に戻ることになれば、好きでもない王子と結婚させられるからだ。自らの幸せのためにも失敗は許されない。


「勝つためにはジル様を選ぶべきかしら」

「彼か……悪くないとは思うよ。優秀だしね。でも能力や性格には相性がある。君にとっての最良を選ぶならむしろ……」

「むしろ?」

「いや、なんでもない。これ以上は越権行為が過ぎるからね」


 ケインは空になった皿とカップを手に持ちながら席を立つ。


「忠告はこれで終わりだ。君の健闘を期待しているよ」

「いつも親切にありがとうございますわ」

「君は大切な人だからね。助けになれたなら、僕も嬉しいよ」


 その言葉にドキリとさせられる。きっと主席合格だったからだと、自分を納得させるが、心臓は早鐘を打っていた。


(私、もしかしてケイン様のことが……)


 尊敬できる恩人に頭を下げる。下を向いた顔は耳まで赤く染まっているのだった。


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