陰日向、閉店

夢空

第1話

 その日は気持ちよく晴れた日だった。しかし路地裏にある光の届かない店には関係ない。


 陰日向かげひなた。合法非合法問わず異世界へと誘うロストブックを扱う本屋。その歴史が今日この日、幕を下ろそうとしていた。店主であるロイス・ボイドは、かつては商品であったロストブックを一つ一つ整理していく。まるで昔を懐かしむかのように。


「まあ、潮時ではあったかのう」


 そう独りごちてロイスはブックダイバー協会へ引き渡すロストブックの山を見た。どれ一つともそのタイトルを忘れたことはない。全て、思い出のあるものだ。それがこれから封印されてしまうのは、惜しくもあり、またどこか安堵にも似た感情が押し寄せる。ロイスはその時初めて分かった。この店を、本当に好いていたのだと。ロストブックを通じてブックダイバー達とかけがえのない思い出を作ってくれた。突然の最後ではあったが、思い残すことはない。


「ん? これは……」


 その時、ロイスは引き出しの奥に眠るロストブックを手に取った。それはチヅルとアレックスに渡したSグレードのロストブック。このロストブックをきっかけにスーヤがこの世界に生まれ、そしてあの事件が起こった。

 あの時、スーヤのことを信じて本当によかったとロイスは思った。あの少女は今やチヅルにとってなくてはならない宝となった。結果はどうであれ、あの判断はきっと間違っていなかっただろう。


 ロイスはそのロストブックを手近な皿の上に乗せると、マッチをつけて火をつけた。ロストブックは端からチラチラと燃え、その火は全体に燃え広がった。

 これでいい。この世界にはもう行ってはならない。真実を知る者は、関わった限られた人物だけで良いのだ。


 ロストブックが燃え尽きると、ロイスは店の入口に歩を進める。そして、ドアにかけてあった板をくるりと反対に向けた。


閉店中


 こうして陰日向の長い歴史は幕を閉じた。ロイスはほんの少しだけ名残惜しそうに目を細めると、ドアにかちゃりと鍵をかけ、店を後にするのだった。

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