本屋は成長の糧となる

ドラコニア

『一皮むけたね』がセクハラになる日も近い

 高見沢たかみざわ弁之助べんのすけは、ふらりと立ち寄った本屋にて激しい便意を催していた。

 これはあれじゃあないか! 本屋に行くとやたらとトイレに行きたくなるという青木まりこ現象とかいうやつじゃあないか!

 しかもその原因は紙やインクの匂いだという説や、本屋という空間が持つリラックス効果であるという説など様々らしいな! さっさと誰か原因究明をしないか! これほどまでに科学は進歩しているというのに!

 そんなもはや意味不明ともいえる八つ当たりを脳内で繰り広げながら、高見沢はこれまで感じたことがないほどの便意に身をよじらせていた。


 いかん! どうにもおさまる気配がないぞ! このままではパンツの中にぶちまける羽目になってしまうっ! とりあえずトイレを借りなければ!

 潔癖症の高見沢にとっては自宅以外のトイレで大便をするなど言語道断なのだが、今回は危機的状況であるため、便意にからだをクネクネさせながら店主がコーヒーを啜っているカウンターまで向かう。


「トイレを…お手洗いを貸してはくれないだろうか」

「あー…、ごめんなさいねぇ。うちトイレ貸してないのよ」

「緊急性を要するんだ! このままでは店の中で漏らしてしまうことになるぞ! それでも君は構わんというのかねっ!?」

「ええ、どうぞ。うちに来る皆さんは全員漏らしてお帰りになられますよ」

「なっ…! なんだとっ!」


 トイレを借りようという必死の口論虚しく、高見沢の肛門は決壊した。


 しかしこの時、ある種の異様な感覚が高見沢を襲った。

 排出される便と共に、スゥーっと意識が遠くに引っ張られる感覚があった。

 人前で漏らしてしまったという恥ずかしさのせいに違いない!

 高見沢は店主への怒りと申し訳なさの入り混じった頭でそう思ったが、やはり何者かに意識をぐいぐい引っ張られる感覚は拭えないどころか、明らかに意識が遠のいていく感覚があった。


 目を覚ました瞬間、高見沢は自分が全裸であることを悟った。

 あられもない彼の全裸姿は、なぜかヌメヌメして光沢を帯びていた。

 何っ! 身ぐるみを剥がれてしまっているっ! やはり俺は気を失っていたのだ!

 ありったけの動揺と恥ずかしさが高見沢を襲う。

 あたりを見回すと、自分が脱糞して気絶した場所と景色は変わっていないことに高見沢はまたも動揺した。

 ここで気絶した後、服だけ引っぺがされて寝かされたってことかしらん?

 あの店主、なぜそんなことを?

 高見沢があたりを見回しても店主の姿はない。


 股間を隠しながらあたりをきょろきょろしていると、店の奥にある『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉がギッと開く。

 そこには両手いっぱいに何かを抱えている店主が立っていた。


「きっ、貴様ッ! どういうつもりだ!」

 全裸であることも忘れ、怒りで顔を真っ赤にしながら詰め寄る高見沢。

「はいこれ服」

 店主の男は、怒ってる高見沢などどこ吹く風といった様子で服を手渡してくる。

「お客さんズボンもパンツも脱がずに漏らすもんだからさぁ…、ものの見事に破けてたよ。だから縫っといたげた」

 そんな店主の言葉が理解できずに、自分はそんなに勢いよく漏らしたのかと、高見沢は今度は恥ずかしさで顔を赤くする。


「それとこれ記念なんだけどいる?」

 いそいそと着替え始めようとする高見沢に向かって、店主は右手に抱えていたものをポイっと放る。


 高見沢がキャッチしたは、肌色でやたらとぶよぶよしていた。

 店主が厚意で新しいジャケットでも用意してくれたんだろうか?

 どうやら折りたたまれているらしいを広げた高見沢は、絶句した。


 そのぶよぶよの全貌は、人間だった。

 いや、人間のがわと言ったほうが正しいだろうか。

 そしてそれは、ほかならぬ高見沢自身の皮だった。

 黒子ほくろの位置から眉毛の生え方、乳首の色や位置まで何から何まで彼自身と相違なかった!


「なっ…! 一体なんなんだぁこれはぁぁぁぁっ!」

 恐怖のあまり尻もちをつきながらそう叫ぶ高見沢に、店主は笑いながらこう言った。


「なにってお客さん。お客さん脱皮したんじゃないですか」





---本屋『脱皮亭』での一幕より---

 

 

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本屋は成長の糧となる ドラコニア @tomorrow1230

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