本屋に行く奥さんにキュンキュンする話

脇役C

本屋に行く奥さんにときめいた話


「ああ、指先がジンジンするぅ……」


俺の奥さんがリビングでうつぶせに寝ころびながら、読了したと思われる本を握りしめてそう言った。


このセリフを日本語に翻訳するなら、以下の通りになる。


極上の恋愛小説に出会えて

ピークに達したトキメキが血流を促進し

末端冷え性である私の指先に血液が届いて

指先があったまってきたよぉ



「よかったねぇ」


同じく隣で寝そべってマンガを読んでいた俺は、そんな感受性ゆたかな奥さんに、ちょっとだけうらやましさを感じながら、そう相槌あいづちを打った。


奥さんは25歳になったばかり。

自分が25歳だったときはどうだったろうかと思いをはせた。


「うん」


余韻よいんにひたっているのだろう。

顔をソファにうずめながら、ゆっくりと足をバタバタさせた。


かわいいなぁ。




「ひっちゃん!」


奥さんがガバッと顔を上げ、俺の名を呼ぶ。


「わたし、本屋に行く!」


余韻が終わったらしい。

この切り替えの早さは若さだなあと思う。


「うん、気をつけてな」


そう答えると、


「ひっちゃん、行かんの?」


悲しそうな顔で俺を見る。

奥さんはさびしがり屋なので、なんでも一緒に行きたがる。

寂しさがきわまると、トイレにまでついてこようとする。


一瞬、今読み進めているマンガが頭によぎった。

主人公が告白してヒロインの返事を待っている。

ここに至るまでの5年という年月(マンガ時間)を、キュンキュンしながら主人公と共有してきたのだ。

続きが気になる……!


その一瞬の間を感じ取ったのか、奥さんは俺の背中に乗り、耳元でささやいた。


「行かんの?」

「行く」


リアルキュンキュンはマンガに勝つ。





アパートの扉を開けると、まだまだ冷たい空気がほほをなでる。


「寒いねえ」


奥さんの手が俺の手にからみ、そのまま俺のダウンのポケットに入った。


平日のため、奥さんはニットにジーパン、仕事用の薄めの化粧。

俺には残念ながら薄めも本気化粧も分からないが、奥さんはとびきり美人だと思う。

なんで、こんな見た目も性格も仕草もかわいい子が俺の奥さんなんだろうと切に思う。


俺の現実は小説よりもラブコメなり




車を走らせ、本屋に向かう。

奥さんは上機嫌で、さっきまで読んでいた本のキュンキュンポイントを伝えてくれた。

男の嫉妬は最高らしい。

もうなるべく無縁でいたい感情だな。



本屋に到着するなり、奥さんは俺の手を引いて走り出そうとする。

本屋に対して、あんなにワクワクできる人を奥さん以外に知らない。

こんなに「待ち遠しい」という気持ちを持っていることに、憧れすら感じる。

奥さんはキラキラしてる。




奥さんは小説棚の前で、スマホをいじり始める。

最近では、インスタで本を探すのが流行っているらしい。

ネタバレせずに本を勧め、しかも興味を持たせるのって、かなり高度な技術だと思うが、インスタの世界にはそんな技術をもった猛者たちがうじゃうじゃいるらしい。

世の中便利になったもんだ。


「一番読みたかった本がない……」


まあ、古本屋だしなぁ。

奥さんは、口も眉毛も「へ」の字に曲げて悲しんでいる。

表情豊かだ。かわいい。


「アマゾンで注文しようか?」


そう提案すると、首をふる。


「どうしても欲しくなったら注文する」


奥さんのこういうところ、尊敬する。

これだけ「欲しい!」という気持ちにあふれてるのに、衝動買しょうどうがいしない。

俺なら買ってる。

そもそも俺なら本屋に来ないで、「欲しい!」と思った瞬間、すでに「アマゾンでポチっている!」


そう伝えると奥さんは、


「本屋さん好きなんだよねえ。一回手に取ってから決めたい」


ええ。

うちの奥さんはかわいいし、かっこいい。




結局、奥さんは3冊ほど購入した。


「あー、楽しみ!」


本を抱えながら、本屋をあとにする。


あまりにも楽しそうな奥さんの顔を見て、不安になる。


結婚して1年、同棲して2年が経つ。

新婚生活というには、あまりにお互いに油断しまくっている。


仮に俺の鼻毛が「こんにちは!」していたとして、奥さんは何も思わず俺の鼻の穴に手をつっこんで鼻毛を引き抜くだろう。

逆もまたしかり。奥さんの鼻毛見たことないけど。


俺に対してキュンキュンしなくなったから、それを本で解消しようとしているのではないか?

そんな不安がふつふつとわいてきている。


本で解消しているならまだいい。

リアルな恋愛に走ったらどうしよう。


俺たちが付き合ったときなんて、奥さん当時23歳だよ。

俺なんか選んじゃったけど、まだまだ恋愛盛りじゃん。

やっぱりまだまだ恋愛したいって言われても、なんの文句も言えない。

しかも見た目も性格も仕草もめちゃんこかわいいし。

対して俺はというと、バツイチ非モテおっさんだお。

あばばばばば。


「どうしたの?」


奥さんが不安そうに聞いてくる。

何かいつもと違う俺の雰囲気を感じたらしい。

運転中だから分からないが、いつものように不安そうな顔で俺を見ているのだろう。


「うーん」


説明に困る。

これを正直に言ったら情けなさすぎる。

これを口にして、言霊よろしく言葉が現実になったら大いに困る。最悪死ぬ。


「来るの、嫌だった?」


無理にブックオフに連れてきたことで、俺が不機嫌になったと思ったらしい。


「いや、ぜんぜん、まったく。むしろゆっちゃんと出かけるのめっちゃ楽しいと思っている」


「ええ~、本当にぃ?」


声が嬉しそう。

ああ、かわいいな本当に。

大好きなんだよ本当に。


「じゃあ、なんで?」

すぐに話を戻された。


変にごまかしてもばれる。

なんでもないと言っても追究される。

黙っていたら誤解が生まれる。


結局正直に話したほうがいいと学んだこの2年間。


「俺が、ゆっちゃんを恋愛小説なみにキュンキュンさせてあげられてないんでは、と不安になってました……、むしろ俺と出会ってこのかた一度もキュンキュンしてなかったかもだけど……」


めちゃオブラートに包んで言ったつもりだが、それでもなおあふれ出る情けなさ。

恥ずかしすぎて死にたい。

おっさんが感じていい感情じゃないよ。


「ひっちゃんはかわいいねぇ」

頭をなでられた。


つきあった当時から、よくかわいいと言われる。

俺は奥さんに対して、「かわいい」よりも「かっこよく」「ダンディ」で「紳士」な男でありたかった。


でも奥さんが「かわいい」と言うなら、「かわいい」がいい。


奥さんが俺の手を添えるように握りしめる。


「ねえ分かる?」

近いからといって暖房もつけない車中の寒さに、奥さんの温かさがきわ立つ。


「わたしの指、ジンジンしてる」








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本屋に行く奥さんにキュンキュンする話 脇役C @wakic

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