チョコレート・オブ・ウィッチ

ジョセフ武園

第1話 ショコラトリ・真木

Chocolateチョコレート、それはある時は小さな子どもの満足を満たすお菓子であり。

またある時は大人達の夜を彩る艶やかな装飾を見せ。

またある時は、雪よりも純白な男女の恋心の架け橋となる。


私が、チョコレートに夢中になったのは

そんなチョコレートが持つ魔性。その共有感。かもしれない。



今日は日曜日。私は店先で大きく伸びをすると、その朝陽を全身に受ける。春の朝陽に未だ暖められてない空気の冷たさが首筋に心地良く流れ、深緑の匂いを遠くに混じらせるその香が心を躍らせる。これがあるから、日本は離れられない。


「あら、真白ましろちゃん。おはよう」

店先を箒で掃いていると、向かいのお家の高橋たかはしさんちのおばさんが人懐こい笑顔を向ける。

「おはようございます。おばさん」こういう時は、控えめな声で控えめに飾った控えめの笑顔が一番好まれる。人付き合い、という。私の人生300年で得た最も役に立つ知恵だ。


「えらいわねぇ。日曜だから朝からお店のお手伝い? うちの娘なんか、大学生なのに日曜は大体朝帰りでおうちの掃除すら手伝やしないわよー。この間だって」

 こうやって、おばさんのお話が始まるのも織り込み済み。これの対策は、掃除をする手を止めて、相手の眼を先の控えめな笑顔で見つめ、時折話の腰を折らない程度の相槌を打つ。これこそが最もこの長い話を乗り切るコツだ。


 ――だが、どうやら今朝は運が悪いらしい。一向におばさんの口は止まらない。そろそろ、仕込みに入らなければ開店時間に間に合わないだろう。

 そう思った時、店の来店ベルが響いて同時に耳を裂きそうな甲高い声が続く。

「あら~~~~、高橋さんじゃないですか~~~~」

「あら、加藤かとうさんの奥さん~~~~」すれば、おばさんの興味はもう私には無い。入り口から出てきたわざとらしく化粧を濃くしたやせ型の中年女性に釘付けだ。

「ありがと、クロ」そして、私はその女性にだけ聴こえる様に呟くと来店ベルを再度響かせて店内に入る。


「ふー」と大きく息を吐くと、キラキラと光る蜜色の髪を後ろで素早く括ると、頭頂部でくるくると丸めて織部色の三角帽子を被る。

店の中では溺れそうな程のカカオの濃厚で甘い香気がまるで、目に映る様に漂っている。


私は、チョコレート台に移ると商品のテンパリングを開始した。

ここ『ショコラトリ・真木マギ』ではBeantoBar豆から板にをモットーにピュアチョコレートを提供している。

ショコラでは基本的なテンパリングも気を抜けない作業で、非常に肩がこる。

だが商品として出す限り、完璧な5型で固めなければそれは店に並べる資格がない。それが魔女である私にとってのショコラティエとしての意地だ。


モールドにチョコを流し込んでいる時に、入り口のベルが鳴って同時に

「あーーー、疲れたよーーおばさん、マジおんなじ話ばっかーーー」と大袈裟に騒ぎながら先の中年女性が店内に戻ってきた。

「うん。でも、最近のクロすっごく聞き上手になってるね。初めの頃に比べるとすっごく良くなってるよ」私の言葉を聞くと、中年女性はシュルシュルと縮み、やがて黒猫の姿に変化わる。

「にゃー、ホワイトってばそればっかり。そりゃあ、100年も人間と一緒にせいかつしてたら魔猫まびょうのあーしだって理解するわよ」

私は指をクロに向けると「あ、今作業中。毛が抜けない様にしてよね」と注意を加えた。


それから1時間。とりあえずの仕込みを終えた私は店の窓を開ける。

心地良い春の風が待ってましたと言わんばかりに最初の来客と共に流れ込んでくる。


「いらっしゃいませ」


ここは、独りの魔女と独りの魔猫が営む。

小さなチョコレート屋さん。

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