生意気なツンデレ幼馴染が「好きなのに素直になれない」と話しているのを聞いてしまった件
松之助
第1章 ツンデレ幼馴染の本音を聞いてしまった
第1話
——幼馴染との恋愛なんて、ただの幻想だと思っていた。
子供の頃からの仲である彼女。
なかば腐れ縁のように、あるいは疎ましく思い合う家族のように、俺たちの間では喧嘩が絶えなかった。
俺は彼女のことを口うるさい生意気な妹だと思っているし、彼女も俺のことを鬱陶しい兄としか思っていない。
長年一緒に育ってきた二人の男女の間に、恋愛感情なんか発生しない。
俺たちが恋仲になることなんて、絶対にない。
少なくとも俺は、そう思っていた。
思っていたのだが。
『——本当は好きなのに……
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の胸がドクンと打ち震えたのを感じずにはいられなかった。
この日から、俺の幼馴染を見る目は完全に変わってしまったのだ——。
◆◆
その日の朝は、とても眠かったのを覚えている。
一時間目の授業が終わった休み時間。
教室の中は、クラスメイトたちのざわめきに包まれていた。
各々が友達のところに集まり、昨日のテレビが面白かったなどと楽しそうにお喋りをしている。
次の授業が始まるまでの間、この談笑タイムを楽しんでいるのだ。
そんな中、俺——
いくら教室が騒がしかろうと、気にせず目を閉じて眠り続けている。
熟睡しているのか、俺の意識は完全に闇に沈んでいた。
「——起きて、賢斗。起きてってば!」
そこで、俺の体が何者かに強く揺さぶられる。
心地のいい眠りを妨げられた俺は、少し鬱陶しそうにゆっくり瞼を開けた。
「んん……?」
「まったく、早く起きなさいよホント」
視界に入ってきたのは、一人の女子生徒だ。
オシャレに巻かれたセミロングの黒髪。
パッチリとした二重瞼の目に、柔らかそうな桃色の唇。真っ白な肌は陶器のように滑らかだ。
シャツを押し上げている胸に加え、短いスカートからスラリと伸びた太ももは、彼女のスタイルの良さを際立たせていた。
彼女の名前は
モデル顔負けの容姿をしていることから、学年の間でつけられた名前が『学年一の美少女』。
校内を歩けば、周りの注目を全て集める美貌の持ち主。
入学当初、彼女に好意を寄せる男子生徒は学年を問わず数多くいたらしい。
そして——俺の幼馴染でもある。
「ふわあぁ…………あれ、数学の授業は?」
「もうとっくに終わったわよ。今は休み時間。……呆れた、本気で授業中に熟睡してたのね」
いくら学年で一番可愛かろうと、幼馴染の顔なんて見飽きているレベルなので、特に動揺することなく俺は欠伸をする。
それに対して、真希は呆れた表情で腕を組んでいた。
形のいい眉をキッと吊り上げ、ジト目でこちらを睨んでくる。腕を組んでいるポーズも鑑みれば、彼女の気が強い性格が表れていた。
美人とはえてして、性格がキツいものだ。
「いつの間に授業終わったんだ? 正直全然気づかなかった」
「先生にはバレてなかったから良かったけど。一体いつから寝てたのよ」
「いつからだっけ……? 確か、先生が『教科書のニ十九ページ開いてー』って言った時からだったかな」
「つまり授業が始まった直後ってことね……」
ググッと背伸びをして体全体を解す俺を見て、真希はこめかみに手を当てて溜息を吐く。
「……授業中に居眠りするなんて、そんなだらしない姿をクラスで晒さないでくれる? 賢斗が怒られたら、恥をかくのは幼馴染である私なのよ?」
嫌味が込められた口調……というよりただの嫌そうな口調で言う真希。
相変わらずトゲのある言い方だ。
侮蔑するような彼女の眼差しを受けて、俺はムッとしてしまう。
「ったく、うるさいな本当……言われなくても分かってるっての」
「どうだか。賢斗は昔から私が何言っても聞いてくれないもの」
「昔の話をいちいち掘り起こすなよ。分かったって言ってるだろ?」
次第に険悪な雰囲気になっていく俺たち。
寝起きに顔を合わせたと思えば、すぐ言い争いになってしまう。
取るに足らない些細なきっかけで喧嘩に発展するのは、昔からよくあることだ。
お互いに睨み合い「……はぁ」と目を逸らす。
喧嘩をしたくてしているわけではないので、溜息を吐きつつ我慢する俺たちだった。
「まったく、学校でよくそれだけ寝れるわね……どうでもいいけど——」
そう言って真希は黒板の方をクイッと指差す。
そこには数学の授業で先生が書いた数式などが残されている。
「……黒板がどうかしたのか?」
「今日の日直、賢斗でしょ? 早く消さないと休み時間終わっちゃうわよ」
「ああ、そうだっけ。寝起きに黒板掃除は面倒くさいな……」
「すぐ終わるでしょ。ほら、つべこべ言ってないで立ちなさいっ。私も手伝ってあげるから」
そう言って真希がグイッと腕を引っ張ってくる。
彼女の遠慮のなさに辟易しつつも、「へいへい」と俺は席から立ち上がった。
そして、真希に手を引かれたまま教壇の上に移動する。
実はこの時——険悪な空気を出しつつも、ギュッと手を繋いで歩く二人の男女の姿にクラスメイトたちの注目が集まっていた。
だがそんな視線には気づかず、俺たちは黒板の前に立った。
「ていうか、朝から何でそんなに眠たいわけ? 今まで授業中に居眠りとかしなかったじゃない」
肩がぶつかるくらいの距離で並び合う俺たち。
黒板消しを持った真希がふと聞いてくる。
「何でって……お前と夜中まで電話してたからに決まってんだろうが。そのせいで寝るのが遅くなったんだからな?」
「そっ……! そんな夜遅くまで話してたわけじゃないし……せいぜい夜中の十二時半くらいまででしょ?」
「いや充分夜中なんだが? 俺の貴重な睡眠時間を削った本人が言うことじゃないな」
ギクリと顔を赤くする真希を見て俺は嘆息する。
昨晩、ベッドの上で横になっていた時のこと。
『今何してるの?』と真希から電話がかかり、そこから俺たちは長い間話し込んでいたのだ。
そのおかげで今朝は完全に寝不足だった。
「『暇だし話そ』って言われて、気づいたら夜中の一時だ。正直、付き合わされるこっちの身にもなって欲しいもんだぜ」
「そっちこそ……! 私との電話に満更でもなさそうだったじゃないっ。本当に嫌だったら切ればよかったのに。女の子から電話がかかってきて、実は喜んでたんじゃないの?」
「いーや、喜んでないね。何ならお前の方が声弾んでたぞ?」
「そんなわけないじゃない。ただの幼馴染との会話で喜ぶなんて、子供じゃあるまいし」
売り言葉に買い言葉。
俺の話にすかさず真希が反論してくる。
さっきは我慢をしていた俺たちだったが、再び言い争いが始まった。
……よりにもよって、黒板の前という非常に目立つ場所で。
人目を憚らず喧嘩を始める俺たちの姿を、後ろからクラスメイトたちが微笑ましそうな顔で眺めていた。
「というか、何でお前は寝不足になってないんだよ。おかしいだろ。お前も授業中に居眠りしろ」
「私は賢斗と違って、睡眠が短くても大丈夫な体質なの」
「はぁ? 何だそれズルじゃん。損したのは俺だけかよ。お前の長電話なんかに付き合うんじゃなかったな……」
「なっ……!? なにもそんな言い方しなくてもいいでしょ……!」
教室中の注目を集めながら、俺たちは言い争いを続ける。
「大体お前さ、学校で『学年一の美少女』とか噂されて調子乗ってるんじゃないのか?」
「……調子に乗ってるのは賢斗でしょ? 俺の幼馴染はこんなに可愛いんだぞーって思ってるのよね?」
「誰がそんなこと思うんだよ。いくら可愛くても所詮は幼馴染だ。口うるさい妹にしか見えないな」
「わ、私だって、賢斗のことなんかイジワルなお兄ちゃんぐらいにしか思ってないんだからっ」
周囲の目線など気にせず白熱するやり取り。
真希の生意気な言葉にムッとした俺は、溜息混じりに彼女から目を逸らし、教室の方を振り向く。
すると、何やらニヤニヤしているクラスメイトたちの顔が目に入った。
「……何だお前ら」
「いや〜? また痴話喧嘩が始まったなって思ってさ〜」
「「なっ」」
同時に言葉に詰まる俺と真希の二人。
それを皮切りに、他の生徒達から次々と声が上がり始めた。
「痴話喧嘩っていうか、夫婦喧嘩?」
「喧嘩するほど仲が良いって言うよね」
「ここまでのやり取りも息ピッタリだし」
「今や学年公認のバカップルだもんなー」
「は、はぁ!? 私と賢斗がカップルって! ば、馬鹿じゃないの!」
クラスメイトたちのからかいを受けて、真希が顔を真っ赤にしながら反論した。
「そうだぞ。コイツとカップルとかないって。あり得ねーよ」
「っ…………!」
真希に便乗して俺が真顔でそう言うと、彼女はなぜか涙目で睨んでくる。
「? なんだよ」
「ふん、何でもないっ!」
言いながら真希が太ももに蹴りを入れてきたので「いっ……!?」と悲鳴を上げた。
そのままプンスカと怒った様子で自分の席に戻って行く真希の姿を、俺は怪訝そうな表情で見つめる。
「な、何なんだよアイツは……今の流れで何で蹴られるんだ」
「おいおい、せっかくの可愛い幼馴染なんだ。大事にしてやれよ?」
「あとでちゃんと真希ちゃんに謝っときなよー」
野次馬のクラスメイトたちに適当なことを言われるが、やはりなぜ真希が怒ったのか分からない。
「くっそ、意味分かんねえ……」
真希の言動に振り回された俺は、ウンザリしたように溜息を吐いたのだった。
◆◆
——俺と真希は、赤ん坊の頃からの仲である幼馴染だ。
最初は互いの親同士が仲良くなり、そこから家族ぐるみの付き合いが始まり、俺と真希は出会った。
家の中でも家の外でもずっと一緒に行動し、毎日仲良く遊んでいた俺たち。
血こそ繋がっていないが、お互い家族のように気を許し合い、一緒にいると心地よかった。
それは幼稚園でも小学校でも変わらない。
本当の兄妹のように、俺たちは仲の良い幼馴染の関係にあった。
——その関係が変わり始めたのは、中学の頃。
思春期が訪れたタイミングだった。
この頃から真希の態度は徐々に生意気なものになり、何かと突っかかってくるように。
俺の方も、口うるさい彼女に対してムカッとすることが増えていった。
ちょっとしたことでも意見がぶつかり合い、その度に喧嘩になる俺たち。
いつしか俺にとって真希は、生意気で鬱陶しい妹にしか思えなくなってきたのだ。
世の中には、幼馴染とのラブコメが数多くある。
クラスメイトたちにもからかわれていたように、俺たちが互いに恋愛感情を持っていると揶揄してきた人間は今までたくさんいた。
だが、ハッキリ言わせて貰いたい。
幼馴染との恋愛なんて、ただの幻想だ。
物語の中の幼馴染に憧れを持つのは構わないが、現実の幼馴染なんてウザい妹と変わらない。
俺たちが恋仲になることなんて、あり得ない。
そう信じていた。
……放課後、教室に残った真希がボソリと呟いた言葉を聞くまでは——。
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