第141話 領主の策略
セデクは、捕らえた伯爵と兵士達を、さっさと領地へ返すことにした。
兵士達は即座に。
伯爵は、身代金としていくつかの特権や金を条件にして。
双方ともに死者がいない、戦争とも言えないまま事件は終わった。
魔族の方は、虎の子の海神を失ったうえに、戦士たちは精神をやられて治療中だという。
「危機は全て去ったようだ。もはや、後始末だけだな」
「……セデク、こうなることを分かっておったのか?」
「まさか。もっと死人が出ると思っておったわ。まさか圧倒的な実力差で、敵にすら死者を出さずに終わるとはな……」
セデクは苦笑いする。
「オレは〈代行〉が差配したのを、聞いただけだ」
「調査員の排除もせず、訓練施設を拡充して、侯爵令嬢を迎えた」
「そうだな」
「お前らしからぬことだ。このような事態を避ける方法も、あったはずだ」
ドラロはそう断言して、友へと迫る。
だん、と机を叩いて身を乗り出し、領主の顔をぐっと睨んだ。
「言え。いったい、何をするつもりだ?」
「いや、ううむ。……口にすると、恥ずかしいが」
「言え」
重ねて追及するドラロに、セデクはとうとう天を仰いで言った。
「……最近、ドラロがあまりオレに付き合ってくれん」
「は?」
なんのことなんだそれは。
不思議がる商人に、セデクは続ける。
「妻とイチャイチャすることばかり考えておる」
「待て待て待て。それは風評被害というものだ!」
「なにが風評なものか! 自覚してないだけだろうこの色ボケジジイ!」
「いっ、なっ……」
ドラロは絶句した。
まさかそんなふうに思われているとは、まったく考えていなかった。
しかし、ここで引き下がるものか。
「仮に、百歩譲ってそうだとして、それがわざわざ今言うことか!?」
追及の手を緩めず本題に戻す。と、
「オレも……」
「うん?」
「オレも、別居状態の妻をここに呼びたいのだ!」
「…………あ?」
セデクが言いたかったのは、それらしい。
「侯爵令嬢が館に何一つ文句を言わなかったのだ。都育ちの妻でも、もう辺境の水が合わないとは言わないはずだろう」
「ああ?」
「それに領地の発展に目処が立ち、当面の戦争もこれで無くなった! 王都で派閥政治を妻がやらなくても、どうにかなる!」
ドラロは考える。
つまり、つまり、このバカ男は、
「……儂を見て、妻が恋しくなって、〈代行〉の謀略に全面協力した、ということか?」
「そうだ」
「妻が呼びたかっただけで?」
「あまりはっきり口にするな。照れる」
熊のようないかつい領主の顔に、照れた表情を浮かべる。
ドラロはキレた。
「本当に恥ずかしいわ、このたわけ!」
「色ボケジジイに言われる筋合いはない!」
二人はこの日、今までで最もひどい喧嘩をした。
泥仕合という。
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