第十四章

第126話 出迎え

「こっちの船は大事なもん積んでるんだよ!」「うちだってそうだ!」「港にゃとっくに着いてるんだ!」「ちょっとだけでいいんだ!! うちの船を着けてくれ!」「おいあの船勝手に近づけるな!!」


 ムーアの港は、怒号で溢れていた。

 以前はブラウンウォルスに通じる漁村、という程度の村だった。

 海魔を退治されたことで港が建設され、名もなき村は名をつけた港町として呼ばれることになった。


 ブラウンウォルスに通じる海の出入り口。それがムーアの港だ。

 その港は建造と運用が同時に行われていて、受け入れられる船の数はまだ少ない。

 そこへ、いきなり大型船が割り込んできたのだ。

 荷揚げや荷下ろしをする商人たちが押しのけられ、港では混乱が起きている。


 が、その原因となった船を下がらせることもできなかった。

 船には侯爵家の旗が掲げられていたからだ。





「大型船は聞いてねえ! これ参事会うちの親父にまでクレーム陳情がくるやつだぞ」


「港の人達に、なんか差し入れしておかないとなあ」


 侯爵令嬢を出迎えに来たセヴリアスとカルバートは、港の混乱にため息を吐いた。

 それでも今は、貴族の都合を優先するしかない。

 そんな勝手を押し通す侯爵家の船から、豪奢なドレスを着た人物が降り立った。


「ごきげんよう。お久しぶりですわね。セヴリアス・ブラウンウォルス」


 淑やかながらも自信を感じさせる声で、彼女は言った。


「久しぶり、メアリ・クレセール」


 セヴリアスは、歓迎の微笑みで答えた。

 侯爵令嬢はつかつかと歩み寄り、セヴリアスを見て目を細める。彼女の後ろには二人の侍女と、護衛の騎士が付き従っていた。


「出迎えは?」


「このとおり、俺とカルバートがここにいる」


 手を広げてそう告げたセヴリアスに、令嬢は額に手を当てて頭痛をこらえるように息を吐いた。


「護衛も下男も、見当たらないですわ。わたくしの船の荷物はどうするのか、考えがおありですかしら?」


 こんなに大きな船で来ることも、運ぶほどの荷物があることも、セヴリアスは初耳だった。


「いやあ、あんまり。でも、荷物ならカルバートになんとかしてもらうよ」


「分かりました。よろしいですわ」


 カルバートは横で黙って目をそらしていた。荷運びの手配を頭に巡らせている。


「この港から街まで、護衛はあんまり必要無い。この辺に魔獣が出たら、うちの森番がちゃんと気付く」


「そういうものではありませんわ」


「そういうところだよ、ここはね」


 侯爵令嬢と出迎えの子息が、さっそく言い争いを始めている。

 令嬢からすれば歓迎されていないような扱いの真意を問い質しているし、子息からすれば仕事を疑われているのは不本意だ。

 そんな空気の中で動いたのは、令嬢の侍女だった。


「お嬢様、ここでは潮風がお召し物に当たります」


 周りの付き添いからすれば、あまり歓迎できかねる展開だ。

 こんなところで言い争わず、まずは街まで案内を受けてはどうか、と口添えをしている。

 令嬢は侍女の言葉を顔は前に向けたまま聞いていたが、


「そうですわね。お出迎えに感謝いたしますわ、ブラウンウォルス子爵令息。よろしければ、領地をご案内いただけますかしら」


 助言は聞き入れてそう仕切り直した。


「もちろん喜んで。クレセール侯爵令嬢」


 セヴリアスは気の抜けた微笑みで、さっきの言葉をもう忘れたかのような顔で引き受けた。

 ふう、と密やかなため息が両者の付き人だけで共有される。





「海魔がいなくなったのは、つい最近と聞きましたけれども」


「ああ、うん」


 港を歩きながら、侯爵令嬢とセヴリアスはそんな言葉を交わす。


「たったそれだけで港も町もすぐに建て始めるなんて、景気の良いことですわね」


「それだけじゃなくて、森の奥から湧く魔獣も減ったんだ。ここの木は頑丈だし太い。木材を売ったり、よそからの珍品も港を通してる」


 セヴリアスが言う『よそ』とは、魔族のいる土地である。大っぴらには言わないが、侯爵令嬢ともなれば察するくらいの内容だ。


「そんなことを聞いて良いのかしら」


「言えることしか言ってないよ」


 ふう、と令嬢がため息を吐いた。


「海魔を退治された、という話でしたけれど。ブラウンウォルス家がよそ・・の力を借りたのでしたら、問題になりますわよ」


「んー……」


 その回りくどい話し方に、セヴリアスはぴたりと足を止めた。

 わしわしと自分の後頭部を掻いて、大きく息を吐く。


「ぷはっ、もういいや。ここってウチの領地だし」


 空を見上げてひとりごちる。


「な、なんですの?」


 困惑する令嬢に、セヴリアスはへらりと笑いかけた。


「もうちょっと気さくにいこう」


「おい、」


 カルバートは慌てて声を掛けるが、


「王国貴族に頭を下げるのが嫌で、魔族の船を優遇する取引で力を借りたとか、そういう話は無いよ」


「なっ」


「あーあ……」


 直接的すぎる物言いに驚く令嬢。友人の商人は、諦めたように呻くだけだった。


「というか、その程度であの海魔を倒してくれるなら、魔族でも誰でもいいと思う」


「そ、そんなことを仰って、クレセール侯爵の耳に入ったらどうしますの?」


 令嬢は動揺してそう言い返すが、セヴリアスは肩をすくめる。


「本当に観光案内してあげる。あっちにすごいのがあるからさ、見に行こう」


「えっ。はい。ですがあの」


 セヴリアスは振り返らずに歩き出す。

 令嬢の一団は、マイペースな彼に慌ててついていった。





「こ……れほどのモノが……本当に、海にいましたの……?」


 心底からぞっとした様子で、海とそれを交互に見る侯爵令嬢。


「クジラよりでっかいバケモノがいて、おれのとーちゃんの舟は小魚みたいなもんだった。こいつの腕がひょいっとつまんだだけで、山より高く持ち上げられたんだ!」


 巨大な海魔の腕が飾られた広場で、地元の子供たちが腕の物語について熱弁している。


「ぐわっと開いた悪魔みたいな口には、ぎざぎざの牙だらけ。こいつは舟ごと食われちまうでかさだ! 海の男のとーちゃんでも、さすがにもうだめだと思った。だけど、そのときに神さまが現れたんだ!」


 まるでその場にいたかのような、熱の入った語り口だった。


「助けられたの、あいつの父ちゃんだっけ?」


「いや、違うだろ。本物は漁に行ってると思う」


「だよな」


 セヴリアスとカルバートは、侯爵令嬢が子どもの話を聞き終わるのを離れて待っている。

 尾ひれ背びれがついた魔獣討伐伝説だが、


「郷長がやったのは本当だしなあ」


「腕の実物があると、信じそうになるよなアレ」


「あの子、巷談の才能あるよなー」


「めっちゃのめり込んでるぞ侯爵令嬢」


 ついに海魔が倒された段になって、令嬢がパチパチパチと拍手していた。


「……腕の彫刻とかさ、お土産で売ってみる?」


「ばっかお前、それ思いつくのは商人おれの役割だろ」

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