第81話 ドワーフの職人
「んでェ? 鬼族の村の分と、
ドワーフ族のフリンダさんは、俺が注文する鉄製品を数え上げながら笑った。
「新しい村を作ったばかりで、村人が新しいことを始めるところなんですよ」
「新しいこと?」
「料理です」
俺が作ったパンや魚料理に感化されたという鬼族は、ぶつ切りにして鍋に入れる、以外の料理を作り始めた。
まだ一部だけだが、手先の器用な者は率先して包丁を握り始めた。
しかし、剣鉈のようにごつい道具だけで事足りていた鬼族には、調理道具が少ない。それは俺も同じだ。そんなにちゃんとした道具は揃えていない。
つい、どっさりと注文してしまった。
「料理を、ねェ。……食えりゃァなんでもいい、手間はかけない。ってェのが、飢え死にしない教えなんだがねェ」
「あー」
日本人に限らず、現代人はサバイバルな環境で、食い物を前にして死ぬことがある。
この場合の食い物というのは、動植物だけではない。そのへんにいるバッタやクモといった、比較的簡単に手に入る蟲(小さい生き物)を含んだ話だ。
気持ち悪い、あるいは不味い。という理由で口にできず、飢え死んでいく。
飢え死にしない教えというのはつまり、不味い物でも食べられる教訓だ。
「森には、たくさん食べ物がありますし」
「そりゃ魔獣だろ? 普通は食べ物じゃなく、『死神』って呼ぶのサ」
フリンダさんはそう言いながら、パイプをぷかりと吹かした。焼けた葉の甘い香りが漂う。
「マ、しかし見本まであるんだ。作るのはワケないサ」
こういうのを作ってほしい、という
現在、それを並べておいた荷揚げ場で話をしている。
出刃包丁の見本を手に取って、つつつ、と表面を撫でるフリンダさん。あらゆる方向から余すところなく木型を見つめて、ほお、と息を吐いている。
「……良い仕上げだ。こだわりがある」
「照れますね」
本職の経験を積んだ職人に言われると、どうにもむずがゆいものがある。
「森のあるじ様が、アタシなんかに褒められて、嬉しいもンかい?」
「もちろんですよ。職人の先輩だ」
フリンダさんはぽかんとした顔で俺を見た。
なんだろう。
「調子が狂うねェ……初対面だろうに」
「ドラロさんが大事に仕舞い込んでいる指輪についている石は、フリンダさんが磨いたものだと、見せびらかしてもらいました」
石が立派すぎて、着けられない。そう言っていた。
宝石の価値は、素材だけで決まるものではない。原石は、磨いてやらなければ光ってくれない。
その点、ドラロさんが持っている石は、素人目にも分かるほど光の粒が美しく際立つ逸品だった。
「あンなもの、石が良かっただけサ」
ドワーフの職人が、つまらなさそうな顔つきで言う。照れ隠しの顔だ。本当につまらないなら、こっちを向いたまま言うだろう。
「他にも、ドラロさんのベルトとかナイフとか荷馬車とかも、フリンダさん作だって」
「なんでもかんでも見せびらかすのは、やめてほしいねェ……」
困った顔で煙を吐くフリンダさんだった。でも、ちょっと口元が笑ってる。夫の面白行動に。
「分かったよ。この店の隅々まで、アタシが手を入れたものは全部見たワケだね?」
「そういうことです。まあ正直、決め手は斧ですね」
「斧?」
「それが一番、自分の手に馴染んでるものなので。良し悪しが分かりやすいです」
〈クラフトギア〉でどれほどの木を伐採したのか、もはや分からない。
その経験から言って、フリンダさんの作った斧は素晴らしい頑丈さと、ただの道具には不必要な美しさまでしっかりと施されていた。
「こう見えても、神が作った工具を毎日振ってますから。フリンダさんの斧は、ただの斧なのがもったいないくらい、良い斧でしたよ」
「……作った物を褒めるとは、職人を口説くのがうまいじゃないかィ」
「それドラロさんには、別の言い方で伝えてください」
こっそり言うと、フリンダさんは大きく口を開けて笑った。
「マ、分かったよ。それなら注文を引き受けようかねェ。もともと、神代樹を焼いた炭で鉄を打てるなんて、断るわけがないけどサ」
ドラロさんのために断ろうとしてましたよね、とは言わないでおこう。せっかくうまくいってるので。
フリンダさんはツカツカと歩いて、俺が持ってきた炭を袋から取り出した。
手にした炭を、じっと見つめて、匂いを嗅いで、炭同士を打ち合わせて音を聴いている。甲高い音が響いた。
「ふム……ぬん!」
一本の炭を思い切り指で挟んで砕く。それから、一欠片だけだが、口を開いて炭を含んだ。
ゴリゴリと音を立てて、噛み砕いている。
「な、なにを?」
「ンー……いや、ちっとね」
曖昧にそう言ってから、小さな水筒を手にして飲み下している。アルコールの匂いがする。中身は酒だなこれ。
「プッハぁ! いや、良い炭だね」
「味が?」
「そうサ。これが一番分かりやすい」
断言されると、こちらとしてはなんとも言えない。
「けど、ンー……これは惜しいね。土で焼いたかい? 炭焼き窯でやらないと、品質がまばらになる」
今度はこっちが困った顔をする番だ。
フリンダさんが言ったとおり、この炭は集めた木材に土を被せて焼く炭火の作り方をしている。
炭焼き窯を建設したりはしていない。
「ちょっとまだ、村を作ったばかりなので……」
「神樹の森で使うとなると、獲物は魔獣ばかりだ。並みの鉄じゃァ、大変だよ。この近海の魚でもね」
「……つまり、この炭だとできませんか?」
「いや、駄目とは言わないサ。でも、質の良いのを選んで使うと、この量の炭じゃァ、注文どおりの数が作れない」
なるほど。
「もっと持ってくるか、炭焼き窯を作るか……いずれにせよ、追加が必要ってことですか」
「いや、ちょうどいいサ。最初はもっと少なく、お試しの数にしときな。そいつが気に入って、実際にもっと必要だと思ってから、炭と注文を持ってきな」
驚きの提案だった。
まとまった数を注文したのは、ドラロさんに言われたことが関わってくる。
いわく『特別な炭で新しい物を作るなら、特別な窯や新しい治具を作ることになる。少ない注文では採算が合わない』らしい。
まあつまり、そういう都合に合わせたつもりだったのだが、
「余計な気を回すんじゃァ無いよ。作った物に満足して長く使ってもらうのが、長い目で見りゃお互いに良い関係になるのサ」
ぷわ、とパイプの煙を燻らせて、ドワーフの頭領はニッと笑った。
「……言われたとおりにします」
「商人の言いなりになっちゃァ、良い職人にはなれないよ。森のあるじ様」
おかしそうに笑うフリンダさんに、俺は返す言葉もなかった。
うぅむ、含蓄のあるお言葉だ。いろいろと。
夫婦だからといって、本当の意味でなんでも口を出させるつもりはない。
そんなプライドが垣間見えた。
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作者からのお願い
略称が決まらなくて困ってます。
コメント欄で大募集します。1週間くらい。
よろしくお願いします。
追記
略称募集を締め切ります。
みなさんありがとうございました。これを持って編集さんに相談してきます。
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