第80話 赤熱の種族
ドワーフ族の特徴は、聞いていたとおりだった。
背が低く、がっしりとしていて、木の根のような太くてうねった髪の毛に、厳しい表情を浮かべた偏屈そうな種族。
後半ちょっと主観込みだったが、なんとなくうなずける。
奥歯を噛んで閉ざした口元に、じろりと飛ばしてくる眼光。
料理道具を求める俺に、ドラロさんは奥さんを呼ぶと言ってくれた。
彼女を見つけたのは、店の中ではなく荷揚げ場である。
そこにある俺の持ってきたものを確認しようと足を向けたら、ちょうどドワーフ族がわらわらとそこにいた。
「こんにちは」
数人のドワーフに声を掛けると、俺が持ってきた荷物を興味深そうにのぞき込んでいたドワーフ達が振り返って見上げてくる。
背が低い。
「あん? 誰だい、あンた?」
答えようとすると、彼女は目を見開いた。
「……いや、分かった。森のあるじ、神器を宿す
俺は思わず微苦笑する。この世界の人たちは、かっこいい名前をつけるのが好きなのだ。
「桧室総次郎です。森に住んでる職人です」
「アタシはフリンダ。ヘタレ商人の女房で、ドワーフ族の頭領だよ」
フリンダというそのドワーフ族の女性は、そんな風に名乗った。
女大工、それも棟梁クラスの貫禄を備えた人物だ。
着ているのは分厚い革にいくつもの鉄の鋲を打った、頑丈そうな作業着めいた服。鉄の装飾具をじゃらりと身に着けていて、首からかけているものもある。重くないんだろうか。
ないのかもしれない。力持ちな種族なので。
シワのある顔は人間で言えば五十歳くらいだろうか。でも、背が小さいのとぶっとい首の筋肉が健在なおかげで、全体的に言えば、若々しい。
これがドラロさんの奥さんとは。
「ところで、稀少なお宝を、ダンナの口いっぱいに捻じ込んだのは、アンタじゃなかったかい? アタシの勘違いだったかな」
「いいえ、合っています。ただまあ、仰々しい名乗り方はしたことないので」
「なるほど。ドワーフ族相手に、職人を名乗れる自信があるってことかい。気に入ったね」
歯を剥いて笑う。ただし、獰猛そうな笑みだ。
なにやらそれこそ勘違いされている気がする。
「うちのダンナは?」
「フリンダさんを俺に紹介してくれると言って、迎えに出ましたよ」
「おっと、行き違ったかね」
こりこりと頭を掻いて眉をひそめるフリンダさん。どうやら、そのようだ。
ふと、ドラロさんも、似たような仕草をしながら渋い顔をしていたことを思い出す。
『今から呼んでくるが……ソウジロウ殿からあやつに説明した方が、良い結果になるであろうよ。商人として恥を忍んで、お頼みする』
『自分の女房だろう、ドラロ。芸術家肌でも、鍛冶で
『儂は、すっかり信用を失っておる。
赤く腫れた自分のほっぺたを見せながら、そんなふうに言っていた。
「マ、話してりゃそのうち戻ってくるサ。で、アタシに何用だい?」
ドラロさんが説得を頼むと言っていたのが、このドワーフの一団なわけだ。
ドワーフ達は金にうるさいが、金が好きなのではない。技術を評価されること、信頼の置ける相手に成果を見せることが、ひいては金にうるさいという評判になっているという。
信頼を得られれば、どんなに難しく、どんなに無茶な注文でも応えてくれるらしい。
頑張りどころだ。
「実は森を開拓して、新しい村を作ったんですが。森の木で作る炭は、とても良質な燃料になる。その炭で、鉄を鍛えてくれる人を探しています」
「ふゥん……? そりゃま、アタシらドワーフ族にうってつけの話だァね。……で、何を作らせる気だい?」
じろりと鋭く見つめられる。ちょっと機嫌悪そう。なんか悪いこと言ったかな。
とりあえず話を進めることにした。
「いの一番に考えているのは……やっぱり、刃物類ですかね」
それを口にした途端、フリンダさんの後ろのドワーフ族がざわついた。
「お、親方……」
「うるっさい。まだなンも言ってやしないよ。まだ、ね」
ガツン、と一歩前に出てくるフリンダさん。
さっきよりもさらに目が怖い。
この眼光、ミスティアの狩猟モードにも負けてないな。
「テメエ、ダンナを騙したのかい?」
地の底から発されたような、威嚇の響きを含んだ声だった。
騙す?
「いえ、騙したことはないですが……」
「ウソつくんじゃァないよ。この店にやたらとお宝を突っ込んで、美しいものに目がないあのおバカに、この店だけじゃ抱えきれないほどの売り掛けをしたそうじゃないか」
売り掛け。要するに手元にお金が無いけど後でお金を支払う契約をさせて、取り引きを成立させる手続きだ。
ドラロさん視点だと、俺に対して大きな借金があるに等しい。
「ああー、はい。えっ、それで怒ってますか……?」
あれは支払いについては、かなり緩い感じに調整してある。
実質、ドラロさんは俺に調味料で現物払いすればいいだけで、回収をほとんど考えてない。俺が。
「借金を盾に、どんな国にも勝てるような武器を作らせて、戦争をするつもりだろう!! この人間が!! ウチのダンナを、ようやく芸術を商いできるってバカみたいに喜ばせておいてよォ!!」
ズガン、と地面が揺れるほど強烈に地面を踏みならして、俺を至近距離で睨みつけるフリンダさん。
鉄板入りっぽいその靴から、恐る恐る踏まれそうな足先を引っ込める。
そして、告げる。
「作ってほしいのは、包丁です。あと調理器具」
「…………包丁? 調理……器具?」
「包丁です。出刃、柳刃、マグロ包丁とか。それに、ちょっと調理器具じゃないけど、ストーブとか」
「…………料理道具を、特注で? わざわざ出向いて? 料理なんて、卑しい下っ端にやらせておけっていうのが、人間達じゃァないか」
「ソウジロウ殿は違うぞ、フリンダ」
「セデクさん」
騒がしさを聞きつけたのか、熊のように大きな領主が現れて俺とフリンダさんに笑いかけた。
「彼にはな、この地に争いを持ち込む気は無い。料理道具を求めるのは、彼が手ずから素晴らしい食べ物を生み出す技を持っているからだ」
「…………あの巨大海魔を誅伐した、森のあるじが? 自分で料理をするってェ?」
疑いの眼差しを向けられる。どうやら、漁村に飾られている海魔の腕を見たらしい。
あれを倒したと言われれば、ちょっと荒っぽい奴と先入観で思われるかもしれない。
まあ、気持ちは分かる。
「ちょうど、作ったやつ持ってきてますよ。食べますか? みなさんで、どうぞ」
差し出したのは、クッキーである。
ドリュアデスのミルクで作ったバターと、たっぷりの砂糖。それにオレンジで香り付けがしてある。
先に食べたセデクさんいわく「これを食べたら永遠に食べ続けたくなる」と、とても大げさに喜んでくれた。
果たして、ドワーフ族に通用するのか。一袋、ぽんと渡してみた。
「テメエそいつをよこしな!」「ヤッテミロ! ウロロロ!!!」「ワシが先に取った!」「勝つのはウチじゃい!!」
争奪戦になった。袋ごと渡したのが、逆に悪かったかもしれない。
袋に突っ込んだ手が殴られ、放り出されたクッキー一枚を奪うため、男も女も鼻血を吹くほど激しく殴り合う。こわい。
「……マ、誤解してたなァ、分かったよ」
「クッキーだけで?」
「この
型抜きを葉っぱの形にして作ったクッキーを、がじりと噛み砕くフリンダさん。
「料理道具ね、分かったよ。アタシら任しておくれ。最高の鋼で、海魔でも骨ごと捌けるのを作ってやるヨ。この腕にかけてね」
ムキィ、と力こぶを作って笑うフリンダさんだった。
「ありがとうございます」
俺は握手をしようと手を出して、しかしドワーフ族の棟梁に拳を掲げられた。
「職人同士なら、
「……ああ!」
ぴんときた。
ガシン、とお互いに硬い手を硬く握って、力強くぶつけ合う。
いやあ、良かった良かった。
「フリンダさんがドラロさん大好きで良かったです!」
ドラロさんの『向こうの国でやれ』『戻ってこい』みたいなワガママすら許してくれるほど!
「ウォロロロロァーッ!!!! だ、誰がダンナをォ、ヨォオ!?」
「えっ、だってドラロさんが騙されたと思ってあんなに怒って」
「ウ゛ロロロロロロァー!!!!!」
「親方ァ!」「マズイよ、クッキー様が!」「みんなで押さえろ!」「逃げて、クッキー様!」
なんか民族的な威嚇の咆哮をされている。
ハカか? ハカなのか?
あと俺をクッキー様と呼ばないでくれ。
「絶対にドラロさんが説得するべきだったと思いますよ」
怖々と退いて、離れて見守っていたセデクさんに言う。すると、
「……だそうだぞ、ドラロー?」
「うるさいわい! こっちに振るな!」
遠くでなにやら隠れていたドラロさんに手を振るセデクさん。
「いるならすぐに、出てきてくれれば良かったのに」
「うるさい! で、出て行けるか!」
……もしかして、恥ずかしがってます?
俺はセデクさんと顔を見合わせて、
「今すぐここで仲直りしてもらいますか」
「引きずってこよう」
老商人と職人の夫婦に、これ以上めんどくさい状態を続けるのはやめてもらった。
夫婦喧嘩は犬も食わない。他人を間に噛ませるのは、やめていただきたい。
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