第八章
第71話 お部屋訪問
「そろそろ、三人でも四人でもお住まいできる家を建てられてはどうですか? 村の作業のお礼に、新天村の総力を挙げてお手伝いいたしますよ」
無事にご近所さんになったラスリューが、ヒリィを膝において顎をなで回しながらそんなことを言った。
「コマに十分助けられてるけど……」
「コマだけに村の全ての恩を背負わせるのは、酷な話ではないですか。ここで断れては、私の面目が立ちません」
あー、これは最初から選択肢が無いやつ。まあ、その状況にしたのは俺なので、仕方がない。
断るにしても、絶対になにかを引き換えにしないといけない。
しかし、いま特にやってもらいたいことというのは、あまりない。
「うーん……そうだ。村で飼ってる鳥なんですが、二、三羽譲ってもらえませんか?」
「もちろんです。お望みいただけるだけ持ってこさせます」
「二、三羽でいいので……」
新天村には、卵が普及していた。鶏卵より一回り大きいが、食べてみると鶏卵より少し濃厚な味わいをした、旨味の強い卵である。
それを産んでるのが、話に出た鳥だ。
バジリスクというらしい。
全身真っ白な体毛をしていて、嘴が黒い。そして尾は爬虫類のものが生えている。歩く姿は真っ白で丸いハトのようだが、群れる習性があるのか三羽ぐらいまとまって、家の壁際にぴったりとうずくまっている時がある。その時の姿はまんじゅう。完璧に球体をした、もこもこの白い饅頭。あるいは団子三兄弟。
めちゃくちゃ名前負けしていた。
しかし、逃げ出したりはしないし、群れでまとまって動いている、扱いやすそうなやつだ。
気になって鬼族に聞いてみたら、あれは村の中を歩き回って虫やトカゲを食べているそうだ。頑丈な小屋を作っておけば、暗くなる前にそこに戻っていくらしい。
かつて農家の庭で放し飼いにされていた、ニワトリみたいな扱いだ。肉も食べられるし美味しいという。
卵は今でも、鬼族にお願いして分けてもらっている。
しかし、そういう飼いやすい鳥なのであれば、こちらの拠点で放し飼いにしてやるのも悪くはないだろう。
そういうことで、お礼としてはありたがいのでラスリューにお願いしてみたんだが、
「それではオスメス二羽ずつ持ってきます。ですが、それとはまた話が別です」
別だったか。
しかし、それならもう特に思いつかない。
……悪いことではないし、腹を決めよう。
「分かりました。じゃあミスティア達と相談してみます」
俺と千種とミスティア、それにコマ。
全員住むとなると、4LDKくらい必要になるんじゃないだろうか。そうなると完全に一軒家かそれ以上だな。
うーむ。森の中にそんなものがあったら、豪邸の別荘みたいだ。
とりあえず一番近くにいたコマに聞いてみる。
今の部屋に不満はないか?
「ないです、滅相も」
倒置法? コマがぶるぶると震えて答えた。
ちなみにコマが住んでいるのは、マツカゼたち用に作った厩舎である。人間をそんなところに、と慌てたものだが、俺以外はみんな平然としていた。割とよくあることらしい。
仕方ないので俺も割り切って、とりあえず、むき出しだった地面に板を張ってフローリングにしておいた。ムスビに動物の毛皮でラグを作ってもらって手渡し、折りたたみ式だけど椅子も作り、収納棚を上の方に作ってと改良した。
間仕切りだけだったので扉もつけた。
隣の部屋がマツカゼとハマカゼで、壁も間仕切りしかないが、いちおうネットカフェの個室と同じくらいにはなった。
コマはそんなものでも恐縮していたものだ。
「屋根裏とかで、普通です」
らしい。テーブルとかほしいなら言ってくれ。狭いから折りたたみ式がおすすめ。
「えと、紙とえんぴつ、あると。料理に使えていいです」
「レシピか。たしかに」
えんぴつはラスリューが持ってたはず。あとはメモ帳とノートかな。テーブルも作ろう。
「感謝、します」
満足満足。コマも嬉しそうだし、聞いて良かった。
「って、そうじゃないんだよな。家を作る話だった」
「家、を?」
コマは首をかしげた。
「ミスティアはどうだろ?」
「エルフは、袋一つ、どこでも行けます」
身軽な種族らしい。まあ、森の中なら自分の庭、みたいなところあるよな。
確かに、ミスティアは最初に出会った時、荷物の大部分を魔獣に持っていかれていたが、あまりこだわらなかった。
大した話にならないかもしれない。『あ、そうなの。別にいいわよ』くらいで。
ミスティアに、部屋を見せてもらおう。
「えっ、だ、ダメよ!!」
ちょうど部屋にいたミスティアを訪ねると、激しく抵抗された。
「どうしてそんなに急に?」
「確かに急で悪いけど……散らかってるのか?」
あからさまに焦っているミスティア。
しかし、俺の疑念にはむむっ、と唇を尖らせて不満を露わにした。
「エルフが部屋を散らかすなんて、ありえないわよ」
「じゃあいいだろう?」
「そういう問題でもないですしー……」
「あー、骨とか、いろいろ多いです。あるじ様」
長身のコマが、窓から部屋を覗いてそんな感想を言う。
「きゃーっ」
ミスティアの悲鳴が響いた。
中に入ると、なにかのでかい骨とか、毛皮をかぶせた人形だとか、大小さまざまなブラシとか、枝とか、それに
やけに可愛らしい装飾の箱があるのは、たぶんリボンか。あれは見て見ぬふりしてあげよう。
それに壁にはいくつもの薬草・香草・なんか肉まで吊るしてある。陰干し?
確かに、散らかってはいなかった。でも、
「思ったより物が多いな」
「面目もありません……」
ミスティアはしゅんと肩を落としていた。
別に、意外だっただけなんだが。
「骨とか枝とか、この辺のはマツカゼとかヒリィと遊んでるやつだよな。たまに放牧場で振り回してる」
「うん」
「あれって、ずっと取ってあったんだ」
その都度どっかから拾ってきてるものかと。
「気に入ってる形とか匂いとかがあるから、つい……」
「これは魔獣の革を骨の形にして、乾燥させたやつだな。ヒリィがたまに囓ってる」
「そうなのー。これ好きなのよね、あの子。意外と」
「今度俺も何か作ろう、犬グッズ。フライングディスクとか、ボールとか。回し車とか?」
「私もなんとなくそうしてたら、もうどんどん増えちゃったのよねー。身軽な旅のエルフだった私としたことが、情けないこと」
自嘲するミスティアだった。
「千種、部屋見せてもらえるか?」
「な、なんなんですか? みんなしてぞろぞろ……」
ものすごく不安がられたが、見せてはくれた。
部屋は意外と整頓されてた。しかし、その一画に魔物の毛皮で作ったラグと、定期的に要求されるのでいくつも作ったモスファーが、もっふんもっふん敷き詰めてある。
……完全にモスファーを満喫しておられるなこれ。Yogiboの展示場か?
まあ、千種は影にあれこれ仕舞い込むから、まずいものは部屋になにか置かないだろう。
「あら、面白そうなのがあるわ」
「あー、それはダメなやつなのに」
普通に置いてた。
そういえば、影がごちゃつきすぎると、なにが入ってるかわからなくなる、って言ってたからな……。
ミスティアが見つけたのは、開けっぱなしの
「んー、たぶん遊戯盤?」
「ボードゲームか。あ、チェス盤だなこれ」
俺も見てみると、白と黒の市松模様が並ぶチェスボードと、その上に作りかけらしい駒が置いてあった。
意外にも、駒を手作りしているらしい。
「骨、ですね」
すん、とチェス駒の匂いを嗅いで、コマがつぶやいた。
「あっ、あっ、その、魔獣の牙を削って作ってるので……作りかけなので……」
わたわたしている千種。長持ちには、ロックハンマーとヤスリも一緒に入っていた。
それどころか、
「……リバーシと将棋盤と、こっちはひょっとしてトランプカード?」
テーブルゲームがいくつも納まっていた。
拙いものも、うまいものもあるが、手作りしてある。
「意外な趣味が。こういうの作るの、得意なのか?」
「あっ、ぜんぜんです。人と遊んだこと、ほとんど無いんで」
「それは逆にちょっと怖いな……」
……遊ぶ予定の無いボードゲームを延々と作り続ける。どういうことだ?
「あっ、これ、宮廷にいるときに職人にいくつか作ってもらって。それをお手本に複製してたんです。ちまちま手を動かしたい時に、ちょうど良くて。えへへ」
「そういうことか……」
つまり暇つぶしである。ウカタマの影響なのか、部屋の前には野草を育てるプランターを置いてあったりする。
漫画が無いので、それに代わる暇つぶしを指先に求めたんだろう。
「よくわかんないけど、遊べる物なら持ってくれば良かったのに」
「あっ……昔、これを持っていって仲良くなろうとしたら、誰一人遊んでくれなくてトラウマで……作ってもらった職人さんに申し訳なくて……全部自分で作ったら、もう一回挑戦する気持ちが作れるかなって……」
暇つぶしじゃなくて、
「分かった。今日はこれで遊ぼう」
「あっ、はい……えへへ、よ、良かった……」
千種の目尻に涙が浮かんでいる。意外と地雷だったなこれ?
部屋の中に分かりにくい地雷を堂々と置かないでほしい。気になって触ったら慎重に扱わないと爆発するとか。
結局その日は、テーブルゲームに少し興じて終わった。
ミスティアが強い。地頭の良さがある。
そして千種が弱い。一発逆転ばかり狙うのやめよう。
ゲームをしながら相談した結果。全員でひとまとめに一緒に住むのは、ちょっと保留にした。
折衷案として、俺の家を大きく作る。いざとなれば全員が寝泊まりできるくらいの大きさで。その家の近くに、それぞれの小屋を設置する。
部屋に不満がないと言ってくれたコマには悪いが、さすがに厩舎まで移動させられないので、コマは引っ越しだ。
グランピング施設の、センターハウスとバンガローみたいなものだろうか。
「そういう結論になりました」
「もちろん構いません。でしたら、いろいろとできることがありますよ」
俺の話を聞いて、ラスリューは配置やデザインなどの別案をいくつも出してきたのだった。
ありがたい話だった。先手先手で用意してくれているとは。
……ミスティアと、どっちがチェス強いだろうか。
ちょっと、興味をそそられる対戦だった。今度それとなくすすめてみよう。
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