第70話 新築祝いの贈り物

 千種が重機なら、鬼族は電動工具だろうか?

 無重力魔法と蛸足。凄まじいパワーと体力の人足。両方が合わさり最強に見える。いや、ほんとに。


 最強のメンバーで進められた建設作業は、もちろんいくつかトラブルがありながらも、すごい勢いで建設は進んだ。


 そしてついに完成した天龍の家は、そこそこ大きな館だった。予想はしていたが、


「和風のお館だなぁ……」


「ですね-」


 千種と一緒にそれを見上げて、なんとなく顔を見合わせた。

 指を指して、同時に言う。


「懐かしい」「珍しい」


 意見は一致しなかった。まあ予想どおり。


「都会育ちはこれだから」


「田舎生まれはひがみっぽいですね……」


 へっ、と罵り合う。現場仕事で振り回したので、千種もだいぶ頑丈になってきた。


 ともあれ、こうなってくると、やっぱり俺の選択は正しかったように思える。


「千種をこき使った甲斐があった」


「あれはもう、機械っていうかエンジンですよエンジン。ぐるぐるーって、永遠に」


 文句はたらたらだったが、オイル漏れみたいなものだ。問題ない。





 ついにお館が完成した。ボクは走り出したくなるほど嬉しかった。


「や っ た ー !!!!」


 だから走った。ついでに叫んだ。

 アイレス様ー!?とか鬼の誰かが叫んでるけど、ボクはぶっちぎってパパ様のところに行った。


「ねえねえパパ様! お館完成したよね!」


「しましたね」


 うなずくパパ様。

 だとしたら、もう、


「じゃあボク──ソウジロウくんの子ども産んでいいんだよね!?」


 あとはソウジロウくんの子を産むだけだよね!


 海魔がぶっ飛ばされたあの時に、ボクはそういう気持ちになった。

 だからパパ様に相談して、


「ボク、ソウジロウくんの子ども産む!」


 って宣言した。でも止められた。


 パパ様は、本気で止めるときは力ずくでやる。なぜかというと、天龍族は過去に何度も失敗をしている。そのたびに他種族を大虐殺したり、天変地異を起こしたりして、本人も死んだ。

 そういう禁忌がいくつもある。


『ですが、そういうことなら一計を案じましょう。まずは産んだ後の環境を整えてから、貴方に準備ができるのを待ちます』


 そう言ってからパパ様は、すぐにこっちへの引っ越しを決めた。

 ソウジロウくんに協力ももらって、鬼族と共に神樹の森に住処を移転を始める。


 そして、今日それは終わった。

 なのにまだ今日も、パパ様は本気で止める顔で言った。


「まだ貴方には、準備ができていません」


「ダメなの? ソウジロウくんの子どもだよ?」


「いずれは産むことになってもよろしいですよ」


 ということは、今はダメということで。


「そんなー」


 ボクはおもくそ崩れ落ちた。なんでー?


「産んでくる!」


「まだダメです」


「産まれちゃう!」


「産まれません」


 パパ様は無慈悲だった。





 結局、ソウジロウくんとの子どもをもらえないまま、ボクとパパ様は最後まで残っていた鬼族と共に引っ越しを終えて、開村の日になった。

 要するにみんなで食べて飲んで踊って祝うわけだ。


「それではこの地を『新天村』と名付けます。みな、励むように」


 パパ様が宣言すると、鬼族がわあっと歓声を上げて酒杯を飲み干した。

 ボクは果実水をちびちび飲んで座ってる。そうするしかないから。


 ……いつ産めるんだよー。


 拗ねてやる。


 とかやってるうちに、いきなり周囲が静まった。

 なにかと思えば、祝宴に招かれてパパ様と座っていたソウジロウくんが、立ち上がってみんなに語りかけていた。


「実は、鬼族の皆さんに引っ越し祝いを持ってきました。最初に言えばよかったんですが、バタバタしていて伝え損ねてました。すみません」


 パパ様が表面上は冷静に手を一振りすると、鬼族が全員正座した。


 ……あっはは、パパ様焦ってるじゃん。ソウジロウくんはさすがだなぁ。


 大慌てになってるのが、ボクには分かる。


「お祝いというのは……?」


「こういう時の定番で、お寿司を作ってきたんです。あと全員分のお箸を作っておいたので、良ければ使ってください。配っていいですか?」


 異界魔女のチグサから、大きなお盆を受け取って立ち上がるソウジロウくん。


「だ、大丈夫ですやりますので!」


 パパ様の御側付とコマが飛び出してきて、それを受け取った。


「全員分あるので、一人一つずつで」


 と言って配られたのは、綺麗な漆のお椀とお箸だった。

 中には、ご飯の料理が入っていた。


 小さな花みたいだ。白いご飯の上に、赤身と白身の魚が花びらのように鎮座してる。


「総次郎殿、これは……?」


「カップ寿司です。まあ、ちらし寿司と海鮮丼の中間くらいのもので」


 みんなが可愛いお寿司に感心して、その言葉に聞き入っていた。


「この森の川魚とエビの身、あと海の魚で作ったカップ寿司です。お椀とお箸は森の木で作りました。引越祝いなので、食器ごと、もらってもらえればと」


「あ、ありがたく頂戴いたします……!」


 ゼンが平伏してる。鬼族が次々と倣った。


 うわあ、すごい。

 神樹の森で採れた漆と神代樹の食器かー。見るも艶やかで、手に馴染む逸品。


 神代樹を削り出して作った、のかな? ぐるぐる回しながら神器を当てたみたい。

 塗られてるのは、漆だ。茶色の地味な色合いのものだけど、手触りが滑らかすぎる。たぶん、ドリュアデスに漆の木を食べさせて、あの森精樹に調整させたんだと思う。


 パパ様が会食に使ってもいいような、希少品の塊だ。


 末端の鬼にあげちゃっていいものじゃないよね、普通。みんなびっくりしてるじゃん。


 でも、神璽の手ずから作られた食器と料理を本人から渡されては、畏れながらも口をつけざるをえない。そんな様子だ。


 ボクも当然いただきます。


「んー! すごい! なんにもついてない魚に、味がついてる!?」


 拗ねてたのを忘れるくらい、美味しかった。なんだろうこれ!?


「うまい……」「こ、こんな味が、この世にあるのか……!?」


 鬼族たちはざわついていた。ソウジロウくんの料理を初めて食べる鬼もいるから、もう小さい悲鳴すら聞こえる。


「白身を昆布締めしたんだ。シンプルだけど、美味くなるだろ」


 びっくりしてるボクに、ソウジロウくんが笑顔で説明してくれる。

 あはー。なに言ってるかわかんないけど、すきー。


「ラスリューとアイレスには、もう一つ特別にこれを。新築祝いです」


 差し出されたのは、真っ白な神代樹でできた箱だった。

 ボクとパパ様は、揃って受け取ったそれを、よいしょと開けてみる。すると、


「わあー、綺麗!」


「美しい……」


 モスシルクを敷かれた箱の中に、キラキラと輝くグラスが入っていた。

 手に取って光にかざしてみると、刻まれた模様が神秘的な光の輝きを生み出して、角度を変えるたびに煌めきが模様の表情を変える。


「模様は切子細工をして刻んだんだ。お皿もグラスも作るのに旋盤を使いたかったから、千種にエンジン動力源になってもらったんだよ。それが一番大変だった」


「もうやだあれ。今度は水車作ってもらってよろしく」


 野暮な文句が飛んでくる。


「へえー……でもこれ、硝子じゃないよね?」


 なんとなくそう感じて、しげしげ見つめてしまう。


「アイレスと一緒に討伐した海魔の魔石だよ。ミスティアがなんか圧縮?してくれて、すごく透明度が高い結晶になった」


「あの特大の魔石を、グラスに使っちゃったの!?」


「ははあ……どおりで、こんなにも不思議な波動を持っているのですね……」


 パパ様が感動してる。なにげに貴重な顔だ。


「一緒に討伐したなんて、ボクは、ただ……運んだだけなのに」


 ちょっとやな感じする。ボクはあの時、ソウジロウを置いて痛い目見せようとしただけで……


「そのおかげで、人助けができた。立派な記念だ。アイレスと、初めてのお出かけの思い出だろ。ご近所付き合いの記念品には、ちょうどいい」


「は、初めてだなんて……」


 そんな風に言われると、なんだかむずむずしちゃうじゃないか♡


「これほどのもので、食器を作られるとは……」

「神代樹ならば世界一の軍船すら作れるもの。それをわざわざ食器に……」

「これは御璽みしるしを秘されておられるのでは……?」

「我らの米とこの森の産物でできた料理……しかるに、融和と豊穣を示唆されておるのやも……」

「御意に従おう」「おうよ」「無論だ」


 鬼族たちは、美味しさにむせび泣きながらも、ソウジロウくんの意をそんなふうに汲み取っていた。


 ……なるほどなぁ。


 こうやってソウジロウくんがお祝いしてくれるだけで、みんなが心を動かされてしまう。

 それは料理一つとっても、ボクの知らないソウジロウくんの時間が込められてるわけで。


 ……ボクはいっつも驚かされてるから、たぶん、ソウジロウくんのこと、なんにも知らないんだよね。


 ソウジロウくんはすき。

 でも、もっといっぱいソウジロウくんを知っていくのも、それはそれで楽しいかもしれない。


 早く産みたい!だけが頭にあったけど、


 ……もうちょっと、いろいろ知ってからでも、いいかも。


 小さなお寿司とグラスに込められた手間暇とソウジロウくんの愛が、ボクの気持ちをちょっと変えてしまった。


 グラスをうっとりと見つめる。


 やだなー、もー、罪な人間なんだから。


「良い仕事してますねぇ……総次郎殿……♡」


 ボクよりうっとりしてる人がいる。


「パパ様? なんかおかしくない?」


「そんなことはありませんよ」


 ほんとに? ほんとだよね?


 その後、新天村の祝宴は、大盛況に賑わった。

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