第68話 鬼族のパワー

 しばらく、ラスリューの村を拓くことに奮闘した。


 朝起きてコマと一緒にご飯を作り続けていたら、彼女はどんどん上達してくれたので、一人でも全員分の簡単なご飯を作ってくれる。

 それは人間のものだけじゃない。ムスビやウカタマ、マツカゼにハマカゼ、それにヒリィ。

 全員で手分けして用意していたものを、全部一人でやってくれる。


「天才だわ」


「天才ではない、です」


「一度覚えた味は、全部再現してくれるのに?」


「まだ、練習中です」


 思っていた以上に働き者だった。





 ということで、拠点での雑務はだいぶ減った。その分はラスリューの村で、開拓が早くなることにもつながる。

 ざっと一時間ぐらいは早く行けるし、遅く帰っても大丈夫になる。


 ラスリューが最初にコマを拠点に置いていったのは、こういうことなんだろう。

そんな折りに、


「そうそう、コマのことは、これからずっと総次郎殿の奉公人としてしまっても良いのですけれど……」


 などとラスリューに言われてしまった。

 その提案を、断れるわけもなく、俺には頷く以外の選択肢がなかった。


 というわけで、俺もコマに負けないように、せっせと働いた。

 鬼族の四二人。全員が湖畔で寝泊りできる程度の広さまで森を伐採し、平らな土地を広げていく。まだラスリューの領地で暮らすお世話係四人は、最後にラスリューと一緒に来る予定だとか。

 鬼たちは着いたときはテントを使い、次に小屋を建てて寝泊りの場所を作っていた。


 あらかた伐採が終わったところで、今度は製材の仕事が回ってくる。


 板と柱を切り出した。

 切り出した木材に、鬼族が寸法を測って墨をつけていく。俺はその印どおりに刻んでいくだけだ。

 柱・壁・床・扉・窓・屋根。建築用の部材は、形からなんとなく分かる。それに木槌など、木で作れる工作道具も。ところどころで『固定』して、サービスしておいたりする。

 しかし、歯車や機械部品ぽいものはなんなんだろう。


 なんて思いつつ言われるがままに作っていたら、鬼族はできあがった部品を持ち前のパワーと体力で、素早く運び、組み立てていく。

 それらを組み立てて最初に作られたのは、製材所だった。驚くべきことに、川に水車を作って大きな金鋸を動かしている。


「ヒヒイロカネでできた金鋸ですな。これならばこの森の木にも負けませぬ」


 ゼンからそんな説明をされた。


「変わった色合いの金鋸ですね……。綺麗だし、輝いて見える」


 しかし、見事な金鋸だ。表面に浮いた赤い紋様が、揺らめいて見える。これで刀なら、すごく見栄えが良かっただろうに。


「お目が高い! 昔、これで私の首を狙ってきた人間からもらった物です。二〇〇年くらい前に、鍛冶師に頼んで作り直してもらったんですよ」


 ラスリューが言ったことには、思わず苦笑い。

 それは”もらった”のが事実だとしても、穏便に譲り受けたわけではなさそうだ。


 ともあれ、それで角材や板材は鬼たちの手で作れるようになった。たぶん、セデクさんやドラロさんがやりたかったのは、これだったんだろう。


 木材はそれでなんとかなった。

 俺に求められるのは、加工していくことである。たとえば組み合わせたい板の両方に穴を開けて、そこにぴったりと木の軸を嵌め込めば、固定することはできる。


 設計の段階で、ミリ単位の調整が必要だが──ラスリューはあっけらかんと言った。


「慣れればこれくらいは、頭の中で組み立てられますから」


 そう言って、すべての設計図をラスリューが書いていた。墨をつけるのは鬼だが、それを設計するのはラスリューである。


「意外ですか?」


「正直に言うと、かなり」


「この世界では、たまに人間もやっていますよ。頭のいい貴族が、研究や開発をしているんです」


 それは貴族くらい余裕があるやつなら、研究や開発に没頭できるということなのでは?


 そこまで考えて、俺は気付いた。

 ラスリューは金銭や体だけでなく、寿命まで余裕がある。

 なるほど。としか言えない。


「総次郎殿は、寸分違わず狂い無く設計どおりに刻んでいただけますので、そちらの方が私には驚きです。墨が多少ズレもあるでしょうに」


「それは神業というやつなんで」


 〈クラフトギア〉の力が、微調整を含めて設計通りの寸法を迷い無く刻んでくれる。


 プレカット工法(力)で、たまに石材や鉄や魔物の素材などもカット依頼がくる。俺はもうなんでもカットするマシーンをする。

 人が重機でも使わないと運べない大きさの丸太や部品を、鬼族はひょいと肩に担いで持っていく。そして組み立てもそのパワーで素早くこなす。


 引っ越し計画はそうやって、順調に進んでいった。


 鬼族の畑を耕すのを、ウカタマも手伝っていて感謝されていた。

 ウカタマは鬼から玄米をもらってポリポリといくらか食べると、その場で土をいじいじした。しばらく土を掘ったりどこかへ行ったりしてたが、ミスティアいわくあれは土を調整中とのこと。


 そして今や、ウカタマは猛烈な勢いで田んぼを作っていた。

 さすが、うちの整地と治水工事を全て一手に引き受ける、ウカタマ親方である。

 鍬やつるはしで地面を堀り返す鬼達はパワーに満ち溢れているが、ウカタマはさらに早い。


「……俺の出番って、あるだろうか?」


 米が欲しくて──というか、稲作がしたくて引き受けた仕事だが、ウカタマにかかれば俺はあまりに無力だ。

 せいぜい堅い岩盤を砕く時でもないと、役に立てなさそう。


 精霊獣が強すぎるだけかもしれないけれど。


「どっしり構えていればいいんじゃない? 森を切り拓いて木材加工もして、それ以上出番があっても困るもの」


 ミスティアにはそんな風に言われてしまう。


「うーん、でも、ウカタマがあんなに張り切ってるのに、俺が何もしないのも……」


「ソウジロウがやることは、他にもあるんだから。それをやっててよ」


 それはそうなんだけど。


「もっと喜んであげるだけでいいと思う。ウカタマの気合の入り方は、きっと、ソウジロウがお米を作りたいって、言ってくれたからなんだから」


「……そうなのかな?」


「精霊獣は、ソウジロウが神域を作ってくれたおかげで、生き生き動けるところができてるのよ。なんでも自分でやらないで、少しくらいお役に立たせてあげてよ」


 十分役に立ってるし、俺も言うほど、何でもかんでもは、やってないつもりだったけれど。


「……まあ、そうかもな」


 俺も木を伐って、仲間を作ることを喜んでいた。

 畑や田んぼを耕すことで、ウカタマも同じ気持ちを味わっているかもしれない。

 それは素直に喜んであげるのが、一番嬉しい反応だろう。少なくとも俺はそうだ。


「ミスティアは賢いな」


「エルフですから」


 つんと胸をそらして、そんなことを言われてしまった。

 うちのエルフが狩り暴力担当だから、エルフは賢いという伝承をど忘れしそうになる。気をつけよう。


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