第46話 招待されし者ども(してない)
放牧場と飛竜小屋が完成し、飛竜はそちらに移した。
放牧場はあちこちで抜根した痕跡ででこぼこだったが、ウカタマが地均ししてくれた。
そして仕事量なのか菜園の拡張状態なのか、理由は分からないがいつのまにかコタマが増えていた。
現在、ウカタマを筆頭にして他に三頭のコタマがどこかで働いている。
正直もう気にしないことにした。来る者拒まずだ。助けられてるし。
放牧場の地均しをお願いしただけで、石や雑草が残らず取り除かれ、めちゃめちゃ歩きやすくなっていたほどだ。
「微妙に芝生みたいな草まで生えつつある……」
ウカタマの気づかいがすごい。
開放感のある芝生広場のようになったそこでは、飛竜と一緒にマツカゼが走り回っていた。
木々の間を駆け回るマツカゼや飛竜の姿は、狩猟犬が仕事をしている時みたいにかっこいいが、広い場所だと遊び回ってる感が強くなる。
うーん、のどかだ。こういうのでいい。こういうので。
「ほほう、これはなかなか広くできましたね」
俺の横で、そんな声がした。
「……サイネリアが言うと、なんか怖いな」
「ほほう、優秀な妖精の審美眼を怖れているのですね?」
「違うんだよなぁ……」
なにかが起きると思いながら、なにも言わないのがサイネリアだからだ。
「そんなことより、あれはなんでしょうか?」
「あれって?」
「最近なにやら、白くてネバネバしたものを窓辺で広げているようですが」
「……小麦粉と水を混ぜた種だけども」
小麦粉と水を1:1で混ぜ合わせたものを、木のボウルと布巾の蓋で保管している。
「なるほど。ふふふ、ご期待ください」
妖精はそんな言葉を残して飛び去った。なんだろう。怖い。
次の日。
「ほほう、生まれましたね」
サイネリアの声で、マツカゼが起こしてくるより先に目を覚ましてしまった。
内容が不穏なので、急いで目を開いて身を起こす。
「……え、光ってる?」
「やはり、優秀な妖精は輝いて見えますか」
「そういうことではなく」
薄らと輝く光の塊に、透明な羽根がついている。
あえて言葉にするならそういうものにしか見えないものが、サイネリアを中心に、ふわふわと漂うように窓辺に浮いていた。
「
「……わーお」
昨日の意味深な話は、さてはこれを予想してたな?
「神域でこのような招待を受けて、妖精が沸かないとでも思いましたか?」
「逆にどうしたら妖精が来るって思うんだ……ただのパン種づくりで……」
ふわふわと宙に浮くピクシーが、困惑げに揺れていた。
「……まあいいよ。来る者拒まずだ」
近くでふわつく小妖精をつんとつつきながら、俺はそう答えるしかない。
綿毛みたいな感触がした。掴んだら潰れそうだ。
「ご安心ください。ピクシーは乱暴に扱わなければ、そのへんをうろつくだけで、世話もいらず無害ですので。ただし、たまにこのように窓辺に白い物を置いていただけると喜びます」
「そうなのか」
パン種を置いていた窓辺で、サイネリアが主張する。
俺はふと気になって、蓋にしていた布巾を取り外してのぞき込んだ。
「……パン種が半分くらいになってるけど」
育てていたパン種が、ずいぶん小さくなっている。これは害にカウントしないのか?
「優秀な妖精にお任せを」
がしり、とサイネリアがピクシーを掴んだ。
「そぉいっ!」
そのまま、ピクシーをパン種に思い切りダンクシュートして中まで埋め込んだ。
「乱暴に扱わないって話は!?」
「妖精同士ではノーカンです」
ぱんぱん、と手を払いながら言うサイネリア。
叩き込まれたほうのピクシーも、何事もなかったかのようにふわふわと、パン種の中から飛び上がった。半分くらい縮んでるが。
っていうか、いまパン種から生まれたのだろうか?
「このパン種を置いていたのは、発酵させる菌が欲しかったのだと優秀な妖精は推測します。これで、もう十分に発酵できますよ」
「そ、そうなんだ……」
妖精の謎が深まってしまった。
パンといえば?
「スープに浸けて食べるやつ」
「焼いたら黒くなる小麦粉」
ミスティア、千種、の順番で答えてくれた。
……いちおう、チャレンジしたんだな、千種は。
というか、ミスティアの認識がだいぶ硬そうなパンだな。
「今から作るパンは柔らかいパンだから、そのまま食べてくれ」
「やったー!」
拍手する千種と、それに付き合って拍手してくれるミスティアだった。
柔らかいパンを作るために必要なのは、時間だけだ。
パンを美味しくするために必要な工程として、生地に酵母を加えて寝かせることで発酵させ、風味とコクを増幅させるプロセスがある。
ここに工業生産されたドライイーストなどの酵母は無いので、天然酵母に頼ることにした。
まあ要するに、放置して自然に増殖してもらうことにしたのだ。イースト菌は、本来どこにでもいる。
小麦粉と水をよく混ぜて、30℃くらいの温度で数日置いておけば、それを原料にパン種ができるということである。
パン種が作られている間に、小妖精が生まれるとはまるで思わなかったけれど。
あとは、普通のパン作りと同じだ。
小麦粉と塩と砂糖にお湯を加えて混ぜてから、捏ねる。
で、鍋の中に入れて、蓋をして少しだけ鍋を温める。その中で生地を寝かせ、一次発酵させる。倍くらいに膨らんだら、ガス抜きをしてもう一度丸める。生地を分割して丸く整形し、鍋に戻す。
また鍋の中で寝かせて発酵させたら、弱火でじっくり両面を焼いていく。
「あれ、パンって、鍋でやるんですか?」
焼いていたら、千種が不思議そうに訊ねてきた。
まあパン釜とかオーブンとかが普通だ。
「オーブン作ってないからな……これがうまくいったら、ピザ釜みたいなの作りたいな」
オーブンがあったらなんでもできる。
とはいえ、重要なのは焼けることだ。フライパンでもパンは作れる。ちょっと食感とか味とか違うけども。
「まあ、とにかく食べてみて、ダメだったら考えるよ」
ということで、パンは完成した。
「これでよし! 食べてみよう!」
焼き上がったパンを、まずは自分で試食するためにテーブルに並べて、俺は火の始末をする。
そして、食料庫にしている倉庫小屋からもう一つ食材を持ち出すことにした。
もう一つ、パンのために作っておいたものがあるのだ。
オレンジジャムである。
水とオレンジと砂糖があれば、ジャムは簡単にできる。あと、もしもパンがいまいちでも、ジャムがごまかしてくれる。
なので、ジャムさえ塗ればちょっとダメな時でも安心感がある。
「いただきまー…………」
「…………」「キュウ……」
小麦の焼ける香ばしい匂いか、もしくはジャムの甘い匂いなのか。その両方か。
呼んでないのに千種とマツカゼがそこにいて、試食を始めようとする俺を、じっとテーブルの向こうから見つめていた。
「…………」
「いや、これは試食で……」
とても後ろめたくなる目で見てくる、一人と一匹。さらにサイネリアがマツカゼの頭の上に、足を組んで座った。
「ほほう、続けて」
聞きかじりで作ったフライパン焼きパンとジャム。味見して美味しかったら呼ぼうと思っていただけなんだ。
あと妖精入りだし。
などという言い訳は諦めた。
「……味は保証しないぞ?」
自分で試食した一つと、ミスティアに残した一つ。
残りはマツカゼとサイネリアが奪い合い、食べ物の時だけ元気になる千種もがんばっていた。
「スイーツ! スイーツを食べられるなんて! 売れますよこれ!」
「一個いくらにしたらいいのかしら……」
甘いパンはスイーツの分類になるらしい。二人はともかくマツカゼにまで、とても好評だった。良かった。
「
「お礼なのに忠告なのか?」
どうやって腹に収めたのか、サイネリアがパンを平らげて満足げに口元を拭きながら言った。
「おもてなしには最適なので、これを出してあげれば喜びますよ」
「……誰に?」
「ふふふ、すぐに分かります。おそらくですが、近いうちにビッグなゲストが来ますからね」
意味ありげに言って、サイネリアは姿を消した。
なんなんだろうか? ゲスト?
そして、本当にすぐ答えは分かった。
「はわぁ~……ほんとに飛竜いるじゃん。激かわ~!!」
放牧場に、
飛竜が寝転がっているのを見て、めちゃくちゃ興奮していた。
……そう来たかぁ。
そこにいる龍は、蛇のように長い胴体と立派なたてがみを持つ、伝承上の四神の一角を担う青龍を思わせる存在だった。見上げるほど大きな体を持つ、まぎれもなく伝説上の生き物としか思えない姿の生き物。
「彼女が天龍です、マスター。思ったより早く来ましたね」
「飛んできたよ!」
天龍が拳を握ってキメ顔で振り向くと、サイネリアがいつもどおり無感情な顔で拳を握って決めポーズする。
……なぜだろうか。なんか厄介そう。
その息ぴったりの様子に、俺の中で若干の不安が芽生えるのだった。
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