第27話 闇の代償
川の畔にお風呂を作る計画。徐々に進めよう。
ということで、湯桶をまず作ってみた。
桶は両端に角度を付けた四角い木片を組み合わせて円を作り、それを箍という輪っかで留めて、内と外を削って薄く滑らかにすれば作れる。
まずは板を十個の木片に切り分ける。
これをつなぎ合わせて十角形にするので、両端には内角の二分の一の角度をつける。
十角形の内角の和は『180(n-2)°』の公式で1440度。これを10で割ると内角は144度。2分の1だから72度になる。
とりあえず三角形を作ってだいたい72度にした型を作り、それに合わせて板材を切った。
「……あれ?」
大まかに切って微調整するつもりだったのが、何回やっても一発で角度が合う。
さては〈クラフトギア〉の力だなこれ。
まあいいか。
桶職人は桶専用の道具で、丸太を割るだけで俺みたいに面倒な計算しなくていい道具を持ってるわけだし。
これくらいの抜け道は許してもらおう。自分に。
ともあれ、これが側板という桶の側面になる部品だ。
桶なので上の方が大きく、下の方が細い円筒が作りたい。なので側板は台形になるように切る。
厳密な計算はいらないが、上辺と下辺のちょっとだけの幅の差が、10倍の円周の差になるので気をつける。
あとは鉋で削って大まかに円みをつけておく。調整は後回し。
木片を合わせて十角形にしたら、樹皮で編んだ太い紐で縛って木の棒で引き締めて、ぴったりと板を繋ぐ。
そのまま『固定』すれば、まずは十角形の円筒ぽいものが完成。
上下の端を切り落として真っ直ぐにしてから、外側と内側を丸鉋で削り、円筒にする。
本当なら、仮止めでも箍が必要だと思うが『固定』してあるので問題は起きない。まあ見栄えのために、完成品には樹皮で編んでつけておこう。
次は底板。
内側の径が細い方が底だ。そちらに近い方に、底板をつけるための溝を掘る。
その溝の径に合わせて、板を円形に切って鉋掛けする。
底板を溝に木槌で叩いてはめてやれば、もうだいぶ桶だ。
あとは樹皮の箍を巻いて、もう一度ぎゅっと締め上げてから隙間無く『固定』する。
仕上げにあちこち鉋ややすりで手触りを良くしてやって、完成だ。
水を入れたが、どこからも漏れない。
湯涌のできあがりだ。
「まあ、入れるのは水なんだが」
新たに作った桶で、千種がばしゃりと頭から水をかけられている。
「ひいぃっ……!」
「ソウジロウ! この桶ぜんぜん漏らないわー!」
「それは良かった」
川に頭を入れることをためらう千種を見たおかげで、俺も桶という道具の不在に気付いた。
……人がいると、いろいろ創作意欲が湧いてくれるな。
わりと楽しい。それに、困ってるところに必要な物を作るのは、すぐ役に立つのでそれも嬉しい。
この調子で道具を増やそう。お風呂場を作る計画、じわじわとやっていきたい。
浴場は木と石さえあれば、全部作れるはず。
ヒノキみたいな良い匂いのする木材で、浴槽を作ったりしてやりたい。
夢があるな。総檜風呂。
「こ、これすごい透けてるぅ……」
「そうよね! 透けるくらい薄くて軽くて肌触りが良くて、モス・シルクってほんと最高よね!」
「あっ、ソウデスネ……」
浴着をもらえた千種が、ミスティアと一緒に川に入っていた。
通じてるような通じてないような会話をしつつ、一緒に沐浴している。
「わあ、プロポーション完璧だぁ……」
「チグサ、そっち川だよ?」
じりじり川の深い方へ下がっていく千種。
せっかく慣れてきたところなので、あまり恥ずかしそうにしないでほしい。
「あっ、おさかな。お魚だぁ。アイツなら私でも勝てるもんねぇ……。千種影操咒法――〈蛸〉!」
バシャン、と蛸足で魚を獲るという現実逃避を始めた女子高生。
「こらっ、チグサ。沐浴中にはしゃいだらだめだってば。モンスターが来るわよ」
「そんな怒らな――ぷ」
静かに。
そして唐突に、千種の姿が沈んで消えた。
「――ソウジロウ! 襲われてる!」
「〈クラフトギア〉――!!」
救出した千種は、寝転がったまま虚ろな目でビクビクと身を震わせている。
その全身にドロドロの粘液がまとわりついていた。
「ひゅー……は、ひゅー……」
「ああ、びっくりした」
「イビルスライムの亜種かな、たぶん。闇魔法に引き寄せられたのかも」
半透明なスライムが透明な水の中から寄ってきて獲物を引きずり込むとか、初見殺しにも程があるモンスターだ。
溺れる人間はバシャバシャ暴れるどころか、水面下で静かに沈むだけだ。
「見張りって大事だな……」
「ハシャがない方が大事よ? 普通に入ってる分には、襲われたことなんてないし。気配で気づけるし」
「あっ……すみま……ゲホッ……!」
「……まあ、今はそっとしておいてあげてくれ」
言いつつ川をもう一度見る。スライムはもういない、と思う。
しかし、目を凝らしていたら妙な物を見つけてしまった。
「なんだこれ。こんなのあったか?」
ガラス玉。
一見すればそう思ってしまうような、ゴルフボールくらいの灰色の球だ。
表面がツルツルなので、ガラスに見える。
拾って手に取ると、ちょっと硬い感じがした。
「イビルスライムの細胞ね。核から切り離された細胞が、固まって球状になるの。スライムが食べると、すぐ生きた細胞になるのよ」
「切り離されても、転がった先で仲間とか元のスライムが食べれば体積が復活するのか」
生命の神秘。
硬くて軽い。この材質なら地面の上でも多少転がるし、川の中なら流れで遠くに転がりつつ、魚や虫には食べられないわけだ。
「群れた時が大変なの。全部の核を潰さないと、その場で巨大なスライムになっちゃうから」
一匹潰してもその隣がすぐ吸収する。あるいは、複数の核を持つ巨大な塊として動く。
どっちにしろ、大変そうだ。端から切るとすぐ元通りになるわけで。
「それは相手したくないな。面倒くさそうだ」
「ま、私なら魔法で焼いちゃうけど」
「あー」
体細胞なので、焼いてしまえば細胞が死ぬ。賢い。
「でもほら、核が無かったら安全だから」
ミスティアが同じような球を二つ拾って、くっつける。しかし、スライムボールは一つにならず、カチカチと音を立ててぶつかった。
「軽くてちょっと硬い……プラスチックみたいだな」
「すべすべしてて、感触目当てに買う人がいるわよ。安いけどね。弱いスライムもたまにこういう細胞を残すから、初心者冒険者の金策の一つよ」
「なら、この森のスライムは強いってことか」
「そういうこと」
砕いた細胞が、わりと広い範囲に転がってる。
たまに残す、程度じゃこうはならないだろう。
ガッ、と石を割るような音がした。
そちらを見ると、復活した千種がスライム細胞を石で割っていた。
「ゆ、油断してなければ……スライムなんかにぃ……」
最強魔法使いのプライドが傷ついたらしい。
「……割られるとまた小さい球になるのか。すごいなスライム」
二つに割られたスライム細胞は、二つの球になった。
ちょっと面白い。グリフィンの爪といい、異世界の魔法生物は面白い素材になる生物がいて良いな。
「まだ新鮮だからねー」
ミスティアはのほほんとそんなことを言った。
「チグサ。裸で川の中にいるときは、闇魔法は禁止だからね」
「あっ、はい……」
でもやっぱり注意はされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます