第26話 郷土料理の美味しい形

「へえーっ、ソウジロウと同郷の人なんだ。よろしくねっ」


「あっ、よよろしくお願いします」


 マツカゼによだれまみれにされながらただいまをしたミスティアが、改めて千種に向き合っていた。


「ただでさえ珍しい異世界から客人まれうどが、二人も同時にいるなんてすごいわねー。すごく可愛いし。服も変わってるけど素敵ね。やっぱり、チグサも強いの?」


「あっ、陽キャの日照りが眩しい……!」


 最初はどうなるかと思ったけど、仲良くなってくれそうだな。

 良かった良かった。


 そしてミスティアが帰ってきてくれたので、準備していたものに取りかかれる。


「ねえねえソウジロウ! あんなに立派な小屋があって、びっくりしたんだけど!」


 できあがってる二つと、作りかけの三つ目を指差してミスティアが目を輝かせてる。


「ああ、新しい寝床だよ」


「ほんとに!? 相変わらず、あっという間にすごいことするわね!」


「まだまだだよ。天井あたりに物が置けるようにして、収納を増やしたりしたい」


 取り急ぎ寝られるようにしただけだ。


「ふーん、いろいろ野望がありそうね。楽しみ!」


「まあ、まだまだやれることが山ほどありそうだから。古い小屋を移設したりする大仕事の時は、また手伝ってほしい」


「まっかせて!」


 太陽のように輝く笑顔で、ミスティアは答えてくれた。


 こんなに喜んでくれると、やり甲斐あるなー。





「わあー、一つ目でも綺麗に仕上がってる! ひろーい!」


「前の小屋より大きくしたし、これくらいあると部屋って感じがするかと思って」


「うんうん、わかるー!」


 小屋の中には、普段は畳んでおけるベッドとテーブルだけつけておいた。

 蝶番を木で作って、壁にペタッと天板をくっつけておく。使いたい時は板を持ち上げて、裏についてる脚を壁につっかえる形で伸ばせばいい。

 使わないときは壁に吊り下げておけるので、その状態なら小屋の中は三畳ほどの広さがあるわけだ。


「床も板張りなのは、なんだか進化した感じがするわね!」


「寝られるくらい滑らかに仕上げたし、厚めの床材だから断熱効果もある。これで多少なら寒くならないはず。……まあ、これからしばらくは、暑くなっていきそうだけど」


「いいんじゃないかな。無駄にはならないし。でも、一つ聞いてもいい?」


「いいけど?」


「なんで二人とも靴脱いだの?」


「あっ……」


「えっ……」


 俺と千種は、入り口の前で靴を脱いでいた。


「……クセで」


 今度の小屋は基礎で地面から浮かせたので、上がり口に石を置いている。そこでつい脱いでた。

 習慣って怖い。


「お兄さん脱いでたから、土禁なのかなって……」


「どきん? わかんないけどわたしも脱いでくる」


「いや、べつにいいよ」


「えー、仲間はずれ? 良くないわよそういうの」


「いや、三和土も作ってないのに土禁はおこがましい」


「こだわり……」


 千種がちょっと笑ってた。


「分かった。ニホンが関係あるでしょこれ」


「あっ、当たりです」


 ミスティアが言うと、千種がこくこくうなずいていた。


 三つ目の小屋ができあがった時に『どれを誰が使うか決めよう。案内して!』とかミスティアが言い出したので、小屋を一つずつ回ることになったんだが。


 ミスティアが「この小屋の下ってどうなってるの?」とか「屋根も高いのに早かったね!」とか言うたび、俺や千種からいろいろと説明する。

 次第に千種も口数が増えていき、作業の途中でマツカゼが乗っかってどうにかしようとした話など、話題が増えていく。


 ……そういえば、千種にとってもこの小屋は”仕事の成果”か。


 働かせてしまっている――なんて思っていたけど、もしかすると、千種にも作る喜びがあったかもしれない。


 天井を見上げながら嬉々として着工した時のことを語る千種の様子に、俺はそんなことを感じていた。





 さて、これで全員揃ったので、手間のかかる料理ができる。


 俺は鍋に水を張って捨ててをくり返していた。


「なにしてるの?」


「ミスティア、実は千種が油をくれたんだ」


 千種がたっぷりくれたのは、植物油だった。オリーブオイルである。

 めちゃめちゃありがたい。


 熊とか猪とかいるので、油が無いわけでもない。

 ただ、植物油は料理をするにも別のことにもいろいろと便利だ。動物性脂肪のように常温で固まらないし、香りもクセが少なくて使いやすい。


 液体は持ち運ぶには容器が必要なうえに、重くてかさばる。

 塗料を買った時点で、油をたくさん買って持ち帰ってくるのは、諦めていた。

 しかし、魔法が使える千種にとっては、腐らないので持ち運びやすい物だったという。


 そんなわけで、油が大量にもらえた。


「だから、俺の郷土料理を作ろうかと思って。めっちゃ美味しいやつ」


「……わざわざ私が帰ってくるの、待っててくれたんだ?」


「当たり前だろ」


「へえー? えへへ、分かったわ。期待してるね!」


 ミスティアが言葉どおりの期待した顔をする。

 綺麗な瞳を煌めかせる、向けられただけで心が浮き立つような表情だ。


 ミスティアは、こういう顔がとても自然で決まっている。


「そういえば、千種はなんでそんなにたくさん油持ってたの?」


「わたし、料理、できないので……」


 千種が暗い顔で言った。

 誰も怒っていないのに、なぜかすでに悪いことが起きた後のような表情。


 千種も、こういう顔はお手本のように決まっている。


「料理ができないと、油なの?」


「そ、そうです。魚を捕って煮えた油に入れると、料理になるんですよ……うぇへへ……」


 それは料理にはなってないな。


「昔のテレビで芸人がやってたやつ」


「えっ、YouTubeでやってましたけど……」


「えっ?」「えっ?」


 ジェネレーションギャップ。


「私も見たーいっ。ソウジロウがやるんでしょ? 見せて見せて」


「いやそれじゃないんだ。似てるけど」


 俺が鍋で作っていたものは、でんぷんである。


 でんぷんをたくさん含んだ植物をすり下ろして布で包み、中で何度も絞る。

 すると、水がとても濁る。


 濁りは植物の粉だ。粉が沈殿するまで待ち、沈んだ粉を捨てないように気をつけながら、汚れた水だけを捨てる。

 それをくり返していくと、汚れだけ流されて白い粉だけが残る。

 そして残った白い物がでんぷんの粉――いわゆる片栗粉だ。


 学校の授業でもやるやつ。


 ちなみにでんぷん質な植物の代表格は、芋類。

 そして芋類のように根っこに栄養を蓄えて鱗茎を作る野草があったら、だいたいでんぷんが取れると思っていい。


 そういう野草を、俺はウカタマと一緒に見つけてきていた。

 ツルボに似た感じの野草だ。引っこ抜くと、根に鱗茎がついている。


 鍋で作ったでんぷんを、ミスティアに頼んで魔法で乾燥させれば、片栗粉のできあがりだ。


 あとは、あらかじめ漬け込み処理ブライニングしておいた肉だ。


 水に塩と砂糖を溶かしたものを、ブライン液と言う。これに肉を漬けておくと、肉が柔らかくジューシーになる。スパイスやハーブも一緒に入れておけば、香り付けもついでにできる。


 ぷりぷりとした身質の兎肉。濃厚な脂の味わいがある熊のヒレ肉。そして国産豚よりも上質な魔猪のヒレ肉。

 ブライン液に入れた食材を確認して、材料は揃った。


 油・片栗粉・肉。


 とくれば、それで作る郷土料理はもう決まったようなもの。


 ――竜田揚げである。




「おっ、美味し……!」


 一口、カリッと良い音を立ててかじったミスティアが、驚いて目を見開く。


「から揚げえええぇ……!!」


 いやそれ竜田揚げ――とか無粋なツッコミすら憚られる勢いで、千種が泣いていた。


 二人の反応に満足して、俺もカラッと揚がった衣の感触と、特上の肉の味わいを堪能する。

 口の中で弾けるようなカリカリの食感に、その奥から溢れ出る肉汁と油の甘み。噛み締めるほど快感と旨味でいっぱいになっていく。


「この食感……たまらないな……」


 それほど現代日本の料理と離れていないはずなのに、ずいぶん懐かしくて久しぶりに感じた。

 まあ、から揚げって週に二回くらいは食べてたしな。


 素揚げに近い塩と片栗粉だけの味つけ。

 にも関わらず、こんなに味覚を刺激してくれるのは、揚げ油の香りと味を衣が受け止めたからだ。

 カリカリに仕上げた衣の、歯触りを楽しみながら噛み崩す快感。

 肉の繊維をぷつりと噛み切るたび、肉汁と油がじゅわっと口の中に弾けて、本能的な喜びを与えてくる。


 あーこれ、ものすごいうまい。最高。


 スープに入れたツルボの鱗茎がほくほくで、こちらもまた美味しい。


「ほんっとうに美味しい! チグサのおかげだね。ありがとう!」


「ひぇええ……からあげぇ……。三年ぶりのからあげぇ……ふぇえええ……」


「たぶん聞こえてないぞ。……まあ、気持ちはちょっと分かる」


 三年ぶりのから揚げなんて、俺ももしかしたら語彙が吹っ飛ぶかもしれない。


 全員があまりに興奮したせいで、マツカゼがあてられてテーブルの下を走り回ってる。


 やばいやばい。落ち着こう。


「……〈クラフトギア〉」


 ちょっと思いついた。

 枝を手に取ってナイフで削り、細い棒にする。


「千種、はいこれ」


 俺が差し出したものを見て、千種が衝動的に飛び上がって叫んだ。


「あっ……!!!?!? からあげ――串……!?」


 三つのから揚げを串に刺しただけだ。

 意味は無いけど、日本人なのでそれに意味を見出してしまう。


「お兄さんは神です……!!」


 から揚げ串を受け取った千種が、それを見つめながらつぶやいた。

 高校生が三年ぶりのから揚げ串に何を思うのか、推して知るべしだ。


「串に刺すと神様なの? 私もやっていい?」


 ミスティアが真似しようとしてる。


「いや、えーっと、なんだろう。説明が難しいな」


「? あ、分かった。これ”オハシ”と関係あるでしょ」


「いやそこは無いんだ」


「びゃああぁ……おいしいぃ……」


 そうして、山ほど作った竜田揚げは、全て三人の腹に収まっていた。

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