第三章
第19話 JKが隠れていた
帰り道で、ミスティアが胸を叩いて言った。
「じゃあ、私は予定どおりちょっと岩塩を採ってから帰るわ」
塩だけは別のところで調達する、と言われていたので、それは予定どおりだ。
「付き合えなくてごめん」
「ぜんぜん大丈夫! こー見えて私って岩塩とか切り出すの得意だから!」
予定と違うのは、思ったより大荷物になったので、途中で別れて行くことにしたことだ。
俺の背中には、鞄だけでは収まりきらなかった荷物が、頭より高い位置まで積み上げられてロープで固定してある。
さながら山登りのシェルパだ。
幸い、そこまで積んでも、重さはそれほど苦にならない。これはおそらく、体が頑丈とかそういうレベルじゃない。女神様の力を感じる。
俺は荷物を背負って拠点へ。ミスティアは岩塩掘りに。
道については、ムスビが俺の面倒を見てくれることになった。
「気をつけてね」
「お互いにな」
ミスティアと別れて、俺はムスビにたまに方向を指示されながら森をかき分けて歩いた。
「……そういえば、ムスビ。ちょっと行きたいところがあるんだけど、お願いできるか?」
ふと、思い出したことがある。
ムスビにお願いしてみると、白い翅をぱたぱたと動かして、精霊獣は請け負ってくれた。
拠点に帰る前に、俺は寄り道をしていた。
「あったあった」
見つけたのは、川沿いに置いておいた、簡易シェルターに戻るためのマークだ。
俺が目指したのは、初日に作ったシェルターのある場所である。
というのも、あれの外壁は〈クラフトギア〉で固定してある。
放っておくと、あの壁だけ不自然に何万年でも残ることになるのでは、という危惧があった。
俺が死んでも力は生きてるんだろうかとか、いろいろ疑問はあるが。
しかし『来た時よりも美しく』という言葉もある。
永遠に残る(かもしれない)シェルターを放置しておくのは、なんとなく気がかりだった。
「後片付けは大事だよな」
ついてきたムスビは、俺の言葉に触角を振って同意してくれた。
しかし、川辺から少し歩いたところでちょっと意外なものを見つける。
焚き火の跡だ。
俺のものじゃない。地面の上でかまどを作ってもないし、見たところまだ数日しか経ってない。
「……誰かがここで、火を使った?」
ミスティアでもないだろう。煮炊きは全て拠点でやってるし、なんというか……雑だ。
「念の為、だな……」
俺は背中の荷物を近くの木に『固定』して、肩の荷紐から体を抜いた。
それから、とりあえずその場で声を張り上げる。
「だれかいますかー?」
森の中に大声で呼びかけるが、返事は無い。
「うーん……。とりあえずシェルターを見に行くか」
ムスビと一緒に、シェルターの方へと足を向けた。
やがて、もはや懐かしくすら感じるシェルターが見えてくる。
「だれかいますかー?」
もう一度声をかけてみても、やっぱり返事は無い。しかし、
「ん? シェルターが……暗い?」
明らかに違和感があった。
簡易シェルターの中に、完全な闇が充満していたのだ。入り口からのぞき込める位置に立っても、まったく中が見えないほど、不自然に黒く塗り潰されたように暗い。
まるで黒い絵の具で塗り潰したみたいに。
「うーん?」
俺が首を傾げて中をのぞき込もうとすると、ムスビが羽音を大きく立てて肩を掴んだ。ぐいぐい後ろへ引っ張ってくる。
テントに近づけたくない、という感じで。
……あの闇を、嫌がってる?
疑問に思った時だ。
不意に、森の奥からパキパキと音がした。
この気配には、今や慣れたものだ。臨戦態勢を取る。
「ムスビ、気をつけて」
音に振り返れば、驚くほど巨大な熊の魔物が、すでに近くまで猛突進してきている。
腕に剣のように鋭く尖った甲殻を生やした、巨大な羆の襲撃だ。
近い。
だが、既に手の中には〈クラフトギア〉が顕現してある。あとは腕を一振りすればいい。
「
しかし、俺が得物を投げるより早く、声が響いた。
シェルターの闇の中から、
「〈蛸〉!」
黒い蛸足がぞぶりと溢れ出て、突進してきた熊に殺到した。
虚を突かれたらしく、熊は為す術も無く謎の蛸足に四肢を絡みつかれ、太い胴を締め上げられる。
巨大な羆をなお圧倒するほど巨大な蛸足。それは、場所が海であったら伝説のクラーケンかと思うような光景だ。
黒い触腕はぬめぬめとしていて昼なのに夜の中にあるように暗く目に映り、かと思えば玉虫色の体液に濡れている。
そして、蛸足を生やしたシェルターの闇から、闇と同じ色の外套で身を包んだ人間が顔を出した。
それは、若い女の子だった。
「ククク、私は〈黒き海〉の――」
「〈クラフトギア〉」
蛸足で動きが止まった熊の頭を、下からハンマーが打ち砕く。
二階建てビルくらいの高さに吹っ飛ぶ熊。ついでに巻き込まれて爆発四散して飛び散る蛸足。
蛸足が唐突だったので、振りかぶったハンマーを止められなかった。
「ア゜っ――――――――――――ダメだこれ」
ハンマーを呼び戻しつつ、簡易シェルターを向いて呼びかける。
「……おーい、いま誰かいたよな? 襲われてたとかか?」
なんか出てきたはずの女の子が、一瞬でまたシェルターの闇に戻っていった。
真っ黒なシェルターの中から、声がする。
「だ、誰もいませぇん……」
いるだろ。
心の中でツッコんだ時、俺の横に熊の頭が落ちてくる。
どうやらハンマーは喉に当たって首を吹っ飛ばしたらしい。
その熊の頭を見ると、なぜか、牙に白い布が引っかかっていた。薄くて頼りなく、破れ、ひらりと揺れている。
「……パンツ?」
言い換えると、女性用下着だった。
なぜ。いまどういう状況だこれ?
さすがに困惑していると、ムスビがずいっと前に出た。
魔法陣から糸を射出して、シェルターの中に撃ちこむ。
「うひゃあああっ!? なにこれ!? ベタベタのなんかが!?」
シェルターの中から悲鳴。
先ほどの女の子のものだろう。
ムスビが上に飛んでいく。
すると、闇の中から糸に引っ張られた女の子が姿を現した。
「ぎぇえええええっ!?!?!?!?」
女の子が、女の子らしからぬ悲鳴を上げて飛び出てきた。
ムスビの糸で足を捕らえられた女子高生が、逆さ吊りにされている。
そう、女子高生が、である。
俺も見慣れている、日本の高校生が着るセーラー服。そんなものを着た女子高生が、現れたのだ。
「落ちるー!? いや引っ張られるー!? どどどどっちなんだー!?」
どうやら混乱している様子の女子高生。
俺だって混乱してる。なんでセーラー服着た女子高生が、異世界にいるんだ?
たくさんの謎が一気に生まれている。
……ただ、熊が誰の下着食べてたのかだけは、分かってしまったが。
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