第14話 犬じゃなかった日

 朝、マツカゼの声と体重で起こされる。


「おはよう……おはよう! おはよう!」


 声が小さいと起きてないと判断されるのか舐め続けるので、慌てて腹から声を出した。

 寝起きなのでもうちょっと容赦してほしい。


 昨日、トイレを張り切りすぎて俺の小屋に扉はまだついてない。

 でも窓は作った。それと、天井付近に採光用の小窓の穴を開けて、ムスビからもらった光が透けて通るくらい極薄の布を張っておいた。

 だから、小屋の中でも明るさで分かる。めっちゃ早朝だ。


「お前は早起きだね……」


 わふっと鳴いて答えるマツカゼと共に外に出ると、やっぱりストレッチしてるミスティアの姿がある。


「ソウジロウ。おはようっ!」


「こっちも早起きだわ」


「ん?」


 エルフも朝から元気はつらつだった。

 俺も深呼吸して頭をしゃっきりさせる。


「おはよう、ミスティア……と、ムスビ」


 もふん、とどこからか飛んできたムスビが頭に乗って主張してきた。





 俺も軽く体を伸ばしてほぐしてから、少し周辺をミスティアとマツカゼと一緒に歩いて回った。

 今日はどこ伐採しようかとか当たりをつけたり、見かけた野草を採ったりもする。


 一回りして散歩を終えたら、川で沐浴タイムだ。


 昨日と違うのは、ムスビが体を拭く布を作ってくれていたのでミスティアの浴着を共有しなくて良くなったこと。

 ちょっとほっとする。


 拠点に戻ったら、作りたてのテーブルと椅子で朝食にする。


「……ウッドデッキ作ろうかな」


 地面の上に食卓を置いて食べてると、なんとなく違和感がある。


「ソウジロウって、意外なところをこだわるわね」


「変かな?」


「ううん、いいと思う。私には考えつかないことばっかりで、とっても楽しいもの」


 くすくすと笑うミスティアだった。

 俺としては、食べる環境は重要な話だ。だって前世でそれで食べる楽しみ忘れたし。


「まあ、取り急ぎ必要な物があったら教えてくれ。俺も、森の中で長く生活したことないから」


 〈クラフトギア〉の力があるとはいえ、俺の手は二本しかない。

 狩猟採集という、サバイバルでいちばん時間がかかる部分はミスティア任せだ。


 狩りをして肉や野草を採ってきてくれるのは、正直とてもありがたい。


「ぜーんぜん満足してまーす」


 笑顔でそう答えてくれるミスティアだった。


「あ、でも大物がいたら、お願いね」


「その時はもちろん呼んでもらうなり、ここに誘導してくるなり。頼ってくれ」


 この森には四百キロくらいありそうな魔猪とかが普通にいるらしい。

 ちなみに魔猪よりミスティアの方が強いという。

 でも現在のミスティアの狩りはマツカゼの保護をしながらなので、少し手強くて大きいのが出たら、この拠点に誘導してもらって俺が仕留める手はずになっていた。


「そういえば、毛皮はムスビが鞣してくれるって」


「ほんとに? ありがとう、ムスビ」


 塩水を入れた容器でぱしゃぱしゃと水を被っているシルキー・モスは、俺の投げかけた言葉に触角をふりふりして応えた。


 ちなみに、塩水と葉っぱがムスビの食べ物である。

 それだけで布と皮鞣しまで頼んでしまうとは、こちらが申し訳なくなる。

 なにしろ、ムスビは俺の小屋の屋根上で寝てるだけで、家すら作ってやってないし。


 朝食を終えて、ミスティアは狩りの支度をする。

 その足下ではマツカゼが散歩に行く前のような顔で、機嫌良くうろついていた。


「そういえば、マツカゼの犬小屋を作ってやらないといけないよな。マツカゼって、どのくらいの大きさになるんだ?」


「ん? すごく大きくなるわよ」


「見た目からして、レトリバーくらいにはなりそうだけど……」


 足がすごく太いのだ。こういう犬は大きくなる。


「最終的には、ソウジロウを乗せて走れるくらいかな」


 あっけらかんと、ミスティアはそんなことを言った。


「……犬なのに?」


 それはジブリの世界では?


「犬じゃないもの。魔獣にして魔狼、ブラックウルフの幼体よ、マツカゼ」


「じゃあ馬くらい大きくなるってことか?」


「うん。そう」


「え~!?」


 驚きのあまりマツカゼを凝視すると、魔狼の仔はわーいと駆け寄ってきた。


「ウルフ……狼だったのか、お前……」


「なんでそんなにびっくりしてるの?」


「てっきり、犬だと思ってた……」


「そんなに落ち込むこと?」


 寄ってきたマツカゼを撫でつつ、答える。


「ずっと、犬を飼うのが夢だったんだけど、これは果たして叶った扱いしていいのかなっていま混乱してるんだ……」


「そうなんだ」


 衝撃の事実が発覚した。

 でも、マツカゼは気にしてなさそうだ。注目されて嬉しそうに俺にじゃれついてくる。


「ま、いいか」


「あ、立ち直った」


 気を取り直して、俺は想定していた犬小屋から大幅に予定変更を余儀なくされた。


「それなら、馬が入れるサイズにしないとダメだなー。猟犬サイズで考えてたから、場所から考え直さないと」


「そうやって受け容れてくれるところ、ソウジロウの良いところよね」


「拾った生き物を、途中で投げ出したりしないさ」


「んっふっふー」


 ミスティアは嬉しそうに笑う。


「どうかした?」


「神璽に選ばれたのがソウジロウで、良かったなーって。ちょっと思っただけ」


 そんなアクシデントがありつつも、マツカゼの犬小屋――狼小屋?

 まあともあれ、でかいのを作ることになった。


 ちょっと伐採と板材加工を頑張らないといけないようだ。


 頑張ろう。


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