第6話 文化の違い
着替えを済ませたミスティアは、長い髪を後ろ頭に結い上げた、闊達な美少女という趣のあるエルフだった。革細工の鞘を腰の後ろに吊したその姿は、華やかな女戦士のよう。
「どうでしょう。失礼じゃなくなったかしら?」
「とても綺麗だ」
「やだもー! 口がうまいんだから。ソウジロウは女たらしさんなの?」
「いや、正直者で通ってるよ」
「そう。なら、ありがとう」
にっこりと笑顔を浮かべてから、しかしすぐに眉根を寄せる。
「でも困ったなー。ストームグリフィンの相手をしてるうちに、荷物が荒らされたみたい。他の魔獣が掠め取ったのね。拾い集めたけど、この服と手荷物くらいしか残ってなくて。弓が持っていかれたのはつらいわね」
やっぱりエルフ。弓を使ってたらしい。
昨日は持ってたのに今日は持ってないのは、そういう事情か。
「森に住んでるなら、どこかにエルフの集落があるんだろう? 良ければ、送っていくよ」
「え? 違う違う。ハイエルフの集落は、ずっと遠くよ。私は一人暮らし。ここ十年くらいは、ずっと森の中をうろうろしてるかな」
「……何か、事情がある話だったか?」
「んーん。大した話でもないわ。集落を出たのも、ずっと前の話だし。森で暮らしてるのは……私の意地かな」
ミスティアは恥ずかしそうに笑った。
「意地?」
「ここはエルフの始祖が祝福したのに、子孫の私たちが住めなくなった”神樹の森”ですもの。ここにしかいない生き物も、ここにしかない樹木も、たくさんあるから。千年手つかずの森……ここの利用方法を探すのが、私の挑戦なの」
「難しいことだからこそ挑戦したい、みたいな?」
「そういうこと。分かってるわねー」
うんうん、とうなずいているミスティアに、さらに聞いてみる。
「でも、千年も手つかずなのは、なんでなんだ?」
「あらら。それ、本気で言ってる?」
眉を上げて、きょとんとするミスティア。すらりと短剣を抜く。
そのまま、手にした大ぶりの短剣で鋭く生木に突き込んだ。甲高い金属音。しかし短剣は木に食い込むこともなく、樹皮が少し剥がれ落ちる程度。
深く突き立てるには充分な勢いだったにもかかわらず、である。
「ほら、石みたいに硬いもの。こんな感じで、魔獣も植物も、強すぎるのよね。神代の始祖が霊脈の源泉として作った木々の息づく神樹の森は、それを扱う至宝を争いに用いて逸失し続けたことで――」
「なるほど?」
指を立てて解説してくれるミスティアには悪いが、試しに〈クラフトギア〉で同じ木を刺してみる。刃渡り三〇〇ミリ、大ぶりの剣鉈だ。
すこんと根元まで埋まった。うん。
「…………」「…………」
無言で顔を見合わせる。
「えへへー」
笑うミスティア。
「ははは?」
愛想笑いする俺。
「ふゥゥッ――!!」
ミスティアは唐突に短剣を逆手に構えると、鋭い踏み込みで体ごと剣を打ち込んだ。先ほどの怪鳥が相手なら、当たればトドメを刺せそうな勢いで。
鉄を引き裂いたような音がして、〈クラフトギア〉の横にミスティアの短剣が突き立つ。が、その刃は半ばで止まり、神器のようには刺さらなかった。
「負けた~!!」
がっくりと地面に両手を突いて叫ぶミスティアだった。いや、道具頼りだからこれ。
落ち込むミスティアを、子犬は顔を舐めて慰めていた。
「神器を宿す
神器って思ったより貴重なのかもしれない。俺の事情を説明すると、ミスティアが力いっぱいそんなことを言ってきた。
「いや、こちらこそ物知らずですみません。あと普通に話してくれると嬉しい」
「あはっ、だと思ってた。そうします! まあ、負けたのはちょっと悔しいけど、相手が神璽じゃ仕方ない!」
調子を取り戻して、そう言ってくれるミスティアだった。
「それで、塩が欲しいんだっけ? 良かった。それなら、隠し倉庫にまだあったと思うから、分けてあげられるわ。日頃の用心の賜物ね」
いぇい、と笑ったミスティアがピースした。
この世界にもピースサイン共通なんだろうか……いや、それはいい。
俺は慌てて引き止めた。
「こんな災難に遭ってるんだ。俺のことはいいよ」
「そうはいきません! こう見えても、ミスティアさんたら義理堅いんですから。子犬のお届けに命の恩人まで重なってて、私の義理はもうかっちかちです! 取ってくるから、少しだけ待っててね」
言うが早いか、ミスティアは一メートルほどを軽い動作で跳躍。その頂点近くで足下に不可思議な魔法陣が宙に浮いたと思ったら、それを蹴ってさらに高く跳んだ。
樹上に舞い上がった森の精は、そのまま枝を伝ってどこかへ走り出していった。
その場に取り残された俺は、子犬と共に魔獣に粉砕されたミスティアのキャンプ地を眺めるしかない。
「……ふむ」
テントは引き裂かれた切れ端くらいしか残ってないし、何かを入れてたらしい陶器の壺も割られて粉々。中身は荒らされて、もう半分土と混ざって見分けがつかない。たぶん一番の大荷物だったと覚しき、布の袋っぽいものを引きずった跡もある。
この森に住んでいる、と言っていた。なら、少なくとも一ヶ月以上は滞在していたはず。
そこで
そこまでの不運の渦中にあっても普段どおりに振る舞えるのは、まったく大した人物だと感心するしかない。
「お礼が言えてえらい、か。ほんとだな」
女神様は正しいことしか言わないな。
感心していると、俺はふと動物の気配を感じた。そこにいたのは、またしてもあの凶暴ウサギである。
「……少し早いけど、メシでも作るか。塩ももらえるし」
わざわざ塩を取ってきてくれる彼女には、お礼をしたいところだった。
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