第8話 飲み物
「お飲み物は何かいります?」
「いえ、お構いなく」
案内されたのは宿の一室だった。テルトナが泊まっているのだろう。そこかしこに、錬金術のための器具らしきものが広げられている。
並べられたフラスコの一つはコポコポと泡立っている。時おり、ポフっ、ポフっとフラスコの口からピンク色の煙が吹き出していた。
──ここで飲み物を頂くのは、ちょっと遠慮したい……
「そうですか。では私だけ失礼しますね」
肩をすくめたテルトナが、ちょうど私がみていたピンク色の液体のはいったフラスコを手に取る。
──え、それ!?
私の座る席の向かいに腰かけると、ビーカーにそのピンク色の液体を注ぐテルトナ。
ピンク色の煙が、一気に広がる。
それを全く気にした様子もなく、ビーカーに口をつけて液体をすするテルトナ。
「さて、どこから話しましょうか」
真剣な面持ちで、思案するように口を開くテルトナ。しかし、しゃべる度に、その口からはピンク色の煙が漏れ出てくる。
「最初から話した方が良さそうですね。私、預言者の家系なの」
「預言者で錬金術師で冒険者ってこと?」
「本職は錬金術師のつもり。冒険者はサブね。そして、私自身は預言者ではないわ。その子孫ってだけ。ただそのお陰か勘は良いの。初めてバクシーさんを見かけたときも、ピンときたのよ。あ、この人は特別だって」
「特別、ね。どちらかと言えば、ダメな方にだろうな」
「そんなことない。バクシーさんは、何か一つ突き抜けている人。それが仮に負のものだったのだとしても、それはいつでも反転するのよ」
印象的な語り口だが、とうとうと口から溢れ出すピンク色の煙が気になって仕方ない。それでも、俺はまるで見てきたかのようなテルトナの話に、興味をひかれていた。
「反転……」
「ええ。深くは聞かないわ。会ったばかりの信頼してもいない他人に話すようなことではないのでしょう。ただ、バクシーさんは特別に見える。それも、このまえ会った時よりも。だからあなたなら、私の依頼を叶えられる気がするの」
「……それで、依頼の内容は?」
「聖水の納品。32柱の名も無き神々の手によるものが理想。無理なら亜神級のランクのものを」
俺は聖水という単語に思わず反応しかけるも、意識して抑える。
──勘がいいってだけでここまでピンポイントで俺のところに話を持ってこれるものなのか?
何気ない風を装って話を振る。
「あー、そういうのは、教会の領分じゃないのか?」
「何言ってるの。教会のだなんて。あんなのはただの水よ。本物じゃないわ」
「そうなのか。そこら辺、俺は疎くてな……。だとすると、その32柱の名も無き神々とやらの聖水は普通、どこで手にはいるんだ?」
「普通はなかなか手にはいらないのよ。迷宮の中層の宝箱からなら亜神級の聖水なら出てくることがあるみたい」
「中層か……。ちなみに亜神級って?」
なぜかそこで、俺に向かって生暖かな視線を向けてくるテルトナ。
「1柱の主神、その娘たる5柱の女神たち。そしてその眷属たる32の名も無き神々たち。そしてそれに仕える無数の亜神たちがいるのよ。聞いたこと、ない?」
「5柱の女神ぐらいなら……」
俺はシストメアも亜神かな、と思いながらテルトナの話に答える。普段教会なんていかないので、そこら辺の話はさっぱりだった。
「それで、報酬は?」
気を取り直して聞いてみる。そこまで入手難度が高いものに対して、一体テルトナはどれくらいの報酬を出すつもりなのか。
興味はわく。
「亜神級の聖水なら一瓶につき、金貨十枚。一応、オークションの最低落札価格よ」
それは俺の一月の稼ぎよりやや少ないぐらいの額だった。
「うーん。それでなんでテルトナは聖水を欲しいんだ?」
テルトナの提案してきた報酬の額は魅力的だ。シジーと約束したギルドの結成にもお金はいる。
そして、俺がお祈りポイントで手にすることのできる聖水がテルトナの求めるものであれば、二本も渡せば一月は楽に暮らしていける。
──お祈りポイントで2ポイント。お祈りを捧げるのに何時間おきでお祈りポイントをもらえるのかが、まだ正確には未検証だけど、たぶん数時間。つまり一日分で余裕で一月の稼ぎを超えるんだよな。あとはこの依頼が継続的になるか、単発で終わるかだ。継続的にテルトナがどうしても聖水を必要なら、俺が聖水を手に入れられるという情報が伝わるリスクも減るはず。それを判断するなら、テルトナが聖水を欲しがる理由次第……
俺のその質問に迷った様子を見せるテルトナ。
しかしすぐにその意思の強さが伝わってくる瞳で俺の目を覗きこみながらその口を開く。
「そうね。信頼を得るには、私から、ね」
そういうってテルトナは自らの服の首もとに指をかけた。
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