999通の不採用通知【お祈りレター】を神様に捧げた非正規冒険者、【健勝】と【活躍】の加護を貰う。

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話 お祈りレター

「では採用、不採用の結果は一週間以内に郵送にてご連絡します」

「ありがとうございました」


 俺は立ち上がって礼をすると、そのまま面接官のいる部屋を出る。


 はっきりいって、今回も面接の手応えはいまいちだった。手持ちした履歴書を渡したあとの面接官二人の微妙そうな表情。

 それに、そのあと面接中にされた質問も、どこかなげやりだった感じがした。


「あ、やばい。ペン、忘れた……」


 俺は一瞬、どうするか迷う。しかしすぐに、さっきまで面接を受けていた部屋へ引き返す。


 安物のペンとはいえ、俺はフリーの冒険者。最安値の仕事を請けて日銭を稼ぎながら、なんとか現状から抜け出そうと冒険者ギルドの採用試験を受けては、落ちまくっている身だ。


 わずかな出費もバカにできない。


「──失礼いたし……」


 ドアノブに手をかけ、声をかけようとしたところで、面接室の中から声が聞こえてくる。

 よく見るとドアが少しあいていた。


「さっきの、レキ=バクシーだが、どう思う?」

「あれは、ダメね~」


 面接官の男女の声。どうも俺の面接のことを話している。

 しかも、俺を不採用にする内容のようだ。


 もうここで聞くのをやめた方が精神的ダメージが少ないぞと、すぐさま理解する。しかし、俺は耳をすまさずにはいられなかった。


「まずは、年齢ね~」

「他の新人が十代から二十代だからな。まあこの年齢じゃあ、よっぽど優秀じゃないとな」


 女性の指摘に同意する男性の声。

 面接時に、男性の方はカロラッタと名乗っていた。今回応募した冒険者ギルド『黄金の双樹』の副ギルドマスターだ。

そして女性の名は、事務責任者のハローニだったはず。


「そして致命的なのが、このレベルとステータスね~」

「ああ、まったく。レベル5で上昇限界に達しているし、何よりひどいステータスをしている」


 冷たい声のハローニに指摘に、馬鹿にするかのようなニュアンスの返事をするカロラッタ。


「すでに成長限界を迎えていて、一切成長の余地がない。そのうえ、どれも中庸な数値ね~」

「ああ。到底、うちでは採用は無理だな。それどころか、こんなステータスじゃ、どこのギルドも採用しないんじゃないか。まあ、そんなわけでハローニ、よろしく」

「不採用通知の手紙ね~。わかったわ、いつもの内容で送っておく」


 俺は伸ばしかけていた腕を下ろす。そのままドアに背を向けると、もう帰ろう、と歩き出す。急に足が重く感じられた。


 ──ま、まあ。その、なんだ。あんな安物のペンなんて別に惜しくもないさ。……はあ、また不採用か。


 俺は廊下の途中で立ち止まると、思わず上を仰ぎ見る。なんの変哲もない天井。その普通さが、今の俺にはなぜかとても憎らしげに見える。


 ──これで、いくつ目の不採用だろうな。冒険者学校を卒業してこのかた、もう十年以上だろ。俺、いったい履歴書を何通、書き続けてきたんだ。


 指を折り、これまで履歴書を書き続けてきた日々のことを思い返してしまう。自分に冒険者の才能がないことはよくわかっている。

 低い数値のまま、成長限界が来てしまっているステータス。それでも諦めきれずに、ここまで挑戦を続けてきて、年齢をかさねてしまった。


 ──たしかここ、大迷宮都市には、冒険者ギルドが大小あわせれば二千近くはあるはず。もうそろそろ半分ぐらいのギルドに落ちててもおかしくない……


 立ち止まったまま俺の前に、ふっと人影が現れる。


「あっ、邪魔ですね。申し訳ない」


 俺は邪魔になっていたことをとっさに謝ると、廊下の脇に避ける。


「いえ、こちらこそ」


 優しげな微笑みとともに、うなずき返してきた若い女性。キリッとした意思の強さを感じさせる瞳が印象的だ。

 しかし、俺は会釈を返すと、さっと視線をそらしてそのまま通りすぎる。そんな俺を不思議そうに見ている女性の視線にも気づかずに。


「──見間違い、かしら。とても強い何かを感じた気がしたのだけれど。まるで、いくつもの祈りを、その身に受けてきたかのような……」


 背後でそう呟く女性の声も、そのときの俺には届かなかった。


 ◇◆


 迷宮のもっとも浅い層で、今日も日銭稼ぎの仕事を終えた俺は、泥のように重たい体を引きずって自宅に帰ってきていた。

 古ぼけた一軒家。死んでしまった両親が残してくれた、このぼろぼろの家が無ければ、俺はとっくの昔に野垂れ死んでいただろう。


 今日のわずかな稼ぎをしまうと、冷たい水で湿らしたぼろ布で体をぬぐい、簡単に身綺麗にする。そうして寝る前の雑事をすべて済ませると、ドサッとベットに腰かける。


 ちなみに今日の夕食も、節約のため抜きだ。


「これは、この前の黄金の双樹ギルドからか」


 居ずまいを正すと、家に入るときに郵便受けから回収していた封筒を改めて手に取る。


 応募した冒険者ギルドからの返事はすべて郵送されてくる。不在にしている日中にたまった郵便物を、まとめて寝る前のこの時間に開封するのが、いつからか習慣になっていた。


 ──いや、これはもうすでに俺の一種の儀式と言ってもいいよな。自らの運命と向き合う時間、なんてね。


 乾いた笑いをもらしながら自嘲気味にそんなことを考える。


 黄金の双樹からの返事自体は、例の会話を聞いてしまっていて、全く期待の欠片も持てない中身だろう。

 それでも習慣になっている動作で枕の下においているナイフに手を伸ばすと、慎重に封筒を開封していく。


 ナイフを枕の下に戻すと、ゆっくりと折り畳まれた手紙を広げ、目を通していく。


「──慎重に選考を重ねましたが、今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。貴殿のご健勝ならびに更なるご活躍をお祈り申し上げます、か」


 手紙はいわゆるお祈りレターだった。

 不採用を告げるそれを封筒に戻すと、ベッドの下からボロボロの箱を取り出す。これまで送られてきた不採用通知の手紙と一緒に、新たな一通をそこにしまって再びベッドの下へ戻す。


「期待なんてしてなかったのにな。……はぁ、寝るか」


 そのままパタンとベッドに倒れこむ。すぐに襲ってくる睡魔。

 どんな時でもすぐに寝れるのが、俺の唯一の特技だったりする。今回も落ち込んだ気分など関係なく、俺はあっという間に夢の中へと落ちていった。


 ◆◇


「なんだこれ。……明晰夢ってやつか?」


 気がつけば俺は雲の絨毯を踏みしめていた。周辺はすべて青空。

 歩いてみるとふわふわとした感触がする。


「雲って、ただの霧だろうに。まあ夢だからこんな感じなのかね」


 俺が夢の中で、そんな夢のないことを呟いていると、背後から声がかけられる。


「そなたが、レキ=バクシーぞ?」

「うわっ」


 全くの気配も感じられず、突然かけられた声。驚いた弾みで思わず足がもつれ、俺は振り向く途中の姿勢で尻餅をついてしまう。

 ふわふわの雲の絨毯が、そんな俺を優しく受けとめてくれる。


「ふむ」


 そんな俺をじろじろと観察しながら見下ろしている女性。俺の名前を呼んだのは彼女だろう。

 夢だからか、その容貌がはっきりと認識できない。


「確かに俺がレキですけど。えっと貴女は?」

「我は、シストメアなり」

「シストメアさん、か。聞いたこともの見たこともない人だな。夢でもそんなことがあるのか」

「我が司りしは▲%$□Θ。人にあらず。そなたに集いし祈りに応え顕現せりものなり」

「顕現? それって……」

「その身に集いし999もの祈り。我に捧げるや否や」


 シストメアが手を振る。するといくつもの見覚えのある箱が、突然現れる。どうやら俺が家中にしまっていたもののようだ。

 それが勝手に開くと中から封筒が溢れるように飛び出してくる。


 それはこれまで俺が受け取った不採用の通知だった。周囲の空間をうめつくすように、空中をただよう不採用通知。


「ははっ、999って、そういうことか。なんて夢だか、まったく。えっとシストメア様、でいいのかな。どうぞどうぞ。そんなものでよかったら持っていってください」


 夢の中ではあるが一応相手は神様っぽい。なんとなく敬語風に同意を伝える。


 ──不採用通知、なんとなく習慣で保管していただけだし。それにこれはしょせんは夢。……夢だよな?


 次の瞬間、周囲を舞う封筒がいっせいに動きだすと、次々にシストメアの伸ばした手の中へと吸い込まれていく。


「そなたに集いし祈り、確かに我が手に。そなたへを」


 封筒をすいとり終わった手を伸ばすと、シストメアがお祈りレターの定型文を告げ、俺の額にその指先を置く。

 急に俺の全身が熱くなる。


「以後も、我に祈りを捧げるがよい」


 シストメアの声を聞きながら、俺はそのあまりの熱さに飛び上がるようにして目覚めたのだった。

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