〖KAC20231〗二人二色

センセイ

二人二色

僕は漫画が嫌いだ。


絵と字もどっちもあってお得!なんて思う奴も居るかもしれないが、あれは絵画と小説の良い所をどっちも潰しているようなモノだ。


アニメチックな絵はどうしても受け付けなかったし、あの強調されすぎたフキダシにでかでかと書かれた文字を見て…僕には根本的に合わないんだと思った。


ドンッ…


そんな事を考え込んでいたら、人とぶつかってしまった。

不安定に何冊か持っていた本が手からこぼれ落ちる。


「すみません、大丈夫ですか…?」


…あっ


目の前の女子高生は…この前も居た人だ。

店主の趣味の本しか置いてないこの店だから、男ばかりで女子高生は珍しかったから覚えていた。

…派手な髪とメイクだったし、覚え無い方が無理かもしれないけれど。


「…ありがとう…ございます」


女子高生は僕の落とした本を丁寧に拾って僕に手渡してくれた。


本に対するその優しさは、この人が本当に本が好きなのを示しているようで、…何だか人は見た目によらないな、なんて思ってしまった。


…いやいけない、そんな事思っては。

僕は明日から念願の国語教師なんだから。



****



「小野寺先生、何か分からない事は?」

「あっ、…大丈夫です」

「そう。じゃあ初授業、頑張って」


学年主任の先生に送り出されて、僕は教室へ向かった。


子供の頃からの夢、国語教師…。

本が、小説が好きで好きで、でも文を書く才能は無くて。

…その文字を扱う仕事、国語教師をいつしか夢見るようになっていた。


ガラッ…


僕は勢い良く教室の扉を開ける。


教室はびっくりするほどざわざわしていて、僕が学生の頃のそれとは大違いだった。


「新しいセンセーだー」

「せんせぇ彼氏はー?」

「彼女な?お前おもろすぎ」

「ぎゃははは」


……。

でも、こんな底辺女子校に来たいとは、思って無かったけど…。


「……静かに!」


僕は威厳のある先生のように声を張り上げる。

…が、静まるどころか僕の言葉を聞いてくれさえしていなくて、初日早々から辞めたくなってしまう。


「みんな!センセー言ってるよ」


…そんな時、一人の生徒がそう声を張り上げた。

クラスのまとめ役なのか、彼女の一声で皆大人しくなる。


「…ありがとう。えーっと…。…!」


ちょっと尊厳が危うかったけど、初授業冒頭から失敗なんて事は免れたから、素直にお礼を言おうと彼女の方を見ると、


「あ、黒木でーす」


派手な髪とメイク…見間違える筈が無い。

本屋でよく見る、あの女子高生だった。


***


見た目で区別するのは辞めよう、と、僕は改めて思った。


彼女は僕からすると不良みたいな見た目なのに、あのお堅い本屋に通っていて、…先生に優しい。


今まで僕の天使は小説に出てくるような清楚で透明な美人だったけど、彼女も生徒の中では天使の様だった。


「しつれーしまーす」


職員室でそんな事を考えながらぼーっとしていると、彼女の声が響いた。


えっ…?


丁度考えてる時に現れたもんだから驚いてしまって凝視していると、彼女はつかつかと近づいてきて僕の目の前で止まった。


「小野寺センセー、ちょっと聞きたいんだけど」

「な…なに…」

本屋に居た人?」


…!


覚えていたのか…。

僕の中での彼女の好感度が未だかつて無いほど上がった。


「そ、そう…!君の事も何となく覚えてた…から、」


そこまで言って、気持ち悪かったかなとちょっと気弱になってしまう。

恐る恐る見上げると、彼女は満面の笑みで「マジー?!」と言った。


「センセー覚えててくれたんだぁ、嬉しー」

「ちょっと、職員室では静かに!」

「あっ、ゴメンなさい」


彼女がはしゃいで言うと、先生の一人に注意されて、慌てて声量を抑える。


…そこまで嬉しがってくれて、何だかこっちまで嬉しくなってくる。


「なぁ、」

「ん?」


そして、僕は聞いた。


「どんな本読んでるんだ?」


…そして、その答えは、


「んーと…漫画!」


だった。



******



昨日は家に帰ってから、ため息が止まらなかった。


…勝手に期待した僕が悪いのかもしれないけど、だってあの店に漫画があるなんて、知らなかったから。

あの堅物な店主が気に入った本しか入ってないから、…てっきりあの人は漫画は読まないと思っていたのに。


「……はぁー…」


朝から大きなため息をついてしまって、慌てて周りに先生や生徒が居ないか確認する。


…僕の中で最高に上がっていた彼女の好感度は、申し訳無いけれど…急降下した。

それに僕までダメージを受けてしまって力が出ない。

帰りははあの本屋に寄ろう…。

新たな美しい話に、勝手に傷付いた弱すぎる僕の心を癒して貰いに…。


「小野寺先生?」

「あっ、すみません!…何でしたか?」

「…いや、抜き打ちで持ち物チェックをね」

「はぁ…」


イマイチ気の入らない今日の僕には、何も考えずに出来て都合が良かった。


「はい、えー…漫画…漫画はダメ」

「えーっ!ケチー!」


また漫画を見てしまって、思い出して憂鬱になってしまった所に、彼女の番が来た。


「…黒木、カバン出して」

「はぁーい」


鞄には丁寧に入れられた教科書と、何やらキラキラと光る四角い箱が入っていた。


「ん?これは…」

「それ、筆箱でーす」

「あっ」


彼女が言い終える前に確認するように取り出してしまい、それに引っかかって一つファイルが落ちる。

床に落ちたファイルは、見えなかった中身を外に放り出し…。


「…漫画?」

「あっ…!」


お世辞にも上手いとは言えない子供の様な絵、ガタガタのコマワリ…。


「あーっ!」


僕が手を伸ばすと、彼女は慌てたように席をガタリと立ち、バッと勢い良くファイルを取って鞄にしまった。


「どーしたの?」

「っ…何でもない…っ!」

「?…そー?」


大きな声を出したのを気にしたのか友達が話し掛けると、彼女はそう言って誤魔化す。

その後、ファイルを拾おうと中腰になっていた僕にそっと耳打ちした。


「今日、放課後、本屋…!」


***


「……」


別に、彼女に従った訳じゃない。

僕は帰りに寄ろうとしていた訳だし、僕がここに居るのはごく自然だし。


……。


……でも、どうしても気になって小説も集中して読めなくて、パラパラとページが行ったり来たりしていた。


どうしよう。あの反応は見て欲しくないモノっぽかったから、彼女の仲間とかにリンチにでも遭うんだろうか…。


「…ねぇ」

「!」


そんな物騒な事を考えていたら、肩を人差し指でつつかれて振り返ると、そこには私服の彼女が居た。


「こっち」

「ちょっ…!」


そのまま、本屋の端に連れてかれる。


「これ」

「…?」

「読んでみて」


そして、その端の棚から彼女は一冊手に取って、僕に渡す。


…それは、漫画だった。


「……何で…」

「センセ、漫画嫌いでしょ」

「!」


なぜ気づいたのか、と思って焦っていると、


「センセーわかりやすいから、今も何で?!…って思ってるでしょ」

「っ……分かってるなら、何で僕に漫画を…」

「良いから」


強要されて、仕方なくページを開く。


それは、ありきたりな恋愛物語だった。

バカでかいフキダシで、主人公とヒロインが喋ってる。

それだけ。


…それだけ。


……。


……あっ、


…えっ……あぁ…そういう…


……うん…


……あっ…。


「面白かった?」

「えっ」


気付くと、僕は全て読み終わって、漫画を閉じていた。


「…多分……面白かったんだと思う。何だか勝手に進んでいって…。……面白かった」

「…でしょ」


彼女は要領を得ない感想を言う僕に優しく微笑んだ。


…でも、本当に漫画を読んでいたのか疑うくらい頭の中で物語が流れたようだった。

…特に、最後のシーンのミヒラキの一言だけから、あの『フキダシ』の無いシーン…。


……映画を見ているようだった。


「…良かった。コレ、一番好きな漫画なんだ。……特に最後のシーンが好きなの。見開きの大きいのから…」


僕と同じ事を言おうとしている彼女に、僕は思わず、


「買う!…この漫画、買うよ…!」


と、興奮して話しかけていた。


「チッ」


…そして、他の客に舌打ちされてしまう。


そんな僕を見て、彼女はクスリと笑って、


「お店ではお静かにね、お客さん?」


と言った。


「えっ、もしかして…」

「おじいちゃん、お会計ー」

「はいはい」


彼女はそう言って奥で難しい顔をして座っている店主の方へ小走りする。


…そんな彼女を見るあの堅物店主の優しげな表情を見て、僕は全て理解した。


「…センセ、」

「ん?」

「今度はセンセーが、小説の良い所、教えてくださいね?」


会計が終わると、彼女は僕にそう耳打ちしてニコッと笑った。



******



「漫画はおじいちゃんに教えて貰ったんだよ?」

「えっ」


ある日の昼休み、僕らはいつものように屋上で他愛の無い話で盛り上がっていた。


「そう。ああ見えて漫画大好き」

「そりゃー意外…」

「あはは」


僕ももうこの学校に慣れて、そして漫画が小説と同じくらい、もしかするとそれ以上に好きになっていた。


…そして、彼女も同様に。


「昨日の小説ハマっちゃった、続き無いの?」

「ん?…あれはあそこで終わりだよ」

「えー?あんな気になる終わり方…まぁそこが良いんだけどね」


すっかり小説マニア・漫画マニアな僕達は、驚く程話が合った。


「そういえば、あのファイルの漫画は…」

「…!ぅ……自分で書いたやつ…」

「やっぱり。下手だったよ」

「酷っ?!」

「…でも、羨ましかった」

「…?」


…そう、羨ましかったんだ。

才能とか、上手いとか下手とか気にせずに描ける彼女が。


「僕も…小説が書きたかった」


それに尽きた。

僕は、本当はずっと諦めきれて無かったんだ。


「…書けば良くない?」


僕の言葉にそう返した彼女は真剣で、茶化すこと無く優しく笑っていた。


「……書いたら、読んでくれる?」

「ん!モチ!」


彼女はにっと笑いながらピースする。

…敵わないな。


「あっ、そうだ……これも読んでよ」


そう言って彼女が手渡したのは、あのファイルだった。


「趣味だっていーじゃん。一緒にやろ」


本屋に並ぶ作品じゃなくても、ただ目の前の人の為…いや、書きたい自分の為にに書く小説、描く漫画。


それだけ良いんだって、僕はそう思えた。





【完】

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