幽霊探偵は入鹿島にいる

砂藪

幽霊探偵


 目の前に助手の死体が転がっていた。


 探偵には助手がいないといけないというイメージがあるのは、かの有名なシャーロック・ホームズに助手のワトソンがいつも同行していたからだろうか。彼らはシャーロックが宿敵と共に滝に落ちようともコンビを解消することはなかったが、今、俺は助手の明らかな死に直面している。


 息をしていないのは確認済み。心臓の鼓動もない。明らかな死。


 俺はため息をつきたいのを必死に堪えて、その場にいる人達を振り返った。


「犯人はこの中にいます」

『そこの右から二番目の短めのツンツンとした金髪の、ピアスをばちばちにつけてる刺青不良男! そいつが俺のことを後ろからぶん殴った!』

「まずは、一日目、遺産相続について弁護士の片桐さんから話が終わった直後……」

『そいつ、俺が探偵だと思ってたんだよな! 俺が探偵なんて面倒なことするわけねぇのに!』


 俺はもう一度ため息をつきたくなるのを必死に堪えた。


 目の前で浮遊している助手のあくた己龍きりゅうは、俺以外にその声が聞こえていないにも関わらず、喋りまくる。そのうるさい声も忙しない行動も全て、俺以外の人間には分からないと思うと腹立たしい。今すぐにでも、彼の姿をこの場の全員に見えるようにして、自分の口から「犯人はこいつだ!」と証言してほしいものだ。

 そうなれば、俺がわざわざ推理を披露することもない。


「最初に長女の奈美さんが殺害された事件。全員にアリバイがあった。しかし、死亡時間自体が操作されていたものだとしたら?」

「死亡時間が操作?」

「彼女が死んだのは午後三時以降というのが間違いだと言ってるんです」

『よくもまぁ、こんな頑張って殺人事件の方法を考えたよな。俺の存在と探偵様がいてごめんなさいって感じだな』


 助手と言いながらも己龍は事件にそこまで興味がない。しかし、己龍が俺と一緒に行動しているのにはもちろん訳がある。そうでなければ、殺されてしまうことが多々ある——むしろ殺されることしかない——探偵の付き添いなどしないだろう。今回だって、やっぱり己龍が殺された。


 それもこれも俺が探偵らしくないのがいけないんだろう。


 黒髪黒目、平均身長平均体重。顔も特に醜くもなければイケメンという程でもない。どこにでもいそうな、いなくても特に不思議と思われない人間。

 そんな俺とは正反対に己龍は、金髪碧眼、細身の高身長。都会の街並みを歩いていれば声をかけられるほどに顔が整っている。


 殺人現場でも自由奔放な彼と振り回される俺を見て、数多の小説の探偵と助手がそうであるように、己龍を探偵だと思う人間は少なくない。むしろ、己龍はいつも探偵だと間違えられて、殺される。


柳川やなぎがわさん、探偵が死んだのにどうしてそう平然としているんですか?」


 推理の途中でいきなり関係のない質問をされること程、面倒なことはないと俺は思っている。どうして、今、その質問をしようと思った。今から長女の奈美さんが亡くなった後に、奈美さんが生きていると見せかけたトリックの証拠を発表しようと思っていたのに。


「えっと、最初から全部話すのは面倒なので己龍のことは放っておいてください」


 俺の言葉を聞いた女性は、目を見開いた。

 少なくとも己龍と俺は、彼女からしたら探偵と助手。今日、知り合ったばかりの存在でもない。そんな人間の死体を放っておくなんてありえないことだろう。


『放っておいてってひどいだろ!』


 俺の言動に当事者の己龍が憤慨して、床に横たわっている自分の体を指さす。


『俺、死んでるんだぞ!』


 いつものことだから、お前も騒がないでくれと口にできたらいいのだが。


「皆さん、誤解をされているようなので弁解させていただきます。依頼を受けた探偵というのは俺です」

「え、柳川さんが、幽霊探偵?」


 その呼び方はメディアによってつけられたもので、俺から名乗り始めたものではないが、この場で否定するメリットはない。


「はい。そうです」

『さっさと犯行を曝け出して、犯人をムショ送りにしてやろうぜ、琉斗りゅうと


 もちろん、そのつもりだ。


「色々、すっとばします。犯人は、貴方です」


 俺は、先ほど己龍が教えてくれた金の短髪の、大小さまざまな大きさのピアスを両耳に大量につけている刺青男を指さした。

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