第5章-11

(まさか、コレか? 『催眠術』の正体)

「――ミノリハで人を操れますか?」

 一気にカウンターまで戻ってきたソーレイに、店主は「は?」と戸惑いの表情を見せた。

「シャラが……俺の大事な子が、濡れ衣着せられてるんです。覚えがないのに、手紙を偽装したって。確かに字体は彼女のもので間違いないけど、でもそういうことする子じゃなくて」

「シャラ、というと、クトバさんのところの……」

 頷くと、店主は心得たように目を細めた。

「確かにあの子は心のきれいな子です。間違っても悪事に手を染めることはありませんよ」

 窓から家が見えるくらいのご近所さんだ、昔から彼女を知っているのかもしれない。

 店主はカウンターの下を何やらごそごそやって、ソーレイの目の前に帳面を広げる。

「ミノリハの効用を書いたものです。ご覧なさい」

 促されて、分かりやすく図解されたページを覗き込む。

「ミノリハは一般的に二段階で効果が出るものです。まず眠くなるのが一段階、そして起きるといつもより無防備になる、これで二段階です。ただ、量によっては眠くなる前に酩酊状態に陥ることがあります」

「酩酊状態……ってことは、酒に酔っ払ったみたいな?」

「感覚的にはよく似ていますよ。ただ直後に深く眠ってしまうので、そんな状態にあったことはたいてい忘れてしまいます」

「じゃあ、その状態だったらやりたくない事やらされても覚えてない――」

「そうですね。判断力も鈍るので、善悪の意識も薄れます。よほど自分が嫌なことでない限り拒絶しないでしょう。そうやって悪用される恐れがあるからこそ、一般には毒草と言われ、限られた者にしか販売が許されていないのです」

 なるほど、とソーレイは呟いた。

 屋敷の中でシャラが居眠りしているところを、何度か見かけたことがあった。

 夜勤のある自分はともかく、普通に生活していて、かつ真面目な性格のシャラがそうそう怠けるわけがない。

 疲れて寝ているのだといつも納得していたが――それが違うと今なら分かる。

 彼女はミノリハを飲まされていたのだ。

 いつかの寝起き、大汗かきながら彼女は告白したから。

 もう何年も胸の奥に秘めてきたはずの、彼女の秘密。

 引き算ができない、本当の理由を。

 くそ、と、ソーレイは己に悪態をついた。

 なぜ気がつかなかったのか。

 出来る限り助けになれるように、夜勤明けも踏ん張って屋敷にとどまっていたのに、実際ちっとも助けてやれてない。

(でも、誰が――)

「あっ、まさかその常連客って、髪の毛がふわあっとした嫌な感じに笑う垂れ目の男ですか」

 ソーレイは前のめりになって尋ねた。

 いきなり毒を盛ってきた張本人である上に、シャラとの距離も近いし、ことあるごとにソーレイをのけものにして二人でお茶を楽しんでいた。付け入る隙はいくらでもあったはずだ。

 しかし、店主は面食らいならが「いえ」と首を振る。

「そういう方は見たことがありませんね。常連さんも、女性ですし」

「女……」

 沸騰しかけたソーレイに冬の女神の吐息がかかり、頭の中が雪原のように静かになった。

 真っ白な中に、ひとつ、またひとつと浮かぶものがある。

 ――先ほど店主は常連客は「若い」と言った。

 ――屋敷でガッタは、「ミノリハはお茶にしたり食べ物に混ぜる」と言った。

 ――シャラは毒を盛られていることに気づいていない。

 つまりシャラに気付かれずにミノリハを使って料理をし、それを食べさせることができる若い女が諸悪の根源。

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