第3章-8
「――ソーレイ。母親の顔見て逃げるなんてどういうつもりなの!」
先ほどの女性が棍棒二番の騎士の首根っこを捕まえ、容赦のない叱咤の鞭をくれた。
「……ソーレイ君の、お母さん……?」
シャラが驚愕の声を上げると、年嵩の女性はソーレイの首をがっちり握ったまま実に優雅な笑みを浮かべ、「はじめましてー、ソーレイの母ですー」と、丁寧に頭を下げた。
顔立ちも髪質も似ていないように思うが、笑い方はソーレイそのものだ。
「くっそ、なんでいるんだよ……」
「姉さんの家に行くところだったのよ。暇だったから」
母が息子に向かって意地悪く笑った。
しかし一転シャラの方を向くと途端に目尻を下げて、
「かわいらしいお嬢さんねえ。ソーレイにはもったいないわ」
「え? え?」
「よかったらお茶でもどう? 今話題のハニーティー、おいしいお店が近くにあるのよ」
「――やめろ。シャラはまだ仕事中なんだ」
軟派な男もかなわないような見事な誘い文句に、ソーレイがぴしゃり、言った。
しかしソーレイ母はあまり聞いていない。
「仕事? あら、もしかしてステントリアのお屋敷で一緒に働いてるの? どうりで! 最近夜勤明けでも帰ってこないと思ってたのよ。もう、そうならそうと早く言いなさい!」
ばし、っと、激しく背中を叩かれて、ソーレイがもんどりうつ。
さすが金貨十番の騎士の妻にして棍棒二番の騎士の母である。強い。
「そうそう、さっきうちの夫がちょっとだけ帰ってきてね、これ、お土産に置いて行ったの。姉の家に持っていって一緒に食べようと思ったけど、あなたにあげるわ。ソーレイと二人で食べてちょうだい」
「え、あ、ありがとうございます。でも、いい……のかな……」
ベージュの包みを持たされるまま受け取って、シャラは伺うようにソーレイを見上げた。
「いーよ、持って帰れば」
と、ソーレイは渋い顔のまま言う。
「それよりおふくろ、親父が帰って来たのか?」
「ええ。今朝早くね。イナ公女にお手紙を届けに来たとか何とか。あんたにも会いたがってたけど……ああもう、こんなことなら引き留めておくんだったわ。彼女紹介したかった」
「――別にいいから」
「よくないわよ。大事なお嫁さん候補じゃないの!」
へっ――と、硬直するソーレイにかまわず、その母はうっとりと空を見上げた。
「私女の子が欲しかったけど、結局あんたひとりだったからお嫁さんに期待してるのよー」
「いい加減にしろ!」
「どうしてよー。姉さんのところも弟のところももうお嫁さんがきてるのに。うちだけよ、独り身なの。私だって早く娘を持って一緒に買い物に行ったりお料理したりしたいのよー」
「あんたの願望なんかどーでもいい!」
叫んだソーレイは耳まで赤くなっていた。
それと気づくと自分まで恥ずかしくなってきて、シャラはもらったお土産を胸に抱いたままうつむく。
もう指先まで熱くなっていた。
「お邪魔しちゃ悪いわね。私は行くわ」
うちの息子をよろしくねー、と、完全に誤解しているソーレイ母に何と言っていいかも分からず、シャラはひたすら頭を下げた。
彼女の姿が路地の向こうに消えると、急に真夜中になったように静かになる。
ソーレイが、肩を使って特大のため息をついた。
「ホントごめん。ひたすらごめん。後でちゃんと言っとくから」
「ううん……全然、いいんだけど……」
シャラは小さくなって、首を振った。
前髪の下から、ソーレイの顔を見上げる。
「……ソーレイ君、お母さんに似てるね」
「うそ。親父似だって言われるぞ」
「ううん。絶対似てる」
一直線なところが――とは、さすがに口に出せなかったが間違いない。
彼は母親似だ。
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