第1章-4

 完全に話を切られてどうも面白くないソーレイは、ついさっきまでガッタがしていたようにあからさまにやる気なく頬杖をついた。

「明日から何かあったっけ?」

「あるはず。キミ、今日非番だったから知らないだろうけど、夕方、いつも僕らを振りまわしてくれる気高き暴走公女さまにまたひと騒動あったんだよ」

「は? また何かやらかしたのか、あの暴れん坊公女」

「公女がやったわけじゃない。むしろやられた方」

 仕事の話を持ち出され、しかもそれが直接自分に関わる内容で、ソーレイは頬杖ついていた顔を少しだけ持ち上げた。

「やられた……って、まさか暗殺未遂か! くそ、俺が休みの日に限って……」

 ソーレイは思わずこぶしを震わせた。

 カリブ公国国王家所有の騎士団に所属するソーレイは、現在、王宮を離れステントリア家というランクス地方を治める公家に護衛騎士として派遣されている。

 しかし、特別ステントリア家に危険が迫っていたわけではなかった。

 地方自治権とともに国政会議への参加権を持つ「公主」の家は「公家」と称され、護衛の対象と定められていているのだ。だから、ソーレイ含め二十五名の騎士がその屋敷に常駐しているにすぎなかった。

 ――それなのに。

「なんで急に狙われんだよ! 今のとこ政争も落ち着いてるはずじゃ――」

「――違うから」

 血相変えるソーレイに、ガッタはあきれたようにつぶやいた。

「こないだうちの公女もついに社交界デビューしたじゃない。例の王都でのパーティーで」

「パーティー?」

 意外な話が飛び出して、ソーレイは目をしばたたかせた。

 公女とは、すなわち公家に生まれた娘のこと。

 ステントリア公家にはひとりの公女がいて、ガッタの言葉通り、先日王都で盛大に開かれた王族主催の懇親会で、華々しい社交界デビューを果たしたのだ。

「そう言えば嫌々出かけてたな。あのあとかなり八つ当たりされた」

「うん。当たるならソーレイに、って言っておいたから」

 聞き捨てならない台詞に顔をしかめると、ガッタは「失礼」と咳払いして続けた。

「ともかく、あのパーティーには国中の公家の子息とか財界人とかが集結してるからさ、あのあとから、うちの公女とぜひお近づきになりたいって手紙がいくつも届いてるんだよ」

「……あの、公女に?」

「そう。あの、公女に」

「――信じられん」

 ソーレイは思わず椅子の背の上にのけぞった。

「あの凶暴で粗野で我の強い公女を気にいる奴がいるのか? ありえないだろ!」

「でもあの人、黙っていれば美人だし、清楚そうに見えるからね。たぶん会場でも黙りこんだまま『誰も近づくな』オーラ出してたんじゃない? それを恥じらいとか緊張とかと勘違いした馬鹿な貴公子がいたんだよ。たくさん」

 ソーレイ同様、国から事務補佐役としてステントリア家に遣わされている身分でありながら、ルーサー事務官はソーレイに負けず劣らず辛辣に言った。

「そういうわけで、今、国中の公子だの財界人だのから公女宛てに大量の熱烈ラブレターが届いてるんだ。明日からその処理が始まる。下手したらその中から公女の結婚相手だって決まりかねないからね、これは大仕事だよ?」

「なんだ。そんなの事務官の仕事じゃん。俺は関係ない」

「でも公女の機嫌が悪いのは必至だよ。キミ、公女付きの騎士なんだから。ご機嫌取りしなきゃ。あの公女に全部の手紙を読ませて、全部の手紙の返事を書かせる……相当難儀な仕事だよ」

「だから俺関係ないって」

「でもどうせ上の人たちは早々にさじを投げちゃって僕ら下っ端に押しつけてくる」

 ソーレイはぐっと言葉に詰まった。

 ガッタの言うそれは、実は、過去に何度も経験のある状況だった。

 ステントリア家に従事する騎士や事務官の中で、ソーレイとガッタは年齢的にも権力的にも下から数えた方が早い位置にいる。

 加えて公女と歳が近いから……などとあまり理論性のない理由をこじつけられて、二人はそれぞれの役職として――そんなものは要らないと心底思っているのに――「公女付き」の誉れをいただいている。

 しかし四六時中公女にくっついているとその人となりは嫌でも分かってしまい――少なくともここまで公女を語りながらひとつの褒め言葉も出てこない相手であるので、ソーレイは来るに違いない灰色の未来を想像し、めいっぱいため息をついた。

「勘弁してくれ……。俺は普通に騎士として仕事したい。公女のお守りはもうたくさんだ!」

「――そう言うと思って、手は打っといた」

「へ?」

 頭を抱えるソーレイに、ガッタはにっこりと微笑んで見せた。

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