Re;Twri

とりい とうか

第1話

 蒸気機関都市ザラマンド。火の大精霊である八脚蜥蜴ザラマンドを擁する自走都市。幸福であれという神の言葉を成就させるために制定された、法律を遵守することによる幸福を謳う法治都市。



 規則は破るためにあるなんて嘯く舌は、無惨に切り落とされて徹底的に焼き尽くされる都市。



「もう春か? 夏か?」

「まだ冬なんですよねぇ」

「嘘だろ……」


 黒く澱んだ目に、黒くぱさついた長髪。その上、抑止庁ルーラー戦闘官の黒い制服とくれば、不吉の象徴でしかない。そんな、不吉の化身のような男は、連れ立っていた少女に向かって呆然とした顔で呟いた。

 対して、赤く円らな目に、黒く癖のある短髪。戦闘官の制服は男よりも小柄で、袖回りもすっきりしている。そんな少女はぱちぱちとまばたきを繰り返し、へらっと笑った。


「連日最低気温が二十度以上ですからねぇ」

「せめて春であってくれ」

「どれだけ願おうと冬なんですよねぇ」

「神は死んだ……」

「その手の冗談は止めろって叔父貴に言われてませんでした?」


 眉を跳ね上げて咎めるような口調。少女は男と向き合う位置に立ち、人差し指を突きつける。男は僅かばかり顔をしかめて、大きな袖口から指を出す。


「この気温なら冷房入れても良いだろ?」

「ただでさえ制服で目立ってるのに?」

「俺が出てる時点で目立たずにってのは無理だろうがよ」

「ボクに向かって怒らないでくださいよ、冤罪にも程がある」

「冤罪というか八つ当たりだな」

「理不尽だなぁ」


 男の指には、黒鉄色の指輪が複数個。親指の腹で叩く、押さえる、爪先で弾く。きん、と高く冷えた音が響き、男と少女の足下に霜が下りた。

 混合属性技能系演算魔術ウォーターダークドットスキル。技能系魔術はその式如何で様々な効果をもたらすが、今回の効果は温度低下。下げすぎた、と呟いた男がもう一度爪先で指輪を弾けば、再び周囲の空気が変わる。


「そもそも暑いのは嫌いなんだ」

「知ってますよ、でもザラマンドから出られないんでしょう?」

「サイレンは気温的に良いんだが、都市長が糞」

「外交的にまずい発言も止めろって言われてませんでした?」

「個人の意見だ、諸説ある」

「諸説って」


 けらりと笑った少女に向けて、微かに口角を上げた男。二人は冷えた空気を尾に引きながら、都市内の法律違反者を探して回る。抑止庁ルーラーの役割はーー法律という、幸福に至るための規則を破る人間を更正させること。


「殺すなよ、履歴抹消になったら反省文だ」

「努力目標ですね」


 刹那、男の指が素早く蠢き、道路が凍てつき、標的の足を縫い止める。蛇のように標的の女の太股まで這い上がった氷塊は、混合属性攻撃系演算魔術ウォーターダークドットアタックの発動結果。突然襲撃されて悲鳴を上げた女は、男と少女の纏う制服を見て顔を歪めた。


抑止庁ルーラーの狗め!!」

「わん」

「先輩その煽り方好きですよね」

「好きというか面倒臭くて」


 女はまだ凍りついていなかった左手で注射器を取り出し、自身の首へと打ち込む。ぼこぼことその筋肉が、骨が、変質していく。火属性輪廻魔術イグニス・ケルウスによって炎を纏った雌鹿と化した女は、氷の足枷から抜け出して、少女へと突撃した。


「ボクの方が無害だと思われてて嬉しいですねぇ」

「有害極まってるのにな」


 だがしかし、女の右目、喉笛、胸元、前足と後ろ足に一本ずつ突き立った小刀。それらは次々と爆発し、女の目を、喉を、心臓を、四肢を引き千切っていく。火属性攻撃系演算魔術ファイアドットアタックが仕込まれている小刀は、少女の投擲武器おきにいりだった。


「あっ殺すなよって言ったのに!!」

「今気づいても遅くないですか?」

「いつものこと過ぎて……」

「まぁボクを無害だと思う程度の小物でしょうから」

「反省文はお前が書けよ、俺は止めたんだからな」

「その言い訳が副隊長に通じるかどうかですねぇ」

「うーん、隊長権限とかないか?」

「あったらもっと自由にやれてると思いません?」

「まぁそれはそう、とてもそう」


 突如起きた惨劇に、周囲の一般都市民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った後で。男と少女は、飛び散った血と肉片を前にして、大袈裟に肩を竦めて溜め息を漏らした。

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